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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
豊穣祭編
136/154

豊穣祭の始まり

「ついに始まったね、ヨシュア」

「ね、ヨシュアさん」



 そう、ついに一大イベントである「豊穣祭」が始まったのだ。


 ヨシュアとアルルがエルベール大陸へ強制転移させられたあの日から、早くも数日が経過した。街に戻って来た日から二日間は安静にしていたヨシュアだったが、翌日からはいつも通り、豊穣祭のコンテストに出場するソーニャからの依頼をこなしていた。


 そして始まった豊穣祭初日。ヨシュアは同じギルドのメンバーであるリコッタとミントの双子の姉妹と共に、街の警備に当たっていた。



「いやー、ホント、毎年にぎやかだねー」

「ねー」



 ヨシュアと違い、リコッタとミントはこの街の生まれである。豊穣祭は歴史ある行事であり、二人は幼い頃から祭りに参加していたそうだ。


 受付のジルが言うには、祭りの規模は年々大きくなっているらしい。というのも、マーセナルだけの小さな祭りから、アリストメイア本国やニューポートに住む人々にも広く知れ渡るようになり、参加者が増え続けているからだ。参加者の増加に合わせて祭りの催し自体も大きくなり、屋台の出店も増えている。コンテストが始まったのも数年前だ。ギルド<浮雲の旅団>も積極的に参加し、祭りを盛り上げていることも大きな要因らしい。


 双子の言う通り、マーセナルの街はいつになく活気づいている。ギルド前を東西に横切る大通りの両端にはずらりと屋台が並んでおり、風に乗って美味しそうな匂いが運ばれてくる。

 屋台は食べ物屋だけではない。射的や輪投げなどの遊び場もある。そして何より、この街は別名「傭兵と職人の街」と呼ばれるだけあって、雑貨屋や装飾品店も数多く並んでいるのだ。腕のいい職人たちが手掛けた逸品が手ごろな価格で買えるとあって、この街にしかない掘り出し物を求めて遠方から人々がやって来るのも頷ける。



 祭りが盛り上がるのは良いことだ。だがその反面、人が増えれば増えるほど、悪意を持った人間が祭りに混じってしまうものである。浮かれてばかりもいられない。


 はずなのだが────



「わー、りんご飴だー」

「こっちはカステラだよー」



 何とも緊張感のないリコッタとミントがはしゃいでいる。まあ、ずっと神経を張り詰めているのもなんだし、祭りを楽しめないのは何だかもったいない気もする。多少は肩の力を抜くべきなのかもしれない。祭りの期間中はアリストメイアの騎士たちも警備についてくれているのだから。



「そう言えばコンテストは明日だけど、どう、自信ある?」


「うーん、どうかなー」



 リコッタは何とも他人ごとのような返事をする。



「ヨシュアには一度話したけどさ、私ってソーニャさんに憧れてコンテストに出たいと思ったんだ。だからソーニャさんと一緒に出場できるだけで夢みたいと言うか、そりゃもちろん優勝できたら嬉しいけど…… 」


「じゃあ、出場できただけでもう満足?」


「そういう訳じゃないけど…… 」



 リコッタが言いよどむ。不安を感じている訳では無さそうだが、コンテストで勝つ気は無いのかもしれない。何が何でも絶対に勝つと意気込むソーニャとは真逆である。

 でも、それが悪い事だとは思わない。



「いいんじゃないかな。憧れの人と一緒にコンテストに出場できるなんて、そうそう経験できることじゃないよ。だから明日は楽しめばいいと思う」


「うん、そうする! 明日は絶対に見に来てよね!」


「もちろん! まあ、俺はソーニャさんの付き人だから、舞台袖から見ることになりそうだけどね。でも、ちゃんとこの目で見届けるつもり。応援してるよ」







 豊穣祭は三日間にわたって行われるイベントだ。その間ずっと警備の任務にあたる必要が有るかと言うと、そうではなく、交代で見回りをすることになっている。ヨシュアは三日間とも午前中に仕事が集中していた。


 午後一時を回ったあたりで、ヨシュアはロイたちと見回りを交代することになった。これからの時間は自由に行動できる。

 同じく今日の任務を終えたリコッタが尋ねてくる。



「ねぇ、ヨシュア、今日はこの後どうするの? 誰かと一緒に見て回る予定?」


「ああ…… うん、まあね」



 あと一時間ほど待って、それからはアルルと一緒に祭りを楽しむ予定だった。メインステージで行われる「のど自慢大会」に出場するワレスの歌を一緒に聞きに行こうと以前から約束を取り付けていたのである。



「それって女の子?」


「まあ…… 」


「私の知ってる人?」


「たぶん…… 」



 言葉を濁しているのに、リコッタは構わずどんどん追及してくる。



「ねえ、ヨシュア。三日目の夜の花火なんだけど────」


「そこも予定がある」



 リコッタが言い終えないうちに、ヨシュアはリコッタの誘いを断った。



「まだ何も言ってないでしょ!!」


「そうか。見当違いだったか」


「いや、違うってことも無いけど…… 」



 もじもじと、恥じらいを見せるリコッタの隣で、ミントが可笑しそうに二人の会話を見守っている。



「まあ、知ってたけどね、ヨシュアに好きな人がいるってこと。ミントちゃんが教えてくれたから」



 ヨシュアはミントを横目で見た。ミントはわざとらしく知らん顔する。

 何を勝手なこと話してくれているのか。そもそも、ミントにアルルのことを教えた事なんて無いのだけれど、この無邪気な妹は何を知っているというのだ。



「ねぇ、ヨシュアの好きな人って…… 」



 ヨシュアは生唾をゴクンと飲み込む。

 おい、こんなところでやめろ。人通りの多い場所で、人の秘密をバラすんじゃない。



「ニアさんなんでしょ?」


「は?」

「え?」



 まさかの勘違い。

 ヨシュアとミントは思わず顔を見合わせた。

 そんな二人の見て自分の間違いに気付いたのか、リコッタはきょとんとしながらも、その顔は恥ずかしさから段々と赤く染まっていく。


 姉を見かねたのか、ミントがリコッタを優しく抱き寄せる。



「後でこっそり教えてあげるから、とりあえず行こっか。ヨシュアさんもまたね。お祭り楽しんでね~」



 ひらひらと手を振りながら、ミントは姉を連れて去ってゆく。その後姿は、すぐに人混みに紛れて見えなくなってしまった。

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