浮雲の旅団
無事に荷物を取り返したヨシュア。
海に取り残された海賊たちは荷物を諦め、転覆したボートを何とかしてもう一度立て直そうと必死だった。
その様子を見てヨシュアは言う。
「あいつらも捕まえた方がいい?」
「いや…… たぶんそろそろ騎士たちがアイツらを捕まえに来るだろうから、ほっといても大丈夫だと思う」
女が言う通り、ほどなくして騒ぎを聞きつけた騎士が二人やってきた。
騎士の一人が右手を額にかざして敬礼しながら「ご協力感謝します!」というので、ヨシュアも左手で敬礼をかえしながら「近くをたまたま通っただけなので、お気遣いなく」と応えた。
すると騎士はヨシュアを見て意外そうな顔をする。
「うん…… ? 後ろの2人じゃなくて君がアイツらをやったのか? その腕で?」
「ああ、何かおかしなことでも?」
いやいや…… さすがにその言い方は失礼だろう。ヨシュアは騎士の失礼な言葉にムッとした表情で答える。
ヨシュアの言葉に騎士はお互い顔を見合わせた。どうやらヨシュアの言葉が全く信じられない様子だ。
するとヨシュアを疑う騎士に、後ろで聞いていた女が言った。
「その人の話はホントだよ! それより、疑ってないで早くアイツらを捕まえたら? ぐずぐずしてると逃げられるわよ? いいの!?」
女の言葉に騎士たちはハッとして再度敬礼をすると、すぐに仲間にボートを手配するように連絡を入れ始めた。
ヨシュアと一行は騎士たちから少し離れ、乗ってきた馬車のところまで戻ってきたところで女が口を開く。
「失礼な騎士ね。…… それより、助けてくれてありがとね。私はニア。こっちは仲間のライで、この人は私たちの依頼人のヤナフさん。取り返してくれた鞄の中には、ヤナフさんの稼いだお金が入っていたんだよ」
ニアがヨシュアに二人を紹介する。ライが静かに頭を下げる。ヤナフが取り返してもらった鞄を大事そうに抱えながら、何度も何度もヨシュアにお礼を述べる。
「いやいや、たまたま居合わせただけだから…… 。それより、みんな行先はもしかしてマーセナル?」
「はい、そうです。俺はマーセナルでアクセサリーを作る職人として働いています。ニアさんとライさんもマーセナルの傭兵としてギルドに登録されているようです」
「へー。さすが『傭兵と職人たちの街』と言われているだけのことはあるんだな」
話を聞いていた馬車の運転手がヨシュアたちに声をかける。
「行き先が一緒なら、良かったら乗っていくかい? そんなところで立ち話もなんだし。それにこの狭い道の上で馬車を立ち往生させるわけにもいかないから」
「いいんですか? それじゃあお言葉に甘えて。マーセナルについて色々聞いてみたいこともあるし」
馬車に乗り込みマーセナルを目指す一行。
ここから街までは二時間ほどかかるらしい。
お互い簡単に自己紹介した後、話題は先ほどの海賊のことに移った。
ヤナフが不思議そうに尋ねる。
「あの、先ほどの海賊についてなんですけど、一体どこから襲ってきたんでしょうか? なんか気が付いたら囲まれてましたけど、こんな見晴らしのいいところに隠れる場所なんて…… 」
「うーん…… たぶんだけど、環状根の壁面に張り付いていたんじゃない? ほら、アイツらもマジックワイヤーを持ってたし、それに道も曲がりがキツイところだったから隠れやすい場所だったし…… 」
ニアがヤナフの疑問に答える。
ニアの答えにヨシュアは頷きつつもさらに疑問を投げかける。
「なるほどな。言われてみればそれぐらいしか隠れるところないもんな。けど、昼間に聞いた話では、海賊って普通は荷物を運ぶ『商業用の馬車』を狙うって聞いたぞ? この馬車は人を乗せる普通の馬車なのに、アイツらどうしてこの馬車に大金があるってわかったんだ?」
「それは…… なんでだろう?」
ヨシュアの疑問に一行は首を傾げる。いくつか意見は出たがどれもしっくりこない。
ここでいくら憶測を立てても仕方が無いので、ヨシュアは別の話題を振る。
「それはそうと、ヤナフさんはどうしてアリストメイアに?」
「それはアリストメイアから商品の受注があったからなんです。最近ようやくアクセサリー職人として少しずつ腕前を認めてもらえて、今回はじめてアリストメイアのアクセサリーショップから『ヤナフさんの作ったアクセサリーを店に並べたい』って言ってくれる人が現れて、それでこうしてはるばるアリストメイアに納品して、その報酬を頂いてきたところでして」
ヤナフはそう言って嬉しそうに経緯を語る。
「それで、『最近なにかと物騒だから』ってことで私とライが雇われてたんだけど、あんまり役に立てなかったね」
ニアが自嘲気味に言う。ライも同意するように黙って頷く。
「そんなことないですよ! 俺も運転手も無事でしたし、こうしてお金も戻ってきたし」
「それはあくまで結果論よ。ヨシュアがいなかったら……」
「でも、ニアたちが時間を稼いだから俺が間に合ったんだ」
「そうですよ!」
「時間稼ぎ…… ねぇ……」
ニアはやはり今回の自分の働きに不本意そうだ。そんなニアにヨシュアは言う。
「俺は時間稼ぎも大事だと思う。ほら俺ってさ、片腕だから、今回はたまたまうまくいったけど、俺ができることなんて限られてるし。だから、今度は逆の立場になった時、俺が時間稼ぎで精いっぱいな時は助けてくれたら嬉しい」
「そうね、約束する」
ヨシュアの言葉にニアが素直に応じる。ニアはヨシュアのだらんと垂れ下がる右袖を見ながら、片腕の苦労を想像してみる。
「ねぇ、さっきヨシュアって聖騎士を目指してるって言ってたけど、なんで? あぁ、話したくなかったら別にいいんだけど……」
「いや、別に隠しては無いよ。ただただ、俺の命を救ってくれた恩人の騎士に憧れたってだけの話さ。けど……」
ヨシュアは、その憧れを聖騎士見習い試験でアーノルドに否定されたこと、その上でマーセナルに来ようと思った動機を簡単に話した。
「ふーん。アンタ、思った以上に苦労してるんだね。その試験官も妙にアンタに厳しいというかなんというか…… 。それじゃあ、その『アーノルド』って人に今度こそ自分の実力を認めさせようっていうのが今の目標なんだ?」
「うーん…… そうとも言えるし、アーノルドさんに言われた直後はその感情も強かったけど、今はもっと純粋に自分の中に眠っているはずの『伸びしろ』を探したいって思ってる」
「なるほど、真面目なんだね。…… ねぇ、ヨシュアさえ良かったらだけど、街に到着したらマーセナルの傭兵ギルドを紹介してあげようか?」
「いいのか!?」
「うん。まぁ、といっても私たち二人もマーセナルに来たのはほんの一月前だから、あんまり偉そうなことは言えないんだけどね」
「それでも助かるよ。片腕だとあんまりまともに対応してもらえ無さそうだし……」
「そこはたぶん大丈夫。少なくとも片腕だからという理由で受付で追い返されることは無いと思うよ。私たちが今まで行ったことのある傭兵ギルドと比べても、あの街のギルドは優しい人が多いほうだし」
馬車がマーセナルに到着したのは十六時を少しまわったところだった。環状根を渡り終えて島に上陸してからおよそ三十分ほど走ったところにあるそこは、とても素敵な街だった。
さすがにアリストメイアのようなレンガ造りの街ほどでは無いにしても、広い石畳の道路は綺麗に舗装されおり、その両脇には街灯とマナの木がずらっと並んでいて景観はとてもいい。
建物は壁面を漆喰で塗り固めた木造住宅が多いようだが、レントの村でよく見る木造住宅よりもずっと立派だ。少し歩くと見えた噴水がある広場も、その広場から見える大きな時計もすべてがオシャレに見える。
ヤナフと別れた後、西日に照らされた街並みに見とれながら歩いていると、ひと際大きな二階建ての建物が見えてきた。
ニアは両開きのドアの前に立つと、くるりとヨシュアの方を振り返る。
「ここだよ。ここが目的の傭兵ギルド<浮雲の旅団>さ!」
ヨシュアは大きな扉の上に描かれた紋様を見る。
そこに描かれているのは真っ赤な旗を掲げた、白い雲の上に胡坐を掻いて座る騎士の姿だった。
ぼんやりと絵を眺めるヨシュアにニアが言う。
「そこに描かれている浮雲は『自由』を表しているんだって」
「自由…… 」
「そっ。じゃあ、中に入ろうか。扉開けてみて」
ついにやってきた傭兵ギルド。その大きな扉を前にして、大きな期待と少しの不安を感じる。一つ深呼吸をして、そしてヨシュアは勢いよく扉を開けた。
そこに広がる景色は────