帰省
最終章に突入です
宜しくお願いします!
その日は快晴といっても差し支えない天候だった。所々に雲が見えるものの、風も穏やかで、青空が一面に広がっている。
一波乱ありつつも、無事に豊穣祭が閉幕してから早くも二か月が経過した。大方の人間が元の生活に戻った一方で、ヨシュアを取り巻く環境は少しばかり変化していた。
ヨシュア自身は相変わらずの傭兵生活ではあったが、来るべき「聖騎士見習い試験」に向けての準備が必要だった。手続きと、昨年からの変更点の確認、筆記試験に向けての傾向と対策、そして心の準備である。
もちろん、アルルと正式に恋人になったという点も、ヨシュアの生活に少なくない変化を与えていた。食事や、旅する時間など、とにかく一緒に過ごす時間が増えた。今までは遠慮してた部分が良い意味でなくなった。
別に大事な試験前に浮かれている訳では無い。だが筆記試験で落ちることは無いとも思っていた。そして実技試験は筆記試験以上に自信があった。唯一の不安点といえば、アーノルドに「片腕の盾使い」としての可能性を示せるかどうか。けれど、そればかりは普通に試験対策しても始まらない。今更焦ることでもなく、それならアルルから日々刺激を受けている方が有意義な気がした。マーセナルの街に初めて訪れた時の、次は何が何でも試験に受かってやる、と焦っていた時とは心境が違っていたのだ。
────そして。
「これで最後?」
「はい。それでは別れの挨拶を済ませてきますので、先に馬車の方で待っててください」
引っ越し用の荷造りを終えたアルルから最後の荷物を受け取ったヨシュア。これから二人で暫くのあいだ、ヨシュアの生まれ故郷であるレントの村で暮らす予定を立てていた。期間は二週間前後。その滞在期間中に聖騎士見習い試験も行われることになっている。この二か月の間に村に帰る機会は何度かあったが、家族にアルルを会わせるのは今回が初めてである。
衣装ケースを片手に先に馬車に戻る。他にも杖やら本やら荷物はあるが、滞在は二週間だけの予定なので、それほど多くは無い。ただ、このウィンベルの街とは今日でお別れであり、残った荷物はアルルの故郷であるニルローナへとあとから郵送されるそうだ。
しばらく留守にしていた老夫婦は、先月のはじめに帰って来ていた。今回アルルが店を離れられるようになったのも、老夫婦が戻って来たことが大きい。そんな老夫婦に今、アルルは住まわせてくれた感謝を述べているところだ。
そのまま少しばかり待っていると、アルルが戻って来た。
「お待たせしました、ヨシュアさん」
「ちゃんと別れは済ませてきた?」
「はい! といっても、別に今生の別れというわけでも無いですし、『また会いましょうね』といってお互い笑顔で別れてきましたよ」
たしかに、涙一つ見せない晴れやかな笑顔である。それは老若男女問わず人々を幸せにする、この空のように透き通った明るい笑みだった。
◆
朝方、二人と荷物だけを乗せた馬車はウィンベルの街を出発したあとマーセナルを横切り、そのまま長く伸びる環状根の上をひた走る。途中で休憩を挟みながら、お茶とかもしながら、六時間もの長旅を終えてようやくアリストメイアの地にやって来た時には、すでに空は夕焼け色へと変わっていた。
とはいえ、ここからも馬車に二時間ほどゆられ、そのあとはレントの村がある島まで船にのり、再び馬車に乗り換える必要が有る。今にして思えば、一日ぐらいアリストメイアで泊っていけば良かったかもしれない。
「こうも馬車続きだと、さすがにお尻が痛くなってきましたね。ヨシュアさんはそろそろ走り出したくて、うずうずしているのではないですか?」
さすがはアルル。よく分かっていらっしゃる。
そういえば初めて環状根を渡る時も、せっかくだからと、マーセナルまで走ったんだっけ。そしてそこでニアとライの二人と知り合った。もしもあの時、大人しく馬車に乗っていたら、人生は大きく変わっていたのだろう。馬車の外を見ながら、ふとそんな風に思った。
「楽しいよ」とヨシュアは言った。「こうしてゆっくり、アルルと二人で馬車を貸し切って旅するのも悪くない」
「ふふっ。それは光栄です」
西日が差し込む車内に座り、赤レンガ色のアリストメイアの街並みを二人並んで眺める。穏やかだけど、確かな幸せを感じる時間が過ぎていく。
船に乗るころには辺りは暗くなり、一時間の船旅を終える頃には完全に日が沈んでいた。そこから他の船旅と交じって馬車に乗り、レントの村を目指す。
「ちょっとドキドキしてきました」とアルルは言った。
「別に何にもないところだよ」
「いえ、そうではなくて、ヨシュアさんのご両親と会うのことに、今になって緊張しているのです」
「へー、珍しいね」
今まで見てきたアルルは誰とでもすぐに打ち解けてきたから、人と話すことに緊張なんて感じたことないと思っていた。でも人の親と会うというのは、彼女でも落ち着かない気分になるらしい。
「呑気ですね、ヨシュアさん。そのうち私の親とも会ってもらいますからね?」
「うん、試験が終わったら真っ先にね」
「その時は今日以上の長旅ですね」
「ゆっくり行けばいいよ。急ぐ必要は何も無いしさ」
そう言ってヨシュアはアルルの手を握る。
大切なものさえ握りしめていれば、あとは別に何もいらない。片腕の俺には、多くの幸せを与えられたって持ちきれないのだから。
残り七話の予定です。
ここまで読んでくださった皆様、どうぞ最後までお付き合いくださいませ。