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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
豊穣祭編
139/154

栄光の光と影


「優勝はエントリーナンバー六番! ソーニャさんです! おめでとうございます!!」



 その瞬間、会場全体が盛大な歓声と、割れんばかりの拍手に包まれた。誰もがソーニャの名前を呼んでいた。会場が一体となり、大きなうねりとなって、皆が彼女を祝福しているようだった。

 もちろん、観客の全てがソーニャに投票した訳では無いのだろう。だが、それでも観客はソーニャに惜しみない拍手を贈っていた。それは「ソーニャが優勝するなら納得だ」と皆が思ったからに違いない。


 そしてヨシュアもまた、人知れず左の拳を握っていた。自分のことのように嬉しかったからだ。達成感とはまた違うが、それに似た「充実感」のようなものを感じていた。ソーニャの努力を知っているからこそ、心から祝福したいと思ったのだ。


 鳴りやまない拍手の中、優勝トロフィーの贈呈と、宝石屋トルマリンのオーナーから宝石を取り付けられた指輪の贈呈が行われた。

 受け渡しの時にちらりと見えたソーニャの表情は、涙一つ溢さない、実に晴れやかなものだった。そして充実感に満ち満ちていた。優勝が決まってもなお、いや、優勝したからこそ、コンテストのグランプリに輝いた女性として、あるべき振る舞いをしているようだった。







「おめでとうございます、ソーニャさん」


「ふふっ、ありがとう」



 コンテストを終え、控室にて着替えを済ませたソーニャ。「静かな場所に行きたい」というソーニャの願いに応えるため、ステージ裏からこっそりと抜け出し、街外れへと歩いていく。その道の途中で、ヨシュアは改めて祝福の言葉を贈った。



「やりましたね。タップダンスもいつも以上に気合が入ってて、素晴らしかったです。思わず見入ってしまいましたよ」


「あれだけのお客さんに注目されたんだもの。気持ちも乗ってくるってものよ」



 緊張を楽しめるメンタルこそ、ソーニャの強さであり、優勝の原動力だったのだろう。今日のステージを見ていて、そんな風に思った。



「その左手の指輪は、先程贈られたものですか?」


「そうよ、綺麗でしょ?」



 ソーニャの左手の中指には、ピンク色の綺麗な宝石をあしらった指輪が見える。宝石のことは詳しくないが、その神秘的な輝きが女性を魅了するのは、何となくわかる気がする。



「何という石ですか?」


「あら? 知らないの?」


「すみません。宝石については疎くて…… 」


「『トルマリン』よ。宝石店の名前にもなっているでしょ?」



 えっ? と思わず声を漏らしてしまった。自分の無知を曝け出したようで、とても恥ずかしい。



「ふふっ。その様子じゃ、本当に何も知らなかったみたいね。トルマリンはね、ピンク色だけじゃなくて、赤い色の『ルベライト』や、緑色の『グリーントルマリン』、それに、一つの石に二色の色がある『バイカラートルマリン』なんてのもあるのよ」


「勉強になります」


「女性はみんな宝石が好きよ。だから覚えておいて損はないと思うわ。好きな人ができたらプレゼントしてあげて」


「えっと…… ちなみにこれ、おいくらですか?」


「さあ? 貰い物だから分からないけど、購入するとなると…… 」



 そう言ってソーニャはヨシュアに耳打ちする。



 ────え?


 それ、一年頑張ったって買えない金額のような…… 

 冷静に考えてみても、今までの稼ぎよりも明らかに多い。


 ヨシュアの反応を面白がるように、ソーニャは目を細めて笑っていた。



「安心して。貴族でもない限り、此処まで大きくて立派な宝石を望む人はいないわ。もちろん、貰ったら嬉しいでしょうけどね」



 よかった。もしアルルに望まれたらどうしようかと。

 などと考えていると、ソーニャが「あなたにも好きな人はいるのかしら」と尋ねてきた。



「えっと、まぁ、そうですね…… 」


「もう付き合ってるの?」


「いえ、まだです」



「ダメよ。ちゃんと告白しなきゃ」とソーニャは言う。「女は強い人が好きなの。でも、それは戦いにおいてだけじゃないわ。気持ちの強さも女は求めているのよ」



 それは持論ですよね、ソーニャさん?

 でもまあ、一理ある気もする。



「一応、明日の夜の花火の時に告白を予定してて…… 」


「あら、素敵! いいじゃない。ロマンチストも好かれると思うわ」



 興味津々なご様子のソーニャ。どうして女という生き物は、他人の恋愛にそこまで興味を示す人が多いのだろう?



「それで? プレゼントは何を用意したの?」


「え? プレゼント?」



 しまった。贈り物のことなど全く考えていなかった。

 魔の島での一軒も含め、いくら忙しかったとはいえ、そんな言い訳は通用しないことぐらいヨシュアでも分かる。



 そんな訳で、ヨシュアは一つ、重大な悩みを抱えた。

 不穏な音を聞き取ったのは、まさにその時だった。



「────危ない!」



 咄嗟に、ヨシュアは飛んできた”それ”を掴む!

 手のひらから血飛沫が上がるが、何とかソーニャの目の前で食い止めることができた。


 喧騒を避けるように、模擬店が立ち並ぶ大通りを逸れ、人気の無い脇道を歩いていたヨシュアたち。

 そこへ、遠く向こうから、ソーニャを狙って「矢」が飛んできたのだった。



「え? …… なんで?」


「下がって!」



 まだ狙われている。恐らくは、ずっと遠く向こうに見える、あの塔の上から狙われているんだ。


 目を凝らしていると、またしてもヨシュアたちに向かって矢が飛んできた。


 だが、それはソーニャを狙ったものではなく、二人の足元に落ちた。その矢に手紙のようなものがくくり付けられている事を思うと、狙いが逸れた訳では無さそうだ。

 それを拾い上げ、「一先ず此処から離れましょう」とヨシュアは言った。



 人混みの中へ逃げ込み、それからソーニャの従者であるファウストと合流する。一部始終をファウストに話してから、矢に括られていた手紙を手渡した。

 ファウストが手紙を読み上げる。



「『宝石屋トルマリン』を買収し、コンテストのグランプリすらも金で買った卑しい女に、正義の裁きを下す。命が惜しければ、明日の後夜祭にて全ての罪を告白し、宝石とトロフィーを直ちに返還せよ…… だそうです」



 狂っている。

 彼女の努力を何も知らない奴が、勝手な妄想で彼女の名誉を傷つけるなど、絶対にあってはならない事だ。ヨシュアは怒りに震え、今すぐにでもそいつを捕まえ、ソーニャの前で土下座させてやりたい気持ちに駆られた。


 だが、当の本人はどこ吹く風だ。



「ソーニャさん。俺、そいつを探し出して捕まえてきます」


「別にいいわ」


「どうして!?」


「私は資産家の令嬢だから、脅迫状なんて珍しくないの。さすがに、目の前に矢が飛んできた時は焦ったし、守ってくれた事は感謝してるわ。でも、せっかくのお祭りなのに楽しまないなんて勿体ないと思うの。だからあなたは気にせず、この祭りを楽しむべきよ」


「悔しく無いのですか?」


「ええ、悔しくないわ。だって私がグランプリに相応しかったと、分かる人には分かるはずだし、それに何より、私が今日の結果に満足しているの。言いたい奴には言わせておけばいいわ」



 ヨシュアは信じられないという思いでソーニャを見た。

 この手紙は明らかにソーニャを侮辱している。もっと怒っていいはずなのだ。平然としてるなんておかしいと思うのだ。


  でももし、ソーニャが騒ぎ立てない事に理由があるのだとしたら、考えられるのは…… 

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