狙撃手の裏の裏
確実に追い詰めているはずだ。それなのにギルバートを捕まえられないまま時間ばかりが過ぎていく。もう既に日は沈みかけており、気温も段々と下がって来ていた。
「あの野郎、どこに隠れやがった!」
「声が大きいですよ、ワレスさん。お客さんが変な目で見てます」
祭りの中心地、ステージ前でワレスが声を荒げている。いくら捜してもギルバートが見つからないから苛立っているのだ。
もう三十分もしないうちに後夜祭が始まる。その後夜祭の始まりを告げるのが、今年のコンテストの優勝者であるソーニャなのだ。万が一のことも考えて、ソーニャに「安全が確保できない中でのスピーチは中止にした方がいい」と伝えたが、彼女はそれを拒んだ。
「面と向かって文句も言えない様な卑怯者に、私は絶対に屈しない」
そう言って、ソーニャはスピーチを必ず行うとヨシュアたちの前で誓った。
もちろんヨシュアたちもソーニャの味方だ。だから何としてでもギルバートを捕まえ、ソーニャには安心してスピーチに望んで欲しい。
「動き出すならそろそろのはず。ギルバートの得意武器は弓ですから、狙撃位置はある程度絞れます。人海戦術で何としても捜し出しましょう。ちなみにですけど、ライさんは弓も使いますが、狙うならどの位置からにしますか?」
「そうですね。やはり高さは重要ですが、他の要素としては、目標まで遮るものが無いことも重要です。反対に自分の身は隠したいので、近くに遮蔽物は欲しいです。あとは風の影響も受けるので、風下か風上から狙撃したいですね。その点では、今日は比較的風が強いので、狙いが逸れることも十分あり得ます。逸れたことが良い結果になるか、それは誰にも分かりませんが」
「となると、風は南北に吹いているから、狙撃位置は此処から北か南のどちらかになる訳だ。でも南からだとステージ裏の壁面が邪魔になるから、ステージ上のソーニャさんを狙うなら北からの狙撃になりそうですね」
ライがコクリと頷く。「私ならそうします」
「一応南からの狙撃も警戒するよう、リコッタとニアにはステージ裏でも気を付けてもらうことにして、俺たちは北を中心に捜しましょう!」
◆
「一番怪しいのは、やはりあの時計台でしょうか」
ステージから見て北側で一番高い建物が、ライが指さす時計台である。白い壁面が美しい建物で、高さは十五メートルほどあり、他の建物より頭一つか二つ分ほど高い。とはいえ時計台は街が管理しており、一般の人が登ることは固く禁じられている。だから狙撃位置としては使えないはずだ。
「でもまあ、ワイヤーを使って登れば、簡単に侵入できる場所ではありますよね」
その通りです、とライが頷く。
時計台の天辺は丸みを帯びているが、その気になれば人が立てないことも無い。
「ただ絶好のポジション過ぎる気がします。此処だと簡単に見つかってしまう。もし仮に狙撃位置がこの場所だとすれば、何か一工夫欲しいところですね」
「例えば?」とヨシュアは尋ねる。
「ちょっとしたハプニングを起こす、とかでしょうか」
「もしかして複数犯の可能性も?」
「ありえます。なにせ時間だけはありましたから、逃げ回っている間に誰かを雇っている可能性もあるかと」
ヨシュアは腕時計に目をやった。
十八時から始まる後夜祭まで、残り五分を切っている。スピーチの予定は三分間だけだから、相手が動くならその間しかない。
「すみません、今更でした。複数犯の可能性をもう少し早く思いつくべきでした」
「そんなことないですよ、ライさん。その可能性もあると頭に入れておけば、万が一にも対応できますから」
そう言いつつも、ギルバートがどんな手段を取ってくるか、ヨシュアはまるで思い浮かばなかった。
「とりあえず、相手より先に時計台の上を陣取ってしまいましょうか」
そうして二人はワイヤーを駆使して時計台の上へと登った。頂上部分は平らでは無いので、足元がすごく不安定である。ただここからでもよく見える。丸見えと言ってもいい。
隣ではライが弓を構えている。
「ここからならステージ以外もよく見えます。何かあれば、私がこの場所から犯人を狙撃しましょう」
「お願いします」
とても頼もしいな、とヨシュアは思う。ニアがライを頼る気持ちがよく分かる。そんなライを此方に派遣してくれたことも有難い。
ヨシュアはもう一度腕時計を見た。後夜祭の始まりまで残りあと一分も無い。
────そして。
ついに始まった後夜祭。ジルともう一人の司会の男がステージに登る。
予定ではこの後すぐにソーニャのスピーチがある。それなのに、辺りを見渡してみても周囲にギルバートらしき人物はいない。ステージ前に人だかりができている分、街を歩く人は少ない。建物の屋上に登る人物も見当たらない。いずれにせよ、もし近くにいれば、すぐに取り押さえられるはずだ。
そしてソーニャがステージに上がった。
昨日とは別の、真っ白なドレスに身を包んでいる。その斜め後ろで、ニアとリコッタが待機しているのも見えた。
ソーニャがステージに上がると盛大な拍手と歓声が送られた。祝福の音は、離れたこの場所でも聞こえてくる。
その時だ。
突然、夜空に打ち上げ花火が上がった。
人々は皆、早くも花火が始まったのかと夜空を見つめる。
ヨシュアも思わず空を見上げた。
でもなぜ?
もともと花火は最後の最後に打ち上げられる予定のはずだ。祭りの締めくくりとして花火を打ち上げる予定であり、まだその時では無いはずなのだ。それなのに、なぜこのタイミングで花火が上がったんだ?
違う。
何故、ではない。
これがギルバートの狙いなんだ。
だとすれば、今この瞬間、人々の注意が夜空に向けられているこの時を狙っているに違いない。ヨシュアは時計台の上から辺りを見渡す。
「ライさん! あの馬車の上です!」
時計台とステージのちょうど中間地点辺り、屋台が立ち並ぶ大通りの隣の道の上で、一台の馬車が止まっている。
その馬車の上に、今まさによじ登ろうとする一人の男の姿が見えた。髪の色は金髪。背中に矢筒を背負い、その手には弓が握りしめられている。
間違いない。ギルバートだ!
「見えました。狙撃します」
「お願いします!」
この場をライに任せ、ヨシュアは時計台から飛び降りる。
そしてワイヤーを使い、するすると時計台から降りると、ヨシュアは馬車に向かって全速力で走り出した。
ギルバートが馬車の上で立ち上がり、左手に弓を、右手は矢筒へと伸ばす。
そこへ一本の矢が夜空を斬り裂き、ギルバートの太ももの裏側に突き刺さった!
ギルバートは痛みのあまり悶絶し、その場で蹲る。そして狼狽えた様子で、矢が飛んできた方向を険しい表情で睨む。
そんなギルバートの首元へ、ヨシュアはワイヤーを伸ばすと、ぐるぐると巻き付け拘束した。
「ぐぅっ!?」
「捕まえた!」
ハッとした表情でギルバートはヨシュアを見た。その目は怒りで血走っている。首を絞め上げられ、顔は紅潮している。傷口に触れたからか、右手には血がべっとりと付着していた。
そこへ追い打ちをかけるように、ヨシュアは<魔封じの光剣>を展開すると、ギルバートに容赦なく突き刺した。これでギルバートは魔法も使えない。
「は、離せ!」
「離す訳が無いだろう!」
ギルバートが体を揺すって抵抗の意思を見せるが、全くの無駄である。
「お前の身勝手な行動が、どれほど多くの人に迷惑をかけたと思っているんだ! これから嫌というほど罪を償わせてやるから、覚悟しろ!」
そう言うと、ギルバートは何か言いたげに唇を震わせるが、そのまま何も言う事無く俯いた。どうやら抵抗もこれまでだと悟ったらしい。
そんなギルバートを前にして、ヨシュアはギルドメンバー全員とソーニャに<念話>を送る。
【こちらヨシュア! ギルバートを確保しました! これでスピーチを邪魔するものはもういません。だから、会場を盛り上げるのは任せましたよ、ソーニャさん!】