歓迎
「よ、ようこそいらっしゃいませ、アルルさん!」
「えぇっ!? あ、あの、顔を上げてください!」
まさかだった。
うちの親がアルル以上に緊張していたなんて。
家に帰って扉を開けると、なんと玄関に両親が揃い踏みで、しかもアルルの顔を見るなり深々と頭を下げたのである。
これにはアルルはもちろん、ヨシュアも驚きを隠せない。
「父さんも母さんも顔上げてよ。アルルが困ってるじゃないか」
「そうは言っても」と父がほんの少しだけ顔を上げる。「粗相が無いように気を付けないとねぇ?」
「変な気を遣わなくていいから、普通にしててよ」
そういうことなら、と、ようやく二人は顔を上げるが、やはりどこかよそよそしい。ヨシュアは思わずアルルと顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
そこへ、リビングの方から顔だけ出してこちらの様子を伺うネルの姿が見えた。
「お帰り、お兄ちゃん」
「ただいま、ネル」
「その人が恋人さん?」
「そうそう、彼女がこの前帰った時に話してたアルルだよ」
恋人だと分かったからか、それともアルルが優しそうな人だったからか、とにかくネルは安心した表情を浮かべると、両親の脇を抜けてアルルの目の前までやって来て、「お兄ちゃんの妹のネルです」と言ってにっこりと挨拶した。
それを受けてアルルは「お兄さんの恋人のアルルです」なんて返事するものだから、微笑ましいような恥ずかしいような、よく分からない気分である。
まだそわそわしている両親をリビングに追い返し、アルルの荷物を部屋へと運び込む。家自体は全く広く無いので、アルルはヨシュアとネルの部屋で寝泊まりすることになる。着替えの時とかはまあ、上手にやる必要があるけど、布団なんかは予備があるし、特に問題は無いはずだ。
二人してリビングに戻ると、母とネルの二人が夕食の準備を進めてくれていた。父も母の指示に従ってお皿やコップを並べている。なんとも見慣れない光景である。
「あっ、私も何かお手伝いを…… 」
「いいの、いいの! アルルさんはそこでゆっくり座って待っててちょうだい。長旅で疲れてるでしょ?」
追い返されちゃいました、と苦笑するアルルと共に待つこと数分。テーブルの上には、誰かの誕生日なのかと勘違いしそうなほど豪勢な料理の数々が並んでいた。少し奮発し過ぎである。
食べ始めるとようやく両親はいつも通りの調子を取り戻したようで、会話も段々と弾むようになってきた。
むしろ、アルルが何でも答えてくれることに気を良くした母は、時間が経つにつれて中々際どい質問をするようになる。
「それで、告白はどちらから?」
「えっと、あれは…… ヨシュアさんの方から、ということでよいのでしょうか?」
「へぇ、そうなの…… 」
おい、母さん。
うちの息子も意外とやるじゃないの、とでも言いたげなその目は止めろ。
「ヨシュアは何て言ってアルルさんに告白したの?」
「えっと、どんなだったかなぁ、あはは…… 」
さすがのアルルも、この質問にはちょっととぼけてみせる。
たとえ告白のセリフを一言一句スラスラ言えたとしても、なんでも素直に答えすぎるのは良くないかもしれない、とようやく気付いてくれたようである。
「ちなみにだけど、どうしてアルルさんはヨシュアを好きになってくれたのかしら」
おっ、その質問はナイスだ、母さん。あえて期待を表に出さないけれど、こう言った質問は本人からでは聞けないから有難い。父さんも興味津々な様子でアルルをじっと見ている。
とはいえ、両親から「うちの息子はどうですか?」と尋ねられても答えにくいよな、と、何だかアルルが不憫に思えてきたヨシュアは、隣に座る彼女に小声で「無理に話さなくてもいいよ」と言った。
それでもアルルは「いえ、少し照れますけど、きちんとお話させてください」とはにかむ。
「いいの?」
「もちろんですよ」
アルルは言葉を整理するかのように、数秒、僅かばかり俯いて、それから顔を上げてヨシュアの両親の方を向いた。真っすぐ視線を向けられた父と母は背筋をピンと伸ばし、自分たちから尋ねたにもかかわらず緊張した面持ちで、アルルからの言葉を待つ。
「思い返せば、ヨシュアさんには助けられてばかりでした。初めて出会った日も、死ぬ直前、間一髪のところを助けてもらって。そればかりでなく私の依頼に最後まで付き合って下さって、しかも『馬車に乗るより走った方が速いから』とおんぶまで」
おんぶ? と繰り返す母に、「少し黙ってて」とヨシュアは言った。いちいち中断されては話が進まない。
「でも、出会って数日は助けてくれたことに感謝する気持ちはあれど、それ以上の、いわば恋心のようなものは持ち合わせていませんでした。意識するようになったのはあの雨の日、二度目に背負っていただいた時だったと記憶しています。あの時は私から頼んでおきながら、背負われていることへの恥ずかしさと、それからヨシュアさんの背中から感じる温もりと力強さを同時に感じて、なんだか不思議な高揚感を覚えたものです。その時にこう、クラっと、恋のめまいといいますか、胸の高鳴りを感じまして、『あれ、もしかして?』と思いまして」
その時のことはヨシュアもよく覚えている。
あれはジークに振り回され続けた二週間のうちの一日で、依頼の終わりにアクセサリー作りを体験させてもらった日だ。翌日に予定があるというアルルのために、彼女を背負い、雨の中を走って帰ったのである。
でも思っていた以上に早くから意識してもらえていたとは意外である。てっきりもっと後かと、むしろ魔の島での一件があってようやく好意を抱いてもらえたのかと思っていた。
「私だって男性の方とお話することぐらいは日ごろから経験がありましたけど、背負われる機会などそうはありませんから、だからそのせいでおかしな気分になったのかと、ヨシュアさんの体温が私を狂わせたのかと、そう思ったのです。ですが、時間を置いて冷静になってみても、どうもあの時感じた熱は冷めなくて、むしろ日ごとに増すようで、そこでようやく私は気付いたのです。『ああ、この感情は恋なのか』、と」
思っていた以上に生々しい言い回しをするアルルに、ヨシュアたち一家は適切な言葉を見つけられなかった。聞いていたこっちが恥ずかしくなる、というやつだ。アルルの頬は赤く染まっているが、それ以上に父も母も赤い顔をしている。唯一ネルだけが「わぁ、素敵な話だね!」と無邪気に笑っていた。
◆
「それじゃあ、あとはお二人でごゆっくり」
予定ではヨシュアとアルルとネルの三人で夜を過ごす予定だった。それなのに、なんの計らいか、母親はネルを自分たちの寝室で寝かせると言い出したのだ。
「遅くまで起きてるのは構わないけど、あんまりうるさくしないでね」
「しないよ!」
何を勝手な妄想してるのか知らないが、余計なお世話である。
…… ほら、アルルも苦笑いじゃないか。
部屋の中央に布団を二枚、隙間なく敷いて、その上に二人並んで眠る。二人で一夜を明かすのは別に初めてではない。が、やはり心がそわそわと落ち着かない気持ちになる。アルルの気持ちを聞いたから、余計に胸が熱くなっていた。
その時、布団の中でふいに手を握られた。
鼓動がとくんと脈打つ。
「ダメだよ、アルル」
「ダメって、何がです?」
あどけない微笑みを浮かべてアルルは言う。やましいことを考えた自分の浅ましさが情けない。
「温かいご家族ですね」
「そう、かな? けっこう無茶苦茶な質問されてたけど、大丈夫だった」
「はい、私は全然気になりませんよ。それに、私の親に会った時には、ヨシュアさんも同じように質問攻めでしょうから。覚悟しててくださいね」
それは怖いな。アルルの両親お喋りで好奇心旺盛だって聞くから、根掘り葉掘り聞かれてしまいそうだ。
「でもその前に、聖騎士見習い試験ですよね」
「うん、その通り。絶対合格するから、それまで待ってて」
「頼もしい言葉ですね。それでは、ゆっくりと待たせていただきましょう」
信じてますよ、とアルルは言った。左手を握る力が強くなる。自分の家で、隣りにアルルがいてくれるという幸せを噛みしめるように、ヨシュアもその手をゆっくりと握り返した。




