告白②
今日、この花火の下で告白しようと決めたのは随分と前の話だ。アルルの家の屋上から、と場所を決めてたのは数日前だったが、それでも考える時間には余裕があった。だからヨシュアはこれまでに、今日この瞬間を、長椅子に隣り合って座る姿を、何度も頭の中でイメージしてきた。
どんな言葉で気持ちを伝えようか。
出会ってから今までのことをゆっくりと振り返るのがいいだろうか。
もしくは、「好きです」とストレートに告白するほうがいいだろうか。
今日を迎えるまで時間がたっぷりとあったが故に、ヨシュアはここ数日の間ずっと悩み続けていた。もちろん、それは幸せな悩みであったから、全く苦では無かったけれど。
(…… ふぅ)
アルルの隣で、さきほどと同じように軽く深呼吸をする。高ぶる感情を少しだけ落ち着かせ、声が上ずってしまわないように注意を払いつつ、あらかじめ決めていたその言葉を口にする。
「あのさ、アルル。エテルマギアに強制転移された時のこと、覚えてる?」
自分でも驚くほど、からからに喉が渇いていた。まだ告白の言葉でもないというのに、随分と緊張しているみたいだ。
少し間を置いて、アルルは懐かしそうに言った。
「はい。最初から最後まで全部覚えてますよ。怖くて、辛くて、痛くて、心細くて、何度ももうダメだと思った。それでもヨシュアさんに助けられ、励まされ、最後にはこうして街に戻って来て、一緒に花火を見ていられる。一生忘れられない思い出です」
遠く向こうで上がる花火を見つめるアルル。
いつになくおしとやかな彼女の横顔をヨシュアは盗み見る。
「あれからまだ一月なんですよね」
「うん、まだ一月だ」
「覚えてますよ、最初から最後まで」
アルルはもう一度「最初から最後まで」と、強調するかのようにその言葉を繰り返す。
「俺が言った言葉も覚えてくれてる?」
「もちろんです。今だってヨシュアさんが私に言って下さった言葉を一言一句間違えずに言えますよ。『こんな時に言うのもズルい気がするけどさ、言わないと後悔しそうだから言うよ。好きだよ、アルル』って。あのタイミングで言うなんて、ほんとにズルい人ですよね」
まさかあの恥ずかしいセリフをここで繰り返されるなんて…… !
脳内でシミュレーションした中では起きなかった予想外の展開に、ヨシュアは狼狽える。
「うっ、仕方ないだろ? 後悔はしたくなかったんだし。それに俺だって、アルルの言葉はちゃんと覚えてるよ?」
「へー、それでは何と言ってたか、答えてもらいましょうか?」
悪戯っぽく笑うアルル。まさか、会話の主導権まで握られるとは。
それに、さっきからちょっとばかし距離も近いです、アルルさん。
「顔、赤いですよ、ヨシュアさん」
「アルルだって赤いよ」
「ふふっ、でしょうね。それで、私は何といってたか、本当に覚えてくださっていますか?」
「うん、まぁ、さすがに忘れないというか、たしか『私もヨシュアさんと一緒に、もっともっと色んな所を旅したかった』って言ってくれたよね」
ヨシュアも一言一句そのまま、あの時の言葉を繰り返した。
それなのに、アルルは不服そうに頬を膨らませる。
「もう! より大事なのはそのあとの言葉ですよ! 分かってますよね? 分かってて言わなかったでしょ!? 意地悪だなぁ」
「いや、意地悪したつもりじゃなくて、俺の口から言うのはちょっと恥ずかしかったというか…… 」
「分かりました。忘れたと言うなら、私の口からもう一度言いましょう!」
「忘れて無いよ!」
「じゃあ! 私が何と言ったか答えてくださいよ!」
アルルはヨシュアの瞳を真っすぐ見つめていた。口はぎゅっとつぐみ、その目は少しもふざけてなんかいなかった。アルルはとても真剣だった。
そんな彼女の瞳をヨシュアもまっすぐに見つめ返す。
「『好きですよ』って言ってくれた。名前も呼んでくれた」
アルルの頬が少しだけ緩む。
でもまだ、アルルはヨシュアの目を見続けていた。ヨシュアの次の言葉を聞き漏らすまいと、目と耳をヨシュアに向けていた。
今がその時である、とヨシュアも思った。
「あの時、アルルがどんな意味で『好きですよ』と言ってくれたのかは、俺には分からない。でも俺は、アルルのことが本当に好きだから、愛したいと思ったから、これからずっと一緒にいて欲しいと思ったから、だからあの時『好きだ』って告白したんだ。そして、その気持ちは今も変わらない」
「本当…… ですか? 信じてもいいんですか?」
「ああ、好きだよ、アルル」
勇気を出して、ヨシュアはアルルの右手をそっと握った。するとアルルもヨシュアの左手を握り返し、指を絡ませてきた。
それから自然と、二人の顔は触れ合うほどに近づいて……
最後の花火が夜空に花開く。
祭りが終わると、ウィンベルの街は途端に静かになった。
高鳴る心臓の音だけがやけにハッキリと聞こえる。
アルルはヨシュアの左手を握ったまま、そのまま愛おしそうに自分の頬へと寄せた。
「この手が、いつも私の手を守ってくれてたんですね」
手の甲に当たるアルルの頬はとても柔らかくて、温かくて、感情がコントロールできずにどうにかなってしまいそうだった。
いや、もう我慢する必要なんて無いんだ。
ヨシュアはアルルの体を引き寄せると、もう一度彼女の唇にキスをした。
次回より最終章に入ります
最終章は全八話の予定です
最後までお付き合い頂けたら幸いです