アルルと一緒に
「少し早かったかな?」
腕時計が示す針は、まだその時では無い事を示していた。それなのに逸る気持ちが抑えきれず、既にアルルが店番をするお店への近くへと来ていた。彼女を迎えに来たつもりだったが、さすがに早すぎた。
とはいえ、ただぼーっと突っ立ているのも時間が勿体ない。せっかくなのでアルルの接客姿でも見ていこうか。
大通りの両端にずらりと並ぶ屋台のテント。そこに各店舗が長机や椅子を並べ、商品を出品し、看板を立てかけたりと各々で装飾してある。
テントは飲食系の模擬店が赤色、射的などのゲーム屋は黄色、そしてアルルたちのように物品を販売するお店は緑色のテントで統一してある。ある程度は同じ色同士のテントが集まっているので、色を頼りに、観光客はお目当ての店を探すことができるのだ。
ちなみに運営本部などは青色となっているので、遠目からでも非常に分かりやすい。
程なくしてアルルの姿が目に入ってきた。
アルルはお店の前で、小さなボードを片手に、道行く人に声を掛けているところだった。幼い少女に向けて、膝を折り、目線を合わせて、笑顔で手を振っている。
そんなアルルを遠目に見ていると、不意に目が合った。
にっこりと笑って、立ち上がったかと思うと、アルルの方から駆け寄って来てくれた。
「こんにちは、ヨシュアさん! わざわざ来てくださったんですね!」
眩しいぐらいの笑みを見せてくれるアルル。
やっぱり可愛いな。
「お疲れ様。でもちょっと待ち合わせには早かったかな?」
「ですね、ちょっとだけ早いかも。…… そうだ! よかったらお店の商品を見ていってくれませんか?」
さあさあどうぞ、と促されるがままにお店の前へ。
あらかじめ話に聞いていた通り、この店では四人で一つのお店を交代で回しているらしく、商品も四人の手作りなのだそうだ。アルル以外の三人は家庭持ちで、歳は三十歳から四十歳の間。家庭での空き時間を利用して、この日の為に手作りした商品がテーブルの上に所狭しと並んでいる。
扱っているのは指輪やネックレス、さらにはトートバッグにポーチなど。もちろん、これらはただ並べられているのではなく、クロスを敷いたり、アンティーク調のマス目棚やコルクボードを駆使して、綺麗にディスプレイしてある。
「あ、アルルが作ったのって、これ?」
手に取ったのは香り袋だ。薬草学に精通しているアルルならではの手作り作品で、布製の袋の中にはリラックス効果のある香草が詰め込まれている。
ただ、ヨシュアが注目したのは香りではなく見た目。手のひらサイズのそれは、可愛い猫の形をしていた。見た目からして人気が出そうだ。しかも使われている布は、この辺りでは中々お目にかかれない絵柄である。生地も上質で手触りもいい。
「珍しい生地だね。マーセナルでは見かけたことないや」
「あ、分かりますか? 香り袋を作ることになった時、見た目も可愛い方がいいなと思いまして。それでニューポートまで探しに行って、色々とお店を見て回った時に見つけたんです。これは和柄といって、日本の着物によく使われている伝統的なもので、花柄や花火柄など種類も豊富なんです。とっても可愛くておしゃれですよね!」
ヨシュアは手に取ったそれをまじまじと見つめる。
水色の生地に紫色の花模様が描かれている。アルルが言うには「朝顔」という日本ではポピュラーな花とのこと。
「妹のプレゼントにいいかも」と呟くと、
「あら、買って下さるのですか?」
と、ほんのわずかに首を傾けながら、アルルは期待するような眼差しを向けてくる。
その奥で、店番をしていた奥様方も、好奇の目をヨシュアに向けていた。
実際のところ、そろそろ一度レントの村に戻って、次の聖騎士見習い試験の手続きをしなければと思っていたので、プレゼントに買って帰るのもいいかもしれない。
「そうだね、それじゃあ…… 二つ、頂こうかな」
「ありがとうございます!」
アルルにお金を渡し、代わりに商品を受け取る。
一つではなく二つも買った理由は、アルルの手作りだと思うと、一つは手元に残しておきたいと思ったから。
もちろん口に出すのはちょっぴり恥ずかしいので、自分用とは決して言わなかったけれども。
お節介焼の奥様方のご厚意もあって、少し早めにアルルと共に祭りを見て回れることとなった。「若い二人で楽しんで」などと見送られ、二人して顔を赤く染めながらも、ヨシュアたちは雑多の中を歩き始める。
「マーセナルの街がこんなにも多くの人でにぎわうなんて、ちょっと想像して無かったよ」
「私もです。話には聞いていましたけど、想像以上ですね!」
すれ違う人々は年齢も性別もバラバラだ。子連れの家族から老夫婦まで楽しそうに笑っている。賑やかで、活気があって、みんな幸せそうだ。そんな中で、アルルの隣で並んで歩くことができて、ヨシュアもまた幸せを感じていた。
これも魔の島を生き残ることが出来たからだと思うと、本当に最期まで足掻いて良かったと思うし、助けに来てくれた人たちに感謝の気持ちでいっぱいだった。
「あら? あの食べ物は何でしょう? なんだかとっても美味しそう!」
アルルが指さしたのは舟形のトレーに入った丸い食べ物。ソースが塗られてあって、爪楊枝で刺して食べている。
そう言えば、先程の見回りでも見かけた様な……
「あれはたこ焼きだよ。異国の食べ物だね。確かこの先にお店もあったはず…… ああ、左手に見えるあの店がそうだね。そういえば、もうお昼は食べた?」
「まだなんです! よかったら食べていきませんか?」
祭りの醍醐味と言えば「食べ歩き」。それはもう喜んで提案に乗った。
愛想のいいお兄さんから八個入りのたこ焼きを注文して、たっぷりのソースとマヨネーズをかけてもらう。料金と引き換えに受け取って、爪楊枝を刺して、さっそくとばかりに熱々のうちに頬張る。
「あっ、はふっ、ほ、ほいひぃでふね!」
口元に手を当て、目を爛々と輝かせるアルルは、熱がりながらも顔をほころばせている。
そんなに焦らなくてもいいのにと思いつつも、確かに美味しいし、テンションが上がるのも分かる気がする。ソースの濃い味と出汁のきいた生地と、なにより中に入った蛸の味と食感がたまらない。
他にも魚のフライやら焼き鳥なんかを買って分け合った。祭りの雰囲気と、この「分け合う」というのがまた特別なように思えて、何てことの無いはずなのに異様に美味しく感じてしまう。食べ出すとついつい止まらないのだ。
「あっ、あれも美味しそう!」
「いやいや、もうこれ以上は持てないよ? それにそろそろワレスさんの歌も始まるし、移動しようか?」
「あはは…… ですね」
子供のようにはしゃぐアルルを宥めつつ、ヨシュアたちは目的地へと足を運ぶ。そこは木々に囲まれた円形状の広場で、中央には噴水が設置されている。日頃から人々の憩いの場として愛されている場所だ。
この場所で週末にイベントが開催されているのを何度か見かけたことがあるが、今日の人の多さは別格である。設営された大きなステージも人垣が邪魔でよく見えない。もっと前へ行く必要が有りそうだ。
人を掻き分けながら、ヨシュアたちはできるだけ前を目指す。
ちょうどステージの入れ替わりの時間だったようで、ステージ前に用意された長いすが空いた。すかさず席を確保すると、二人は「運がよかった」と喜び合った。
程なくしてステージプログラムが始まった。時間ピッタリである。
司会を務めるのはまさかのジル。これにはヨシュアも驚きを隠せない。ほぼ毎日のように受付で顔を合わせていたというのに、司会を担当すると一言も教えてもらってなかったからだ。「浮雲の旅団のメンバーは祭りにも大きく関わっている」とは以前から聞いていたが、まさか本人も、しかもステージの司会という大役を担っていたとは驚きである。
そんなことを考え目を丸くするヨシュアの隣で、アルルが「ジルさーん!」と叫ぶと、にっこりと笑顔が返ってきた。
「さてさて、皆さんお待ちかね、豊穣祭恒例の『のど自慢大会』のお時間です! これより一時間、十名の参加者による自慢の歌を披露していただくので、ぜひ楽しみにしていてくださいね! 審査員を務めるのはこちらの方々です!」
ジルの司会はとても様になっていた。明るくハキハキとした声は非常に聞き取りやすく、流石は司会を任せられるだけあるなと思った。緊張の色も特に見えない。
「それではさっそく歌の披露に参りましょう! エントリナンバー一番、この街で花屋を営んでいるシルビアさんの登場です! 皆さん、どうか盛大な拍手をお願いします!」
ジルに促され、参加者が登場すると、ステージは一層の盛り上がりを見せる。温かい拍手に包まれたシルビアは、頬を赤く染めてはにかんだ。少し緊張気味に見えるが、それでも程よくリラックスできているみたいだ。
ステージは子気味良く進んでいく。参加者たちは後ろの演奏に合わせて次々に歌を披露していく。みんなそれぞれに個性があって、しっとりと歌う者もいれば、観客を巻き込んで盛り上げる者もいた。
参加者は素人ばかりなのに、ジルが上手く会話を引き出しているので、ステージは安心して見ていられた。ジルが笑えば観客も笑い、ジルが驚けば観客も驚く。ステージと観客の間に一体感のようなものができあがっていた。
時間もあっという間に過ぎていく。
「早いもので、残すはあと三人! それでは登場していただきましょう! 我らが浮雲の旅団の元気印! ワレスさんの登場です!」
「誰が元気印だ!!」
どっと、会場全体が笑いに包まれる。何と温かみのあるステージだろう。
ちょっとしたやり取りで会場から笑いを引き出したあと、いよいよワレスが歌い始めた。
「おおぉ…… !」
意外だった。
響き渡るのは圧倒的美声。先程まで笑いに包まれていた観客席が静まり返り、誰もがワレスの歌を聞き入っていた。見た目からは想像できないほど繊細で、それでいて力強さも感じさせる。そんな歌だった。見事とした言いようがなかった。
ワレスが歌い上げると、会場は一際大きな歓声と拍手に包まれた。間違いなく今日一番である。
「ワレスさん、凄いですね!」
隣で拍手を贈るアルルが興奮気味に言った。
「いや、もうホント凄いよ! 期待はしてたけど、ちょっと予想外だった」
「私もです! ステージが終わったら、会って直接感想を伝えたいですね!」
「うん、それいい考えだね!」
ヨシュアはステージの上のワレスを見た。いつになく輝いているように見える。そしてチラッとこちらに視線を向けたかと思うと、ヨシュアたちに向けて小さく手を挙げ、「どんなもんだ!」と言いたげにニッと笑った。そんなワレスにヨシュアは親指を立てて「凄かった」と答える。
アルルの言うように、あとできちんと感謝を言葉にして伝えなければとヨシュアも思う。
素敵な歌と、アルルと共に過ごせる時間をくれたことを。




