墓前に新たな誓いを立てる
日の出と共に目を覚ましたヨシュアは手早く着替えをすませると、まだ眠たそうに目をこするアルルを連れて家を出た。そのままレントの村を並んで歩き、草原を横目になだらかな坂道をあがると、景色の良い丘の上へと辿り着く。
「ここが、よくお話に出てくる…… 」
「そう、ガトリーさんのお墓だよ」
そこは青い湖と世界樹を一望できる、島の中でも随一の景色のいい場所だ。吹き抜ける風は心地よく、日当たりも良好だ。今日も変わらず、のどかな時間がそこには流れていた。
「帰ってきたよ、ガトリーさん」
ヨシュアは家から持ってきた黄色い花束を墓前に添え、墓石の前にあぐらをかいて座った。
「いきなりだけどさ、俺、彼女ができたんだ。今日一緒に来てくれてるアルルっていうんだけど、年上の可愛らしいお姉さんで、好奇心旺盛で、誰とでも仲良くなれちゃうような愛想のいい女性なんだ。あんまり俺とは似てないかもだけど、だからかな、凄く惹かれて、それで告白してお付き合いしてもらえるようになったんだ。凄いだろ?」
墓石と、その奥に見える世界樹を眺めながら、のんびりとした口調で話しかける。もちろん返事はないが、そんなことは気にしない。
「自分で言うのもなんだけど、俺、この一年で変わったんだよ、それはもう色々とね。具体的に何が変わったかって聞かれたらちょっと困るけど、そうだな…… 価値観とか、時間の過ごし方とか、アルルの影響で色んなものに興味を持てるようにもなった、とかかな? とにかくさ、変わったなって自覚があるんだ」
「もちろん変わってない部分も多いよ。騎士を志した時の気持ちは変わってない。むしろガトリーさんのように誰かを守りたいって気持ちは強くなったよ。相手を圧倒できるぐらいに強くなりたいし、尊敬もされたい。安心して任せてもらいたい。実際に傭兵として誰かを守る経験を積んだからか、騎士としての目指すべき方向性がより具体的になった気がする。でもやっぱり根っこの部分は変わってないんだとも思う」
「それでさ、『目標とする未来』が変わったんだ。騎士を目指そうという気持ちはそのままだけど、騎士になってどうしたいかを考えた時、目指すべき未来が変わったというか。だからガトリーさんには、俺の新たな誓いを聞いて欲しいんだ」
そこまで言ってヨシュアは振り返り、アルルに目を向ける。
「アルルも一緒に聞いてて欲しい」
「はい。聞かせてもらいます」
柔らかな笑みを浮かべるアルルに微笑みを返し、もう一度お墓に向き直る。目を閉じ、朝の新鮮な空気を肺いっぱいに送って、ゆっくりと吐き出す。瞼の裏側でガトリーの姿を浮かべて、それから目を開けて現実を見つめる。
「それじゃあ聞いててくれ。俺の新たな誓いと、そこに至るまでの経緯を」
◆
「よかったのですか?」
墓参りを終えての帰り際、アルルがポツリと呟く。
ヨシュアは敢えて「何が?」と尋ねる。
「目標を変えてしまったことについて、本当によかったのかな、と」
「俺の中ではそんなに変わらないことだよ。それより、今の今まで隠しててゴメン」
「いえ、悩むこともあったでしょうし、それに私としては嬉しいことなので」
本当に? とヨシュアは尋ねた。
正直な話、死んだガトリーが許してくれるかどうかよりも、今の話をアルルがどう思ったかの方が気掛かりだった。
「もちろん、本当に嬉しいのです。むしろ私の存在がヨシュアさんの目標を変えてしまったのかと思うと、少し申し訳なくて。だから『よかったのですか』と尋ねたんです」
そういう意味だったのか、とヨシュアは安堵した。
「うん、俺が俺の意思で決めたことだから、アルルに影響を受けたことは間違いないけど、俺がアルルと一緒にいたいと思って決めたことだから」
「そうですか。それでは、私は素直に喜ばせてもらいます。でもそうなると、今度の試験は…… 」
「勿論受けるよ!」とヨシュアは即答した。「試験官のアーノルドさんを始め、待たせてる人もいっぱいいるからね。この一年の成果を見せに行かないと」
なるほどなるほど、とアルルは繰り返し頷く。
「ちなみにですが、試験勉強は順調ですか?」
「筆記は間違いなく受かるよ。慢心ではなく、客観的に見て、落ちる要素が見当たらない」
「それは頼もしい!」
「唯一問題があるとすればラストの小論文かな。でもまあ、これも大丈夫。去年も筆記試験は受かったしね」
聖騎士見習い試験は筆記問題と実技試験で構成されている。筆記試験は基礎教養が試されるテストで、難易度は「そこそこ」といった程度。特別難しくも無いが、きちんと真面目に勉強しなければ落とされる。
筆記試験の最終問題は毎年小論文である。この問題が解けなければ落とされる、ということも無いが、配点も大きいのでできれば取りたい問題だ。
「去年はどのような論文を書いたのですか?」
「たしか『魔物と人間の共存』に関してだったと思う。毎年の傾向も『魔物』や『世界樹』など、環状列島ならではの事柄について問われることが多いんだ。というわけで、今から小論文のお題になりそうなことを質問するから、アルルなりの答えを聞かせてよ」
「おっと、いきなりヨシュアさんに試されることになるとは。でもまあ私も興味がありますし、議論を交わすという形で良ければ受けて立ちましょう!」
どん、と胸を叩くアルル。
どっからでもかかって来い、と言わんばかりだ。
そうして会話に華を咲かせつつ、ヨシュアはアルルに村を案内する。
生まれ育った故郷も、アルルと一緒なら違って見える。退屈で何も無いと思っていた村も再発見が多くて、ただ歩き回るだけで意外なほどに楽しくなってくる。案内しながら「あれ、こんなとこあったっけ?」と何度呟いたことか。そのたびに、今まで見落としてきたことの多さに気付かされ、同時に、気付くことができたことに喜びを感じた。これもまた、一年で成長できた、ということなのだろうか。
そうだ。この一年で成長できたのだと、まだまだ自分にも伸びしろはあるのだと、アーノルドに見せつけなければならない。そのための「聖騎士見習い試験」なのだ。
そうしてヨシュアは新たな誓いを胸に、試験当日を迎えるのであった。