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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
豊穣祭編
143/154

その身に罪を刻む

 その日、ギルバートは眠れぬ夜を過ごすことになった。

 元々宿泊する予定だった宿はキャンセルした。ヨシュアがいつ戻ってくるのか分からない中で、朝目覚めたら居場所がバレて囲まれていた、なんてことになったら最悪だと思い、マーセナルに構える宿から抜け出すと、なるべく遠くの宿に移った。それでも不安はぬぐえず、上手く寝つけなかった。


 こうなったら全てを白状して謝ろうかとも思った。だが、それはできないと自分に言い聞かせた。

 そもそも、全てはソーニャが従来のルールを自分勝手に捻じ曲げたのがいけない。昨年の優勝者にも拘らず、今年のコンテストに出場するなど、今までの慣例から考えて、あってはならないのだ。

 しかもソーニャは優勝した。マーセナルで開催のコンテストで、地元出身のフレイヤが負けるなど有り得ないというのに。それはつまり、ソーニャが金で票を買ったということである。



 そうだ。

 俺が悪いんじゃない。

 全てはソーニャが悪いのだ。

 だから俺はソーニャに己の過ちを自覚させるために、彼女の体に罪を刻まなければならない。もちろん殺す気までは無いが、彼女の美貌の一辺でも奪い取らねば気が済まないのだ。



 そう考えたギルバートは幾度となく心が揺らぎながらも、その度に自ら心を奮い立たせることで、自首することを思いとどまっていた。


 だがどうすればいいのだろう?

 暗い部屋の中、ギルバートは布団から抜け出し立ち上がる。


 ソーニャを狙おうにも、既にかなり警戒されていて、狙撃するのは至難の業だ。しかも使用武器が弓だとバレているから、狙撃場所の確保すら難しいだろう。出来れば最終日の、コンテスト優勝者によるスピーチの場で恥を掻かせてやる予定だったが、計画の変更も必要かもしれない。



 一先ずカーテンを開ける。まだ目覚めた時間が早すぎて辺りは薄暗い。そんな時間だからか、外には誰もいない。片腕の盾使いの姿も、傭兵の姿も見当たらない。

 少しだけ窓を開けてみると、外の冷たい空気が部屋の中に入ってきた。ニューポートと比べて、この街の朝は少しだけ肌寒くて、思わず身震いしてしまう。ギルバートはすぐに窓を閉めた。ニューポートの温かみが恋しかった。


 

 ベッドに腰かけ、明かりも付けずにそのまま一時間ほど考えた。窓から日の光が差し込んでくる。眩しい朝だ。

 だがいくら時間を掛けてもいい案は思い浮かばない。そもそも初めから行き当たりばったりの、感情任せの殺害予告である。いまから必死になって考えても、もう既にどうしようもない状況なのかもしれない。ギルバートは頭を抱えた。


 さらに一時間ほどベッドの上でじっとしていた。昨日からろくに食べていなかったので、腹も減ってきた。けれども、あまり食欲がない。まだいいだろうと思った。


 ダメだ。何も思い浮かばない。

 警戒されている中で狙撃し、そのまま逃げおおせる案が思い浮かばない。


 それなら日にちをずらすしかない。一度ニューポートに帰ろう。筆跡だけなら証拠にはならないだろう。予告状の当日にニューポートに帰れば、疑いも少しは晴れるだろう。今ならまだ逃げられるはずだ。これは逃げではなく、後日必ずソーニャに罪を償わせるための、いわば布石なのである。


 一度ニューポートに帰ることを決めると、その後の行動は早かった。近くの食事処で簡単に朝食を済ませると、荷物をまとめ、宿に金を支払い、それからニューポート行きの馬車乗り場へ向かった。宿を出たのが、ちょうど九時を過ぎた頃だった。


 何事も無く馬車に乗り込む。環状根へ向かう前に、馬車はマーセナルの街を横切った。このまま街を出るとしばらくフレイヤの姿を目にすることができない。それだけが心残りだった。


 そのまま馬車に揺られること四十分。ニューポートまで続く長い長い橋、環状根の前へとやって来たのだが…… 



「なんだ? もしかして、検問?」



 環状根に差し掛かろうとする手前、アリストメイアの騎士たちの姿が見えた。しかも八人も。明らかに人数が多いとギルバートは思った。

 馬車からひっそりと顔を出し、その姿をよく観察してみると、どうやら騎士たちはニューポート行きの馬車の荷台を細かくチェックしている。馬車の運転手に話も聞いている。ニューポートからマーセナルへ入国する馬車の荷台を確認するのではなく、マーセナルから出て行く馬車の方を厳重にチェックしているようだ。ギルバートは嫌な予感がした。


 逃げなければ。

 ここにいては捕まってしまう。


 まだ順番待ちで、ギルバートが乗る馬車の前にも二台いて、この馬車がチェックされるまで少しだけ時間が掛かりそうだ。騎士たちもこちらを見ていない。今ならまだ逃げ出せる。



 ギルバートは「急用ができた」と言って馬車の運転手に金を押し付けると、すぐに馬車を下り、足早にその場を去る。その場にいた者たちに怪しまれただろうが、気にしている余裕は無かった。

 心臓がバクバクと鳴っている。後ろを振り返ることもできず、いつ腕を掴まれるだろうかと気が気でなかった。どうしてこうなってしまったのだ、とギルバートは自分を責めた。だがギルバートを追いかけるものは誰もおらず、そのまま逃げおおせることができた。


 とはいえ環状根を押さえられてしまっては、もうこの島から逃げ出す方法が無い。ギルバートは取れる選択肢がほとんどなくなっていた。精神的にも追い詰められていた。


 逃げることができないなら、やるしかない。出来るか出来ないかじゃなくて、やらねばならない。警備が厳重だとか、逃げ切れないかもしれない、とかではない。どうせ捕まるなら、ここでソーニャに罪を自覚させるためにも、何としてでも狙撃を成功させるしかないのだ。


 そのためにも、もう一度潜伏しなければならない。夕方になるまで身をひそめ、闇に紛れて動き出し、そしてステージ上でスピーチを行うソーニャを狙撃する。それしか道は残されていない。追い詰められたことで、ギルバートはやるべきことがクリアになった気がした。







 ギルバートが環状根から逃げ去ってから一時間。

 ヨシュアは再びマーセナルの街へと戻って来た。既に魔法文によって、ギルドメンバーやアリストメイアの騎士たちと情報を共有できている。早くから検問を敷いてもらったから、ギルバートも外へ逃げ出せずにいるはずだ。

 打てる手はすべて打った。あとは捕まえるだけである。



「それでは今日一日よろしくお願いします、ライさん」



 ヨシュアとペアを組むのはライだった。ニアと、それから指名を受けたリコッタがソーニャの警備に就くことになっている。

 ニアとライが別行動するのは珍しいが、父親と再会してから、二人の関係も少しずつ変わってきているらしかった。



「何処から捜しますか?」


「犯行予告の時間まで、まだ七時間もあります。それまでギルバートは祭りの会場から離れて身をひそめているかもしれません。だから、ちょっと離れたところ、人通りの少ない場所を捜しましょう」



 そうしてヨシュアたち浮雲の旅団のメンバーは、ギルバート捜索の包囲網を狭めていった。

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