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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
入団編
16/154

傭兵と職人たちの街


 ヨシュアはニアに促されるまま傭兵ギルドの扉を開ける。そこでは多くの人間たちの楽しそうな笑い声が響いていた。

 ヨシュアがイメージしていた傭兵ギルドとは違う。

 というより、どう見ても酒場にしか見えない。



 広い店内には丸いテーブルと椅子がずらっと並び、中央奥にある階段を昇った先も店のようだった。

 というのも二階の半分は吹き抜けになっていて、下からでも上の階の様子がよく見える。

 一階の右奥は厨房になっていて、厨房の前にはカウンター席も見えた。夕食にはまだ早い時間に感じるが、それでも店内は活気に満ちている。



 呆気にとられるヨシュアの後ろからニアの声がする。



「驚いた? ここは酒場も一緒になってるの。まさに『自由』を感じるでしょ? ……とまぁ、冗談はさておき、受付はそっちの左の奥よ。私たち先に二階で待ってるから」



 ニアに言われるがまま視線を左に移すと、確かに受付と思われる場所があった。受付には女性が三人立っていて、女性の立つ後ろの壁にはマーセナル周辺を描いたとみられる大きな地図が飾られている。



 とりあえず受付に行ってみるヨシュア。といっても何から話せばいいか分からない。ニアもせっかくならも少し説明してくれたらいいのに、なんて風に困っていると受付の女性と目が合った。ヨシュアと同じ赤髪で、後ろで髪を束ねた明るい印象のその女性は、ちらっとヨシュアの左手の盾と、それから垂れ下がった右の袖を見た。

 間違いなくヨシュアが片腕であることに気が付いただろう。だが、受付嬢は失礼の無いようにすぐに視線を戻すと笑顔で声をかけてくれた。



「こんにちは! 初めての方ですね! ようこそ傭兵ギルド<浮雲の旅団>へ! 私はここで受付を担当しているジルと申します。どうぞよろしくお願いします。さて、本日はどのようなご用件でしょうか? ギルドへの依頼か…… もしくは傭兵としてのご登録でしょうか?」


「あの、俺、ヨシュアと言います。ここで傭兵として仕事がしたくて」


「なるほど、それでしたらギルドへの登録が必要になりますね。ヨシュアさんはこの街は初めてですか?」


「はい。先ほど到着したばかりです」


「そうなんですね。それではもうご存知の部分もあるかもしれませんが、簡単にこのマーセナルの街と傭兵ギルド<浮雲の旅団>の関係性について説明をさせていただきます」



 そう言うと受付嬢のジルは、洋服の内ポケットに入る手帳サイズほどの小さな冊子と、同じくらいの大きさの白いカードを取り出した。



「こちらがギルドに登録された方全員にお配りしている冊子と、それからこちらのカードは『メンバーズカード』と言って、当ギルドのメンバーズカードは傭兵としてのレベルを示す免許にもなります。当ギルドでは免許制になっておりまして、活躍に応じてポイントが加算されます。ポイントを集めることで免許のレベルを上げることができ、免許のレベルが上がると受けられる依頼の難易度が上がったり、こちらから特別な依頼を優先してご紹介させていただくこともあります」


「特別な依頼、ですか?」


「はい、当ギルドは国の騎士様たちにも非常に頼りにしていただいており、時に国からの依頼を受けた時、ランクの高い傭兵の方々にお仕事の依頼をさせていただいております」


「なるほど。それで、どうやって免許のポイントをためていくのでしょうか?」


「基本的には依頼を達成することで報酬とは別にポイントが加算されます。ただ依頼内容は他の街のギルドに比べてかなり多岐にわたります。というのも、<浮雲の旅団>はマーセナルの街と非常に密接に関わっておりまして、特に依頼をくださる街の職人の方々とは親密にさせていただいております」


「他の街と比べて職人の方々からの依頼が多いのですか?」


「はい、おかげ様でとっても! たとえば世界樹があるエルベール大陸にて珍しい素材の採取を依頼されたり、商品を納品時に護衛の任務を受けたりします。もう少し変わった任務ですと、マナの木の伐採のお手伝いだったり、単純に人手不足だから運搬を手伝って欲しいと力仕事を任されてたリとか、…… 傭兵の方々に頼むものでは無いというか、ちょっと便利屋っぽい依頼も中にはありますね。でもそれが、そういった依頼を受けたりするのが<浮雲の旅団>らしさと言えるかもしれません」


「確かに、良いことだと思いますけれど、ちょっと変わってますね」


「やっぱりヨシュアさんもそう思いますよね」



 ジルはそう言って口に手を当てて笑う。ただその表情からは、風変わりな依頼内容に苦労しているという印象は感じない。むしろ<浮雲の旅団>の活動内容に心から賛同しているみたいだ。

 彼女の微笑みに、馬車でニアが話していた、このギルドからは他のギルドにはない暖かさや優しさを感じるといった話を思い出す。


 ジルが話を続ける。



「依頼の他にも、まとまった活動資金が必要な職人の方々へ融資も行っており、そうした方への支援を目的として傭兵の方々に随時お金の支援をお願いしております。もちろんこちらは任意ではありますが、協力して頂いた方々には支援額に応じてポイントを差し上げております」


「つまり、よくある討伐依頼や護衛任務の他にも、様々な方法で職人たちをサポートすることでポイントがもらえる…… ということですね?」


「その通りです! その他の細かいことは一緒にお配りした冊子に書かれておりますが、ここまでで何かご質問はありますか?」


「いえ、大丈夫だと思います」


「ありがとうございます。それでは本登録に移ります。お持ちのカードと、それから、こちらの地図に手をかざして魔力を込めていただけますか?」



 ヨシュアはジルに促されるがまま、先ほど渡された白いカードと、それから受付の後ろの壁面に飾られている大きな地図に手をかざして魔力を込める。



「ありがとうございます。これで登録は完了です。もう一度先ほどの白いカードに、今度は親指に集中して魔力を込めていただけますか?」


「えっと、こうですか?」



ヨシュアはカードの端を手に持って親指に魔力を込める。すると受付嬢の後ろの大きな地図に赤いマークが灯る。



「このように、このカードは免許としてだけでなく、現在地を知らせることで緊急時の連絡手段としてもお使いいただけます。これを<緊急コール>と呼んでいます。この緊急コールを受けるとギルドからすぐに応援を手配させていただくのですが、この時受け取るはずだった依頼の報酬は、応援に向かった傭兵の方にお渡しすることになるのでお気を付けください」


「へー…… 凄く便利ですね。報酬を受け取れなくなるのは痛いけど、命には代えられませんし…… 」



 そのほか、緊急コールの応答やフレンド登録などの機能を教わったヨシュア。

 小さなカードにこれほどの機能が備わっているとは本当に驚きだ。



 その後、用紙に必要事項を記入してギルドへの登録料を支払う。

 登録を終えて、親身になって色々教えてくれた受付のジルにお礼を述べると、冊子とメンバーズカードを服の内ポケットに大切にしまい、それからニアたちが待つ酒場の二階へ向かった。



 ヨシュアに気が付いたニアが手を振ってテーブルに招く。ニアたちは飲み物だけ頼んでいたが、どうやら料理を注文するのはヨシュアが来るのを待ってくれていたようだ。



「お帰りヨシュア。ちょっと早いけど夕食にしようか。助けてもらったお礼もしたいし、今日は私たちが奢るから好きなの注文して」


「いいのか?」


「うん、遠慮しないで」



 ニアからメニュー表を受けとるヨシュア。とりあえず冷たい飲み物を注文してメニューに目を通す。

 そこには聞いたことの無い料理の名前が多く並んでいた。あまり外食をしたことが無いこともあって、自由に決めていいと言われても凄く悩ましい。

 悩んでいると先ほど注文した飲み物が運ばれてきた。



「お待たせしました。こちらご注文のアイスティーになります。何か他にご注文はお決まりでしょうか?」


「…… ありがとう。えっと…… ええっと…… 」



 左手で飲み物を受け取りつつ、慣れない飲食店で店員に注文を聞かれて少し焦るヨシュア。

 いくらメニュー名を見てもそれだけでは決まりそうも無いので、店員にもう少し待ってもらおうと思い、ヨシュアは右に立つ店員を見る。


(……ん?)


 丸眼鏡をかける大人しそうな同い年ぐらいの女性店員が、不思議そうにヨシュアの無い右腕を見ていることに気が付く。

 店員もヨシュアの視線に気が付くと、悪いことをしたと思ったのかすぐに謝った。



「あぅっ、あの、その……ごめんなさい! 私……」


「あ……いや、気にしないよ。その……慣れているから」



 どうやら店員に気を使わせてしまったようだ。

 小柄で黒髪の幼い顔立ちの女性店員は、とても申し訳なさそうに目を伏せてしまっている。

 

 このまま会話を終わらせてしまうと、もっと気まずいと感じたヨシュアは、咄嗟にこの店のおススメを聞くことにした。



「あの…… !」


「はい…… !」


「この店初めてで…… 何かおススメ教えてもらえますか? できれば海鮮系の…… 海老とか使ったメニューでおススメがあると嬉しいのだけど」


「あ…… それでしたら…… 『海老のチリソース』は特に美味しいと評判です」


「海老のチリソース? って…… どんな味ですか?」



店員に尋ねるヨシュアにニアが思わず口を挟む。



「アンタ知らないの?」


「うん、初めて聞いた。俺のもといたところには無い料理だよ」



 ヨシュアはニアに自分のいた街では聞き覚えの無い料理だと説明する。すると店員がこの料理は外の世界から来た料理であることと、どのような味付けの料理なのかを教えてくれた。



「へー、ちょっと辛めの味付けか…… 。じゃあ、それお願いしようかな」


「ありがとうございます。…… あの、それからよければなんですけど、『海鮮串揚げ』……もどうですか? 海老とかタコとかイカなどを串にさしてフライにしたものなんですけど…… 」



 串揚げと聞いて、昼間に軽食屋で食べた『串に刺さった団子』を思い出す。確かに串に刺さった料理はヨシュアでも食べやすい。

 どうやら店員は気を使ってヨシュアが好きそうなメニューの中から、片手でも食べやすい料理を選んでくれたようだ。



「うん。いいね、片手でも食べやすそうだ。それも注文するよ。……そうだな、一先ずあとはニアたちに任せようかな。何にする?」


「いいの? えっと……」


「から揚げですよね、ニア様?」



 珍しくライが自分から口を開く。



「うっさいわよ、ライ。…… 店員さん、から揚げ追加で!」



 なんだかんだ言いつつ、しっかりとから揚げを注文するニア。

 そんな二人の掛け合いに思わず笑ってしまうヨシュア。ふと見上げた店員の口元にも笑みがこぼれていた。


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