片腕の盾使い VS 聖騎士②
事前に想定していた展開は二つ。
アーノルドの出方によって、ヨシュアも戦い方を変える予定だった。
もしアーノルドが速攻で来るなら、相手の最初の一撃を<全反射>で跳ね返す。<衝撃吸収>ではなく、敢えてリスクを負って、より発動タイミングがシビアな<全反射>で相手の姿勢を崩し、短期決戦に持ち込む狙いだ。
それに対してアーノルドがじっくりと来るなら、その時は<魔封じの光剣>を中心に戦いを組み立てる。三本の光り輝く魔剣で相手の動きを制限し、こちらが主導権を握ることで、リスクを背負わずに三分間を耐え凌ぐ。
ヨシュアとしてはじっくりと攻めてくれる方が有難いのだが……
「始めっ!!」
マオより開始の合図が言い渡される。
と、同時に、アーノルドが鬼気迫る形相で一直線に向かってくる。アーノルドが選択したのは速攻。一気に蹴りを付ける気らしい。
アーノルドが木刀を振りかぶり、右足を大きく前へ。強く踏み込み、勢いそのままに、斬って捨てんとばかりに木刀を振り下ろす!
────これは無理だ。
その攻撃はヨシュアの予想を超えていた。
アーノルドが放つ渾身の一撃はあまりに鋭く、この攻撃にタイミングを合わせるのは無理だと、ヨシュアの直感が囁いた。<全反射>を狙っていたヨシュアは、咄嗟に<衝撃吸収>へと技を切り替える。
盾が光る。
木刀がふわりと、一瞬だけ力なく浮かび上がる。
しかし、アーノルドは全く気にするそぶりもなく左足を踏み込むと、そこから剣戟の雨あられを降らせる。絶え間なく、間断なく、あらゆる角度から打ち込まれる一撃は鋭く、ヨシュアは攻勢に転じることができない。そればかりか、一瞬でも気を許せば<衝撃吸収>すらも失敗してしまいそうだ。
(こいつ、ほんと容赦ないな…… )
剣の達人は間合いを制するという。それはアーノルドも例外では無かった。常に足を動かすことで優位な間合いを保ってくる。どれだけ間合いから逃げようとしても、アーノルドは喰らい付いてくる。狙いも的確で、ヨシュアの動きを封じるようと足元を狙ったかと思えば、今度は腕の無い右側を集中して攻撃してくる。アーノルドは嫌らしいぐらいに徹底してヨシュアの弱点を突いてきた。
(でも、そんだけアーノルドも必死ってことだろ…… !)
気付けば、これ以上後退することができないラインまで追い詰められていた。じりじりと、押しつぶさんとばかりに攻め立ててくるアーノルド。回り込もうにも、その隙すらも見せてはくれない。そしてまだ時間は三十秒すらも経っていないはずだ。
けれども、ヨシュアはまだ焦りを感じていなかった。
アーノルドは想定以上に強いが、今まで戦ってきた中で最も強いかと問われれば、それは違う。生きている人間、という意味ではアーノルドより強い人物を知らないが、それでも、最強だとは思わない。
(そうだ。ガトリーさんの方がまだ一段上だ!)
アーノルドの強さは魔法人形でいうところの「レベル9」である。ガトリー本来の強さである「レベル10」には一歩及ばない。そしてここ最近のヨシュアは「レベル10」を相手にした時、反撃はできずとも凌ぎきれるようにはなっていた。
剣閃は見える。
スピードや戦い方にも慣れてきた。
それに、人が全力で動ける時間は限られている。
(…… ここだ!!)
疲れからか、それとも無意識なのか、いずれにせよアーノルドは一瞬動きを止め、肩で大きく息を吸った。それは一秒にも満たない小さな安息であった。
しかしヨシュアは決してその隙を逃さない。盾を押し出し、ここぞとばかりに全力で突撃を仕掛ける。
対するアーノルドは横薙ぎでもってヨシュアを迎え撃つつもりだ。
「むぅ!?」
唸りを上げて襲い掛かる木刀。それをスライディングで躱し、ヨシュアはアーノルドの背後を取る。すぐさまアーノルドも反転するが、
「魔封じの光剣!!」
ここでヨシュアは宙に浮かぶ三本の光剣を空に出現させる。初めて見る魔法に、アーノルドは体を強張らせるかのように、またしても一瞬だけ動きを止めた。
「そこだ!」
ヨシュアはマジックワイヤーと魔封じの光剣を三本同時に繰り出し、両手両足を狙って一斉攻撃を仕掛ける。アーノルドは剣と盾でそれらを防ごうとするが、魔封じの光剣のうちの一本は左足の太ももに直撃した。
魔封じの光剣は痛みはないが、当たった個所の力を封じる魔剣だ。
左足に直撃し、アーノルドの膝がガクンと落ちる。それを見てここが勝負どころだと確信したヨシュアは、またも盾による突撃をかける!
ガシッ! と、盾と盾がぶつかる鈍い音がした。
右足しか力の入らないアーノルドはよろけ、ライン際まで後退する。さらにヨシュアは追い打ちとばかりに、愚直に、真っすぐに、アーノルドに向かって突撃する。
そんなヨシュアに対し、アーノルドは盾を捨てると木刀を両手で握り、大きく振りかぶって迎え撃つ!
「うおおおぉ!」
唸るアーノルド。
だが、その剣筋はさっき見た!
盾を頭の上に構えるヨシュア。精神を研ぎ澄ませ、一瞬のタイミングを逃さず完璧に見極めると、<全反射>でアーノルドの木刀を空高く弾きとばした!
────いや、まだだ!
木刀と盾を失ってもなお、アーノルドの闘気は全く衰えていない。
その見開かれた両目も勝つことを全く諦めていない。
その固く握られた両手の拳も、自身が負けるなど全く思っていない。
勝負はまだ終わっていない!
剛腕から繰り出される、風を斬り裂く左フック!
それを何とかしゃがみ込んで躱すものの、すぐさま右のアッパーがヨシュアを襲う。片足一本で此処まで動けるなんて、正直驚愕に値する。
しかしヨシュアは、フックとアッパーのコンビネーションを冷静に後ろに下がって躱すと、再び魔封じの光剣を展開。そして今度こそとばかりに、アーノルドの四肢目掛けて魔剣を解き放つ。攻撃のために無理な体勢を強いられていたアーノルドは跳んで躱すこともできず、そのまま両手両足を貫かれた。
腕にも足にも力が入らないアーノルドはうつ伏せになって倒れる。
そこへヨシュアはすかさずアーノルドの首にマジックワイヤーを伸ばし、ぐるぐると巻いて縛り上げる。さすがのアーノルドも、ここまで拘束すれば立ち上がることすらできないはずだ。
そして────
「そこまで!」とマオの声がかかる。「勝者、ヨシュア!」
青空の下でマオの声が響き渡る。
そこでようやく、静まり返っていた受験生たちが息を吹き返したかのように、口々に声を上げ始めた。受験生が聖騎士に勝利するという、恐らくは前代未聞の出来事に、観戦していた者たちはみな興奮気味だった。
ヨシュアは魔封じの光剣とマジックワイヤーを解除すると、アーノルドに向かって言う。
「約束通り、あなたの権限の下、聖騎士見習い試験の合格を認めてくださいますか?」
アーノルドはゆっくりと立ち上がり、体に付いた砂を手で払う。
「そうだな。ここまで完膚なきまでに倒されたんだ。認めない訳にはいかないだろう。…… 分かった。今此処で、聖騎士アーノルドの名のもとに、ヨシュアの聖騎士見習いの合格を言い渡そう!」
「…… お断りします!」
呆気にとられるアーノルドの目の前で、あえて無邪気にヨシュアは笑った。