迎えた翌日
深い深い眠りから目覚めると、既に船はマーセナルに到着していた。時刻はお昼過ぎ。日の光を浴びながら、ヨシュアとアルルは寝ぼけまなこのまま、促されるがままに並んで船から降りた。まだ頭もぼんやりとしていて何も考えていなかった。無事に帰って来たという実感もあまりない。
すぐさま馬車に乗り換え、暫く揺られるがままにのんびりとしていた。疲れも残っていて、体も頭も気怠さを感じていたから、特に誰とも話すことはなかった。あとになって思えば少し失礼だったかもしれないが、どうしても誰かと会話する気力がなかったのだ。普段はお喋りなアルルも今回ばかりは大人しかった。
マーセナルまで馬車が到着する。アルルは隣町ということで此処で別れることとなった。アルルを一人で帰す訳にもいかないので、ニアとライが家まで送り届けてくれると申し出てくれた。そんな訳でアルルとニアとライの三人とは、一先ずここでお別れである。
「ニア、ライさん。今日は本当にありがとう」
「いいって、いいって! ホントに無事で良かったよ。むしろヨシュアには借りがあったからね。ちょっと遅くなったけど、ちゃんと返せてよかったよ」
ニアはそう言って明るく笑った。気負わせまいとする、その気遣いがとても嬉しい。
「アルルもまたね。俺が言うのもなんだけど、ゆっくりと休んで」
名残惜しいながらも、引き止めるのは悪いと思って、ヨシュアはアルルに「またね」と言って別れようとした。
そんなヨシュアの左手をアルルがそっと握る。
「アルル?」
「最終日、予定を空けて待ってますから」
俯きがちなアルルの、その頬は仄かに赤く染まっていて、ちょっと色っぽく見えて、ヨシュアは内心ドキッとした。
◆
アルルと別れたあと、その日はヨシュアもすぐに自分の宿で休むことなった。ラスティも「明日まで有給休暇を取っているから今日は帰って休め」と言ってくれたので、その言葉に甘えることにした。食事を採って、少しばかり本を読んでいると、また眠たくなってきたので、その日は早めに眠ることにした。
そして迎えた翌日。
いつものように眩しい朝が来た。
習慣とは思いのほかしっかりと体に刻まれているようで、その日はいつも通り朝早くに目覚めた。窓を開けると、爽やかな朝の風が体を包み込む。身に染みるような風の冷たさが心地よく感じた。
体のあちこちは痛いものの、何だか走り出したい気分である。誰に迷惑をかけるでも無いし、ちょっと外に出てみようか。
人通りの少ない街並みを、いつもよりゆったりとしたペースで走る。別に疲れている訳でも調子が悪い訳でもない。ただ何となく、そんな気分だった。
ウルプス川ではロイとマトがいた。二人は数か月前から付き合っていて、今日も二人は長椅子に座っている。こうして毎朝の時間を一緒に過ごすのが二人の日課なのである。そしてそんな二人にちょっかいを出すのが、ヨシュアの日課でもある。
今日はどうしようかな、たまには二人きりにしてやってもいいかな、などと思いつつも、ヨシュアの足は自然と二人の方へ向かっていた。そして楽しげに話すロイを後ろにこっそりと忍び寄り、そのまま軽く突き飛ばす。
「────って!! この野郎!」
顔を真っ赤にして怒るロイ。
「お前、ケガ人なら大人しくしてろよ!」
「もう治った」
あっけらかんと、ヨシュアは自分の額を指さして言った。昨日ぐるぐるに巻かれた包帯はもうない。魔力が戻ったあと自己再生で自分で治したからだ。
そんな二人のやり取りを見ながら、マトがヨシュアに心配そうな目を向ける。
「もう体の方はいいの?」
「うん。まだあちこち痛いけど、ケガの方は治ったよ」
「死にかけたって聞いたけど」
「あはは。お恥ずかしい」
「恥ずかしくなんかないよ!」と、珍しくマトが語気を強める。「戻ってきてくれて本当に良かった」
「ありがとう。心配かけたね」
「────おいおい、なに見つめ合ってんだよ!」
ロイが焦っている。ちょっとしたことで焦ったり恥ずかしがったりする性格は、マトと付き合い始めて数か月経った今でも全く進歩がなく、だからこそ、からかいがいがあって面白い。
とはいえ、今回ばかりはロイにも助けられた。
「ロイもありがとな。助かったよ」
「おう。まあ、いつでも頼れや」
◆
その後しばらくロイたちと会話したあとは、またいつものようにギルドホームまで戻って朝食を採った。受付のジルに心配され、ミストに小言を言われ、マスターの奥さんには何故か朝食をサービスしてもらった。
今日はこの後、このギルドホームにてラスティとジークと待ち合わせをしている。昨日の事について、お互い話したいことがあるからだ。ヨシュアは二階の丸テーブルに場所を移して約束の時間までゆっくりしていると、まず始めにラスティがやって来た。
ヨシュアは思わずその場で立ち上がる。
「あ、おはようございます。その…… 昨日はありがとうございました。来てくれたのが他の誰でもなく、ラスティさんだったからこそ、俺は生き残ることができました」
「いや、俺はほとんど何もしていない。あのタイミングまで粘り強く生きていたからこそ間に合っただけだ。その意味では、ちゃんと盾使いとしての役割を果たせたんじゃないか」
「ラスティさんにそう言ってもらえると、俺、とっても嬉しいです」
それから少しして、もう一人の待ち合わせ相手であるジークもやって来た。
二人が揃い、コーヒーと紅茶を注文すると、まず始めにヨシュアの方から、あの島で起きた出来事を話すことになった。
魔法陣の光に包まれたこと。
その後すぐに魔物に襲われたこと。
オーウェンやエテルマギアの兵たちから狙われたこと。
そしてオーウェンの最期。
オーウェンは死んだのか、とラスティは思いつめた様子で呟いた。
ラスティにとってもガトリーは大切な人であり、そのガトリーの命を奪うことに繋がるオーウェンの死は、ラスティも何か思う所があるのだろう。
「それで、少年はあの魔法陣が。魔法結晶や数字魔法と何か関係があると思うのだな?」とジークが尋ねる。「このことについて、他に知っている者は?」
「たぶん俺の他にはアルルだけです」
「そうか。分かっていると思うが、このことは他では喋らない方がいい」
体験談を一通り話し終えると、今度はヨシュアの方から尋ねたかったことを質問してみる。ラスティがどのような経緯で助けに来てくれたのか、ということについてだ。
「この街に来たのは昨日話した通り有休をとったためだ。そのうち訪ねるとも約束してたしな。それで一先ず、お前を捜してギルドホームに行ってみたんだが、なんだか妙に騒がしくてな。しかもお前の名前もあちこちから聞こえてきた。流石に気になって受付の女に尋ねて事情を聞いて、それから無理言って捜索隊に加わらせてもらったんだ。俺はギルドの人間では無いが、お前との過去を話したら快く隊に加えて貰えたよ。まあ、あの槍使いの女…… たしかニアと言ったか? 俺が聖騎士では無くただの騎士だと伝えたら、彼女に『アンタって強いの?』と疑われたけどな」
「あはは…… いや、たぶんですけど、それも一種の優しさかと」
ニアのことだ。弱い奴をエルベールに連れてはいけないと思ったのだろう。
「分かってるさ。彼女はお前のことを本気で心配してたんだ。それだけじゃなく、危険を省みずに、夜通しでお前を捜しに魔の島まで行くような奴だ。悪い人じゃないってことは良く分かるよ。こっちに来てたった一年だが、本当に良い仲間に恵まれたな、ヨシュア」
「…… はい!」
ラスティの言う通り、本当にいい仲間に恵まれたと、ヨシュアは改めて思う。
最初はあれだけ聖騎士見習いになる事に固執していたというのに、人生とは分からないものだ。最初こそ戸惑ったものの、この街に来てからは毎日が楽しかった。人としても成長できた。戦う上での強さだけでなく、人としての強さを手にすることができたと、ヨシュアは思うのだ。




