片腕の盾使いは自由騎士を志す
「ヨシュア! 聖騎士にならないってどういうこと!?」
アーノルドと入れ替わるようにして部屋に入ってきたのは、昨年一緒に試験を受けたクノンとミシェルだった。
クノンはヨシュアの顔を見るなり真正面に来て、顔をグイッと近づける。その距離、数センチ。
「ねぇ、どうして!?」
ヨシュアにしてみれば、どうしてここにクノンとミシェルがいるのか疑問だったが、その前にクノンの問いかけに答える必要が有りそうだ。ヨシュアは先ほどアーノルドにした話を繰り返す。なるだけクノンを刺激しないように、丁寧に説明することを心掛けた。そして繰り返し「待たせていたのにゴメン」と謝った。
「そんなに謝らないでよ」とクノンが困った顔をする。「何だか私が悪いみたいだわ」
「ゴメン」
誰も悪い事をしたわけでは決してない。それでもヨシュアには謝ることしかできなかった。
「それにしても凄かったみたいだね」とミシェルが話を変える。「アーノルドさんと一対一で勝ったんでしょ? もう早や話題になってるよ。『受験生の中にそんな強い奴がいるのか?』って」
「しかもその人は合格を蹴っちゃうんだもんね。これからさらに話題になるでしょうね」
クノンが皮肉交じりに笑う。
「そっか。それなら俺の名をしっかり広めておいてくれよ。自由騎士と言っても傭兵みたいなものだからさ、誰かに依頼してもらわないと困るんだ」
「分かったわ。ちゃんと広めておいてあげる。ついでにレオにも言っておくわ。彼、ヨシュアが聖騎士長を倒したって知ったら、きっと物凄く悔しがると思う」
それから三人で互いの近況を語り合い、また近いうちに会いに行くことを約束した。
部屋を出て試験会場をあとにすると、空はもう薄暗くなっていた。アルルや家族を待たせているというのに、予定していたよりずっと遅くなってしまった。
船乗り場で最終出発便に乗り込み、陸に上がると、すっかり暗くなった夜道を走った。そのまま一度も歩くことなく家まで辿り着くと、玄関の扉を開けて「ただいま」と笑顔で言った。
「おかえりなさい!」
迎えてくれたのはアルルだった。遅くなったというのに、天使のような微笑みでいてくれる。そんなアルルを愛おしく感じて、なんだか無性に抱きしめたくなって、我慢する気もさらさら無くて、ヨシュアは自分だけの特権だと言わんばかりにアルルを強引に抱き寄せた。これから一生かけて守るアルルのぬくもりを確かめるように。
◆
もう行ってしまうのね、と母が名残惜しそうに言った。
試験を終えた翌日の朝、ヨシュアとアルルは、かねてから予定していた通りレントの村を出発する。一先ずはアリストメイアへ向かい、それからマーセナル、ニューポートと渡り、最終的にはアルルの故郷であるニルローナへ向かう。急ぎの旅でも無いので、途中立ち寄ったところで友人知人と会いながら、ゆったりとした時間を過ごす予定だ。だからニルローナに辿り着くのは一月後になるかもしれない。
「今回は結構長いこといたと思うんだけど」
と、母の言葉にヨシュアは答えた。
試験の二週間前から帰ってきていた今回と違い、いつもなら村へ帰っても三日ほどでまたマーセナルへ戻っていたから、今までと比べて随分と長居していた。
それでも母は「そうだけどね…… 」と、やはり寂しそうな顔をする。
ネルも「また帰って来るよね?」と、ヨシュアの袖を引っ張る。
「当たり前だろ。ここが俺の家なんだから」
「アルルお姉さんも一緒?」
ネルが潤んだ瞳をアルルに向けると、アルルは「もちろんですよ!」とほほ笑んだ。
母も「こんな良い子と別れちゃダメよ」と言う。
別れる訳ないだろ、とヨシュアは答える。口調こそ冗談交じりだったが、とても真剣だった。
未来のことなど何も分からない。けれど、それでも絶対に別れることは無いと言い切れる。根拠は無いが、確信めいたものを感じていた。あるいは魔の島での出来事が、この先に何があってもアルルと一緒だと強く思わせるのかもしれない。
ほら、お父さんも何か言ってあげて、と母親に小突かれた父。
「ん、そうだな…… まぁ、しっかりとやりなさい」
「うん、分かってる」
「彼女のこと、大切にな」
「それも分かってる」
「泣かすんじゃないぞ」
「自由騎士の名に懸けて、最大限に努力すると誓うよ」
と、ヨシュアが仰々しく言うと、後ろでアルルが「そんな大袈裟ですよ」と笑う声が聞こえる。
だからヨシュアは振り返って言う。
「俺は本気だよ」
「嬉しいです」
真顔で言ったら、思いがけず真顔で返された。真剣な想いを真正面から受け止めてもらえた。それだけで嬉しくて、単純かもしれないが、あらためて好きだと思った。家族の前でなければ、きっと感情のままに「好きだ」と口にしていたことだろう。
それじゃあ行ってくる、と手を挙げる。
気を付けて、と手を振り返される。
見送られながら、ヨシュアとアルルは家族と別れて歩き始める。
馬車に乗り、のどかな街の風景を眺める。草木生い茂る中に簡素な家が立ち並ぶ、愛すべき田舎とも暫しお別れ。寂しいとまでは思わないが、特別な日の朝のことを目に焼き付けておこうとは思う。この目の前に広がる光景を懐かしむ日が、きっと来るはずだから。
船着き場で馬車から降りて、そのままアリストメイア行きの小さな船に乗り込む。出発まで、まだ少し時間があるみたいだ。ヨシュアとアルルは二人して船べりに立って海を眺める。波は穏やかで、空には白い雲がぽつりぽつりと浮かんでいる。
アリストメイアに到着したらまずラスティに会って、それからクノンやミシェルと食事する。アルルの知り合いもアリストメイアに住んでいるそうなので、その人とも会う予定だ。滞在期間は特に決めていないが、観光地も多い街なので、一通り歩き巡るつもりである。
ふと思い立って、ヨシュアは言った。
「そういえば、さっき言いそびれたんだけどさ」
「何をです?」
「好きだよ、アルル」
突然のことに目を丸くするアルル。
きょとんとした表情もまた可愛らしいと思う。
「私もですよ、ヨシュアさん。これからいっぱい、二人で旅しましょうね」
もちろん、とヨシュアは答える。
二人はどちらかともなく自然と手を繋ぎ、肩を寄せ合った。
隣にアルルがいてくれる幸せを感じながら、ヨシュアは思う。アルルとなら何処へでも行ける。好奇心旺盛なアルルとならどんな時でも楽しめる。大袈裟でもなく、アルルといるだけで世界が違って見える。
そんなアルルのいる景色をヨシュアは守りたい。アルルの愛する世界を守りたい。その為に身に付けた力だと今なら思う。自由騎士は、自由に旅する騎士であると同時に、人々の自由を守る騎士だ。時には聖騎士以上の力を求められることもあるかもしれない。くじけそうになる時もあるかもしれない。
それでも、アルルと一緒ならきっと乗り越えられるだろう。
左手に伝わってくる確かな温かさが、そう教えてくれている。
ここまで読んでくださった皆様、お付き合い頂き本当にありがとうございます
次回作は未定ですが、そのうちまた活動すると思いますので、そのときはぜひよろしくお願いします!