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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
豊穣祭編
141/154

予告状の差出人は

 ヨシュアがまず始めに捜したのはジルだった。行先の分からないフレイヤと違って、ジルなら控室にいるだろうとミストに教わったからだ。そして彼女の言う通り、ジルはステージ裏の控室にいた。



「すみません、呼び出してしまって。すぐに終わりますので」



 控室をノックして、打ち合わせの真っ最中だったジルを部屋の外に呼び出した。室内にはジルのほかに四人のスタッフがいて、白黒のお揃いのTシャツを着ていた。テーブルの上には企画書のようなものが広げられていた。



「気にしないでいいですよ。それで、わざわざどうしたの?」



 忙しいはずなのに、ジルは笑顔で迎えてくれた。その顔には疲れと充実感が一緒に見られた。



「実は少し事件が起きまして」


「事件?」


「これを見て貰えますか?」



 訝しげな表情を浮かべるジルに、ヨシュアは殺害予告が掛かれた手紙を渡すと、事件の概要を手短に説明。そして彼女に「筆跡に心当たりはありますか?」と尋ねてみる。


 しばらく考え込んでいたジルだが、予告状から視線を外すと、申し訳なさそうに首を横に振った。



「ごめんなさい。お力になれそうになくて」



 ジルにも心当たりは無いようだが、知らないというのなら、それは仕方の無いこと。ヨシュアは礼を言ってその場を離れた。



 次にヨシュアは、やはり何処にいるか分からないフレイヤを捜す前に、アルルが働くお店へと向かった。「明日の花火を一緒に見ることができない」と伝えるためだ。


 アルルは昨日と同じように、お店から少し離れて、ボードを片手にお客さんを呼び込んでいた。今もまた若いカップルを相手にお店へと案内しているところだ。アルルの笑顔を前にすると、誰もが足を止めて彼女の言葉に耳を傾ける。以前にパン屋のお手伝いを共にした時から思っていたが、アルルは接客業が天職なのではないかと思う。



「あら、ヨシュアさん! 今日も来てくださったのですか?」



 振り返ったアルルがヨシュアに気付くと、眩しいぐらいの笑顔でそう言った。今から、明日の約束を破棄しなければならないと思うと心が痛む。

 それでも「これは必要な事なんだ」とヨシュアは自分に言い聞かす。



「あの、どうかしました?」


「ごめん、アルル。明日の花火、一緒に見れないかもしれない」


「えっと、それはどういう…… 」



 真っすぐとヨシュアの目を見ながらも、アルルの顔に困惑の色が広がっていく。

 ヨシュアはアルルを連れて人気の無い路地裏まで歩くと、予告状をアルルに見せた。もちろんそれは関係の無い人に軽々しく見せるべきものではないが、ソーニャからは既に許可を取ってある。



「これはまた酷い…… 」


「俺はソーニャさんの名誉を守りたい。だから、この予告状の犯人を捜し出し、ソーニャさんの前に引きずり出したいと思ってる。でもそうなると、明日の約束は守れそうになくて」


「待ってます」


「え?」



 ヨシュアはアルルをまじまじと見つめた。強い意志を感じさせるその言葉の意味を、上手く掴み切れなかったからだ。



「明日の夜までに犯人を捕まえてしまえば、一緒に花火を見られるのですよね? それなら、私、来てくださると信じて待ってます」


「でも間に合わなかったら…… 」


「それならそれで、次の機会を待ってます。期待してもいいですよね?」


「もちろん!」



 アルルが信じてくれるなら、憂うべきことは何もない。これで犯人捜しに専念できる。焦らず、けれども、なるだけ早く捕まえたいとヨシュアは思った。







 憂慮すべきことが無くなったヨシュアは、祭りでにぎわうマーセナルの街を小走りで駆けていた。ちょうどギルドホームの前を走る大通りの、その両端に立ち並ぶ模擬店の列を眺めながら、祭りを楽しんでいるというフレイヤの姿が見えないか捜していた。

 ちょうどその時だ。脳内に<念話テレパス>による声が響く。



【ヨシュアさん。今お時間いいですか?】



 聞こえてきたのは淡々とした声。相手はミストだ。



【どうかした? 何か進展でもあった?】


【フレイヤさんがギルドホームに帰ってきました】



 そうしてミストに呼ばれる形でヨシュアは再びギルドホームを訪れた。入り口の大きくて少し重たい扉を開くと、先程とは全く違う光景が広がっていた。


 ほんの少し前までは、ギルドホームはとても静かだった。普段ホームで盛り上がっているような人々が、祭りに繰り出しているからだ。

 それなのに今、ギルドは普段以上に熱気に包まれていた。多くの人がビール片手に賑わっていた。そしてその中心にはフレイヤと、そしてソーニャもいた。どういう訳か二人は並んで座っている。二人とも顔が赤いことから、それなりの量のアルコールを周りの人々に勧められたのだろう。


 ヨシュアは扉を開けたまま立ち尽くしていた。そこへワレスが「ヨシュア!」と名を叫ぶ。ヨシュアはワレスの手招きを受け、盛り上がりの中心地、フレイヤとソーニャが座るテーブルへと向かった。


「えっと、この騒ぎは一体?」とワレスに尋ねる。



「ミスコンテストお疲れ様会、ってとこだ。そんなことより聞いたぜ、予告状の件。許せねーよな! あの手紙見せろよ!」



 誰が喋ったのか、その場にいた全員が事件について知っているようだった。デリケートな問題だろうに、皆に知られて良かったのだろうか?

 ヨシュアはソーニャをちらりと見ると、彼女は黙って頷いた。口元には微笑を浮かべている。それほど気を悪くはしていないらしい。



「私から話したの。協力者は多いほどいいでしょ?」とソーニャは意外なことを口にした。「こんなにも騒ぎになるとは思ってなかったけどね。でも皆優しいから、ついつい頼っちゃうわ」



 冗談交じりに笑うソーニャ。

 でもそういう事ならと、ヨシュアは預かった手紙をテーブルの真ん中に置く。

 その場にいたものの視線が手紙へと注がれる。騒がしかったホームが一気に静まり返った。



「どうですか、フレイヤさん。筆跡に心当たりありますか?」


「うーん…… ちょっと失礼します」



 フレイヤは自分の近くに予告状を手繰り寄せた。何か記憶に引っかかるものでもあっただろうか。

 もしフレイヤでも分からないと、手掛かりを完全に失うことになる。それはそれで、ギルド関係者内に犯人がいないという証明に繋がるので、決して悪いことでは無い。だが捜索は振出しに戻ってしまう。どんな些細な事でもいいから思い出して欲しいと願いながら、ヨシュアはフレイヤの赤く染まった顔を眺める。



「一度だけ、目にしたような…… 」


「本当ですか!?」



 思わず、ヨシュアは身を乗り出して尋ねた。

 だがフレイヤはまだ難しい顔をしていた。この筆跡をどこで見たのか思い出せないと言うのだ。



「でも<浮雲の旅団>のメンバーでは無いと思います。少なくとも私が担当させて頂いている団員ではありませんし、既にジルちゃんとミストちゃんも『知らない』と言うのなら、やっぱりギルドのメンバーでは無いですね」



 その言葉に「当たり前だ!」とワレスが豪快に笑う。「ギルドメンバーに犯人がいて堪るかってんだ!!」



 それはその通りだ。

 でも手掛かりも無くなってしまった。どうすればいいだろうか。ぼんやりと眺めた窓からは西日が差していた。



「────あっ、思い出しました」



 そんな訳で途方に暮れ始めた時だった。

 フレイヤがぽつりと呟くように言ったのは。



「『思い出した』というのは、まさか筆跡の主が誰かということですか?」


「はい。確か去年と一昨年の豊穣祭あとに手紙をもらいました。その時の筆跡によく似ています」



 豊穣祭のあとに手紙を?

 まさかフレイヤも人知れず予告状をもらっていたのだろうか? だとすれば、この事件は今年だけの出来事ではないということになる。


 だがヨシュアの予想は外れた。



「手紙と言ってもファンレターのようなものでした。ミスコンテストを見てくださった方で、確か差出人はニューポートでギルドに所属しているとか、なんとか…… 」


「名前は無かったのですか?」



 フレイヤは「無かったはずです」と言った。差出人が誰なのか分かれば返事を書いていたはずだから、名前は書かれていなかったと彼女は言った。



「でもなぁ、それだけじゃあなぁ」



 ワレスが後頭部を撫でながら言った。ニューポートのギルドに所属していると分かっただけでは、犯人が誰なのか捜せない。せめて顔と名前ぐらいは分からないと話にならない。

 ────そう誰もが思っていた。



「俺、手紙を持ってニューポートで聞き込みしてきます」



 ヨシュアがそう口にした途端、その場にいた誰もが唖然とした表情でヨシュアを見た。



「今からって、ボウズ、もう夕方だぜ? 馬車の時間なんてとっくに過ぎちまってる」


「あんなトロい乗り物になんか乗りませんよ。言葉通り、馬車に乗ってたら日が暮れてしまいますから。走っていきますよ」



 その方が断然速い、とヨシュアは言った。ギルドのメンバーは「確かに」と頷く。

 ソーニャだけが訝しげに「あなた、本気なの?」と言った。この街からニューポートまで、環状根の長さだけでも八十キロはある。一時間に十キロのペースで休みなく走ったとしても八時間はかかる計算だ。



「任せてください。四時間もあればニューポートまでたどり着けます。今から四時間後なら、まだ向こうのギルドも開かれているはず。充分聞き込みもできると思います。夜は無理せず宿泊してこようと思いますが、何か分かった時点で魔法文を使って連絡しますし、俺も遅くても明日の祭りの開始までには戻ります」


「でも…… 」


「心配はいりません。その証拠と言っては何ですが、ソーニャさん以外誰も俺のことを心配していません。という訳で、手紙は借りていきますね」



 未だに不信がるソーニャを尻目に、ヨシュアはテーブルの上の手紙を引っ掴むと、そのままギルドを飛び出した。そして祭りでにぎわう人々を横目に、ヨシュアはニューポートを目指して走りだした。

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