二度目の試験
「ふわぁ、おはようございます…… 。試験当日だというのに、今日もお早いですね」
「ごめん、起こしたちゃったみたいだね」
体に沁みついた習慣というのは、そう簡単には変えられない。試験当日といえど、いやだからこそ、朝から体を動かしておかないと気持ちが悪い。
だから今日も朝早くに起きたのだが、どうやらアルルを起こしてしまったようだ。
「いえ、お気になさらずに」といいながら、アルルは目を細めて時計を見つめる。「もしかして今日も村の周りを走りに?」
「うん。いつもより軽くだけどね」
「去年も同じように走っていたのですか?」
「もちろん」
寝ぼけまなこのアルルに「それじゃあまたあとで」と手を振って、ヨシュアは部屋を出る。そのまま両親や妹を起こしてしまわぬように静かに家を出て、早朝の村をゆっくりと走り始める。昨夜の雨の影響か、今日はいつもより肌寒く感じるが、それもまた悪い気はしない。むしろ冷たいぐらいの方が新鮮な空気が体中に染みわたるようで好きだ。
今日はゆっくり、と思っていたが、段々と気分も乗って来て、自ずと走るペースは上がっていた。でもそれならそれで、体が望んでいるというのなら、心行くままに走らせてやるのもいいだろう。それだけコンディションがいいということでもある。疲れを残さない程度に、ヨシュアは心の内から溢れてくる欲求に従って足を動かし続けた。
墓のある丘にまで足を延ばし、ガトリーに挨拶して、それから家まで走って戻る。往復でおおよそ三十分といったところだ。
家に帰ると、家族はみんな起きていた。ネルも小さく欠伸をしながらも椅子に座って朝食を待っている。去年の試験当日と同じ光景である。
けれど今年はアルルもいてくれる。彼女はすっかり身支度をすませ、目も冴えわたっている。去年とは違う光景だ。
家族とアルルとで朝食を囲む。
「調子はどう?」と母が尋ねる。
「ん? …… バッチリ。いつも通り快調さ。というか、その質問、去年も聞いた気がするんだけど」
「あら、そうだっけ」
「去年の繰り返しとか止めてくれよ。今年は受かるんだから」
そう言ってヨシュアは笑い飛ばした。
いくら去年をなぞったって、結果まで同じな訳が無い。とはいえ、去年とまったく同じことを言う母が何だか可笑しかった。
「まっ、試験結果がどうであれ、今年も笑顔で帰ってくるからさ。だからごちそう作って待っててよ」
◆
馬車と船を乗り継いで試験会場にやって来たのは、試験開始の一時間前だった。これもまた去年と同じだったと思う。
受付で受験票を見せて、自分の席を探す。
聞くところによると、今年も受験者数は三百名を超えるらしい。その中で合格するのは十名前後。非常に狭き門である。そのためか、受験者たちの間でピリピリとした緊張感が走っていた。
ヨシュアは席に着くと、ぐるりと辺りを見渡した。知り合いでもいないかと探してみたのだ。といっても、受験者のほとんどは本土出身の金持ちが多く、そんな知り合いはヨシュアにはいないのである。と、思っていたら、よく知る顔を見つけた。
「ロイ!」
左手を上げると、ロイもこちらに気付いた。
「よお、遅れずに来たな」
「そっちこそ」
「俺は昨日から会場近くのホテルに泊まってたからな。遅れるわけねーよ」
「マトと一緒に、だっけ?」
「そんなこと今は関係ねーだろっ」
ただの事実確認だというのに、恥じらいを隠すようにロイは声を荒げる。マトのことになると取り乱すのは、恋人同士になってから一年近く経つというのにまるで進歩がない。
反撃とばかりに「オメーもアルルを家に連れ込んでるんだろ!?」とロイは言う。
「その通り。俺たち二人、彼女からエールをもらった同士だからな。試験には絶対に受からないと」
「…… だな!」
それから二人で雑談しながら時間を潰し、それぞれの席に戻って筆記試験を受ける。
筆記試験は昨年とさして変わり映えの無いものだった。もちろん問題を使いまわしているというわけでは無いが、問題の傾向は似通っている。特に詰まることもなく、ヨシュアはスラスラと問題を解いていく。
筆記試験の最終問題は、例年通り小論文だった。今年のお題は「環状列島と諸外国との関係性について、貿易の観点で意見を述べよ」というもの。貿易といえばニューポートだが、傭兵としての実体験を書こうか、それともオーウェンたちのような密輸組織について述べようか。迷った挙句、ヨシュアは他の受験生が選びそうにない「密輸」をテーマにした。
納得のいく小論文を書き上げてもなお十分以上時間を余らせてしまった。埋めなければいけない空欄もない。気乗りしないながらも一応とばかりに問題を一から見返すが、既に心は次の実技試験へと切り替わっていた。
筆記試験が終わり、昼食を挟んだあとは実技試験である。といっても、こちらも内容は去年とまったく同じだ。つまり、最終試験の<決闘>以外は特に問題なく進むことができる。
試験官は今年も十一人。アーノルドはもちろん、昨年ヨシュアのグループを担当したマオの姿も見える。そしてなんの偶然か、マオは今年もヨシュアの試験を担当するらしい。
そのマオは、他の受験生に悟られないようにヨシュアに近づくと、小声で話しかけてきた。
「わがまま言って、今年もあなたの試験官を務めさせて貰うことになったの。そんな訳でよろしくね」
「こちらこそお願いします、と言いたいところですが、受験生の一人に肩入れしてもいいんですか?」
「あぁ、いいのいいの。だって私、合否を決める立場にないもの」
そうなのかもしれないが、その辺りの事情を知らない他の受験生からしたら、やっぱり歪な関係にしか見えないはず。いらぬ疑いはかけられたくないのだが…… まあいいか、とヨシュアは諦めた。どうせアーノルドに求められているのは、片腕でも聖騎士になれると認めざる負えない圧倒的な実力なのだから。
アーノルドの演説じみた挨拶も終わると、いよいよ試験開始である。
ヨシュアは片腕であるが故に、マジックワイヤーの試験こそ満点を逃したが、その他の<スイム>や<基礎魔法>のテストは満点だった。特に<スクエアラン>と呼ばれる、一辺が二十五メートルの正方形が二つ、八の字型に繋がったコースの外側を四周するタイムを計るという試験では、昨年にヨシュア自身が記録した過去最速タイムである「八十四秒」を大きく更新する「七十八秒」で走り切った。
「凄い! ぶっちぎりね。言うまでもなくあなたがナンバーワンよ!」
「今のところの話でしょう?」
「そうだけど、きっとこのままあなたが一番よ。私が保証してあげる」
そうであればいいと思うし、自信もある。試験を受ける順番的に、ヨシュアたちのグループはスクエアランの試験を受けるのが遅い方であり、まだ受けていない受験生の方が少ない。このままいけば、マオの言う通り最速で試験を終えられそうだ。
けれど、今は記録より次の<決闘>の試験の方が大事だ。一年の成果を見せる時はすぐそこまで迫っていた。そしてヨシュアは「片腕の盾使いの可能性」を見せつけるために、アーノルドに「ある提案」をする気でいた。