あの日の真実を今ここで
時間は過ぎ去り、小窓から見える空は夕焼け色に染まっていた。ヨシュアは一人、小さな部屋で椅子に座って本を読みながら時間を潰していた。人を待っていた。
「待たせたな」
三時間ほどして、ようやく待ち人が現れる。ヨシュアは机の上の本をぱたんと閉じた。
「合格者の手続きにどうしても時間が掛かってな」
「いえ、気にしないでください、アーノルドさん」
ヨシュアの目の前に座ったのは、聖騎士長のアーノルドである。見習い試験合格者に対する諸々の対応に追われていたらしいが、時間を取って貰ったのはヨシュアの方であり、待たされたとは思っていなかった。本も貸してもらっていたので、決して無駄な時間を過ごしたというわけでも無い。
「さて、それじゃあ合格を辞退することになった理由を聞かせてもらおうか」
椅子に深く腰掛けるアーノルドは、非難するでもなく、単純に疑問を投げかけるように問いかけてきた。試験会場ではかなり失礼なことをした自覚があったので、憮然とした態度を覚悟していたヨシュアは少し意外に思った。
「他に目的ができたからです。それでも試験を受けたのは、アーノルドさんに俺の一年の成長を見てもらう場として最適だと思ったからです」
「なるほど。ちなみにその目的とは?」
「傭兵をしながら世界中を旅します」
ほう、と感嘆の声を上げるアーノルド。ヨシュアの心変わりに興味を持ったようである。
「君は確か聖騎士に尋常ならざる想いがあったはずだ。それなのに合格を辞退するとは、何かよほどの理由かきっかけでもあったようだな」
「そうですね。この一年で色々と貴重な経験をしてきましたから。良いも悪いも含めて」
「好きな人でもできたか?」
ニヤリと笑うアーノルド。
どっからその話が出てきたんだ? あまりに脈絡が無さ過ぎて、ヨシュアは目が点となる。
「図星か?」
「まあ、そうですね。否定はしません」
「はははっ、良いことだな」
なんだか面白がられているような……
真面目な話を期待していたヨシュアは、流れを引き戻そうとする。
「俺の方からも質問していいですか?」
「もちろん。何が聞きたい?」
「昨年のことです。俺が不合格だったのは『伸びしろが見えない』ということと、もう一つ、『死んだ騎士に報いるため』という理由が否定されていたように思います。『伸びしろ』に関しては納得がいきますが、俺の原点となった理由の否定は、今でも納得ができません。説明してもらえますか?」
「その疑問に答える前に、先に一つ聞いておきたい。君は今、何のために戦っている?」
「それは…… 」
何のためだろう?
改めて問われると…… いや、特に迷うことでも無いな。
「好きな人を守りたい、ではいけないでしょうか?」
「いいや、それでいい。それが君の答えであるべきだ」
「それで、理由については? 今の質問と何か関係が?」
「なんだ、まだ分からないのか?」
ヨシュアは首を傾げる。シンプルに、そのままの意味だとすると、アルルのために戦うのがよくて、ガトリーのために戦うことを否定されている気がするが、それはそれで納得がいかない。ヨシュアは素直に「分かりません」と言った。
「以前の君は、死者のために戦おうとしていた。亡くなった者の名誉を守るために戦おうとする志は立派ではあるが、聖騎士を目指すなら、アリストメイアの国民のために戦わねばならない。それはつまり生者の命を守るということだ。今の君のように、誰のために戦うかハッキリと理解できていないと、生死を分けるような局面を生き抜くことはできない。一年前はその視点が欠けていたから不合格としたんだ」
「つまり、俺の原点を否定した訳では無く、それだけの理由では不十分だったということですか?」
「そうなるな」
なんだ、そういうことだったのか。
不合格を言い渡された理由がハッキリとして、しかも納得のいく答えをもらえて、わだかまりが溶けて消えたように心が軽くなった。何より、志すきっかけを否定された訳ではないと知れて嬉しかった。
「そして一年前からアーノルドさんは、俺に欠けているものを見抜いていた、ということですか?」
「そうだ、と言いたいが、それに関しては密告者がいてな」
密告者?
何だかこの場に相応しくない単語が聞こえてきた。どうして「密告者」などどいう言葉をわざわざ使うのだろう。ヨシュアは無意識に身構えた。
しかし、アーノルドが口にした密告者の名前は意外な人物だった。
「お前の兄弟子であるラスティだよ」
「ラスティさん?」
ヨシュアはその名を繰り返す。
「俺とラスティは元々知り合いでな。ついでに言うとガトリーとも知り合いだ」
「ガトリーさんもですか?」
たしかガトリーのことはアーノルドに伝えていなかったはず。それなのにわざわざガトリーの名前を出すということは、これはどう考えても怪しい。その秘密の鍵となるのが「ラスティ」ということなのだろうか。ヨシュアはアーノルドに「もう少し詳しく教えてください」と願った。
「単純な話だ。俺は君のことを去年よりも前、君が初めて試験を受けるよりも以前から知っていたんだ。俺と君の共通の知人であるラスティから伝え聞く、という形でね。さらに言えば、君の成長具合ももとより知っていて、騎士としての強さは申し分ないが、如何せん経験不足であることもラスティから聞いていた。君の成長の原点が『ガトリーの死』であることも知っていたし、最短で聖騎士見習いに合格するつもりだということも知っていた。それでも不合格を言い渡したのは、そうすることが君の今後の成長に繋がると確信していたからであり、実はラスティと相談した結果でもある。君はガトリーの残した忘れ形見のような存在だからな。より強く、より逞しく成長してくれることを願った結果、不合格としたんだ」
「えっと…… つまり、試験を受ける前から俺の不合格は決まっていたと、そういうことですか?」
「そうなるな。でもまあ、半分は俺のせいだが、半分はラスティのせいだ。恨むならアイツを恨め」
まさかの真相に唖然とするヨシュアの前で、あっけらかんと、大きな口を開けてアーノルドは笑った。
いやいや、笑い事ではないぞ、アーノルド。
「それ、俺に秘密にしておく必要ありました?」
「あったね。怒りとは時に何にも代えがたい原動力になる。現に君は、少なからず俺を見返してやろうという気持ちで、今年の聖騎士見習い試験を受けたんじゃないか?」
「まあ、たしかに」
納得はできる。が、不服でもある。ずっとアーノルドの手のひらの上だったのかと思うと、複雑というか、なんとも面白くない気分だ。
けれどこれからは違う、とヨシュアは自分に言い聞かせる。
「やはり気に食わないか?」
「そうですね。確かに今までアーノルドさんたちが敷いたレールの上を走っていたのかと思うと、あまりいい気はしません。でもこれからは違う。俺は今日より『自由騎士』を名乗るつもりです。自由に戦い、自由に人を守る騎士。自由に旅して、国や土地にとらわれず、しがらみにもとらわれることなく、困っている人がいれば何処へでも駆け付け、真っすぐ手を差し伸べられる騎士になりたい。そう思っています」
「なかなか険しそうな道のりだが、面白そうでもある。そこまで考えているなら、無理やり聖騎士見習いになれと説得するのも勿体ないことだな」と言ってアーノルドは左手を差し伸べてきた。「聖騎士であり、試験官でもある俺がまずは認めよう。君が『自由騎士』と名乗れるだけの強さを持った存在であるとな。…… ガトリーが残した命、大切に使えよ」
ヨシュアはその手をがっちりと、力強く握り返す。
「言われるまでもありません。俺も、俺の目に映る人も、どちらも守り抜きます。その為に鍛えた力ですから」
次で最終話になります
お楽しみに!