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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
豊穣祭編
134/154

約束

 ────残り三十秒。


 終わりの見えなかった逃避行。そこへ現れた援軍は、まさかの兄弟子ラスティだった。そのラスティが「あと三十秒だけ耐えろ」と、「必ず助けに行く」と言ったのだ。ここで立ち上がらない訳にはいかない。限界だと思っていた体に力が湧き上がるのを、ヨシュアは確かに感じていた。

 とはいえ、ヨシュアたちは周囲を埋め尽くすほどの魔物に囲まれてしまっている。弱気になるわけでは無いが、果たしてこの状況を無事に切り抜けられるだろうか。



 戦いの口火を切ったのはジークだ。必殺のグングニルにより、ヨシュアに近づこうとする獰猛な魔物「血を血で洗う白熊(バトルベアー)」を刺し殺すと、それを合図にラスティと、同じく助けに来てくれたニアとライとロイの四人が一塊となって魔物の群れに突撃する。


 先頭を走るラスティが剣を振るうたびに、魔物が宙を舞っていた。鋭い踏み込みからの激しく力強い剣閃は美しく、それでいて一切の無駄がない。魔物の群れへ飛び込む勇敢なる騎士によって、包囲網は確実に崩されていった。


 だが、その混乱に乗じてヨシュアたちに襲い掛かってくる、狡猾な魔物どももいた。

 背後から襲ってくるのは「這い寄る弱虫な蛇(ウィンプスネイク)」という、全身が緑の半透明色の蛇である。魔力を持つ獲物、特に魔法使いを狙って襲う蛇であり、全長二メートル程ながら人を丸呑みしてしまう恐ろしい蛇だ。しかも決まって背後から、音もなく忍び寄る厄介な魔物である。


 こいつの牙は盾では防げない。盾ごと呑み込まれてしまうだろうからだ。



魔封じの光剣(シールズ・エッジ)!!」



 そこでヨシュアは魔法を発動。這うように進んでくる這い寄る弱虫な蛇(ウィンプスネイク)に向け、地面と胴体を針で縫い留めるように魔封じの光剣(シールズ・エッジ)を二本突き刺した。蛇は体をのたうち回らせるものの、その場から前へも後ろへも進めず、獲物アルルを前に舌をチロチロとさせるしかなかった。


 次に襲ってきたのが魔法を扱う魔物である「森の賢人(マナマネゴリラ)」だ。

 マナの木の杖を持ち、マナの葉で作った簡素な服を着た魔法を扱うゴリラで、体長はニメートルほど。普段は温厚だが、森の敵だと分かると風の魔法で攻撃して追い出そうとする。体毛は黒いが、皮膚の部分が緑色。知恵を付けたゴリラは魔法だけでなく言葉も話すと言われている。


 その森の賢人(マナマネゴリラ)が、少し離れた場所から杖を大きく構えると、何語か分からない言葉を呟き始める。それはまるで呪文を詠唱するかのよう。

 身の危険を感じたヨシュア。本来なら距離を詰めて戦いたいところだが、相手まではいささか遠く、それにヨシュアには守るべき人がいる。ここは盾で迎え撃とう。


 だがそこへ、森の賢人(マナマネゴリラ)の攻撃にタイミングを合わせるかのように「三本角の鹿(トライデントディアー)」が突っ込んできた。二方向から同時に攻められては、流石にどちらか一方の攻撃しか防ぐことができない!


 ヨシュアは咄嗟に「ジークさん!!」と叫んだ。

 一人で出来る事は限られている。だから出来ない事は信頼できる誰かを頼る。それがヨシュアの生き方であり、誰かの力を借りることに迷いは無い。


 森の賢人(マナマネゴリラ)が高く掲げた杖をヨシュアに向ける一瞬前、空を斬り裂くグングニルの光が森の賢人(マナマネゴリラ)を貫き、一瞬にして光の粒となって消失させる。塵一つ残さないとはまさにこのことだ。

 その様子を横目に見ながら、ヨシュアは落ち着いて三本角の鹿(トライデントディアー)の突進を盾で無力化させ、弾いた所で角にワイヤーをくくり、痺れる電流(ナーブショック)で麻痺させる。三本角の鹿(トライデントディアー)は堪らず膝を折って、その場に蹲った。



 空から奇襲してくる追跡する翼竜(チェイサードラゴン)の鋭い鉤爪かぎづめは、これまた盾で防ぎ、鉄の手を持つ猿アイアンスローモンキーが投げつけてくる石のツブテも盾の「全反射リフレクト」でそのまま魔物に向けて弾き返す。同時に、一瞬の隙を狙って飛び込んできた「痺れる電気猫エレクトリカルキャット」を回し蹴りで蹴落とすと、黄色い猫は一目散に逃げだした。



 それでも、いくら迎撃しても襲い掛かってくる魔物たち。

 しかしながら、時間稼ぎは充分に足りたようだった。


 ヨシュアの両脇から二本のワイヤーが伸びてくる。更には弧を描くような軌道で宙を舞い、軌道上の魔物を斬り裂いていく、高速回転する槍が視界を横切った。



「待たせたな、ヨシュア」


「ラスティさん!」



 宣言通り、それ以上に速くラスティたちはヨシュアとアルルの下に駆け付けてくれた。まだまだ油断ならない状況だが、ヨシュアの胸いっぱいに安堵する気持ちが広がっていく。



「ロイ、その女の子を担げるか?」とラスティがロイに向かって言うので、ヨシュアは「俺が背負います」と言った。



「お前、ケガしてるだろ? ここは仲間に任せて…… 」


「いえ、彼女だけは俺が」



 ほんの一瞬だが、ラスティがヨシュアの目をじっと見た。その目の奥の、意志の強さを確かめるかのように。



「分かった。お前に任せる。だが自分から申し出た以上、必ず彼女を守り切れ。いいな?」


「はい!」



 そうしてラスティ達に守られながら、ヨシュアはアルルを背負うためにしゃがみ込む。



「ごめん。待たせたね」


「いえ。その…… またお世話になります」



 少し気恥しそうに頬を赤らめるアルル。そんな彼女の様子に、つい先程「好きだ」と言ったことを思い出してしまい、ヨシュアもまた少し恥ずかしくなってくる。


 しっかり掴まってて、と言ってヨシュアは彼女を背負う。

 確かなぬくもりが背中越しに伝わってくる。



「おい、まだか!」


「すみません! 準備できました!」


「よし、ジークたちと合流するぞ。ヨシュアは真ん中で彼女を守れ。ニアとロイが前、俺が殿しんがりを務める。空からの奇襲は各々で対処すること。さあ、急げ!」



 促されるがままに、ヨシュアたちはジークとライが待つ場所まで走って後退すると、そこからは全員で船を停めた場所までひたすらに走った。

 包囲網を抜けてもなお魔物たちはしつこく追ってくるが、そこでもまたジークのグングニルが猛威を振るっていた。魔物たちは近づくことすらできないようだった。おかげで一度も危険な目にあうことなく、船まで辿り着くことが出来た。



 船ではワレスとモレノ、それにアレンとリリーナというお馴染みのギルドメンバーが待ってくれていた。どうやら帰りの船を守護してくれていたらしい。


 船は出発時に見たものと違っていた。どういう訳か、ジークが所有するクルーズ船より更に豪華になっているのだ。

 後で聞いた話だが、事情を聴きつけたソーニャが船を貸してくれたそうで、ゆえに舵を取るのはソーニャの執事であるファウストだった。なんでも、アリストメイア軍に配備されている最新の船と同等のエンジンを積んでおり、今世の中にある船で最も速いとのことだ。あとでソーニャにお礼を言わなければ。







 船に戻ったヨシュアとアルルはすぐに治療と称して、口に食べ物と薬を詰め込まれ、包帯でぐるぐる巻きに巻かれ、毛布にくるまれる格好で二人並んでベットに入れられた。しかも何故か一つのベットに、である。

 ヨシュアとしては、ラスティやニアたちに助けてくれたお礼を早く伝えたかったが、「まずは安静にしろ」とジークに言われ、大人しく従うことにした。

 備え付けのベットに入ると、すぐさま睡魔が襲ってきた。そういえば昨日は一睡もできなかった。



「あの、ヨシュアさん、まだ起きてますか」



 すぐ隣、同じようにベットに横になるアルルが控えめに尋ねてきた。

 アルルはヨシュアに背を向けるようにして、ヨシュアとは反対方向の壁を見つめている。

 そんなアルルに「まだ起きてるよ」とヨシュアは言葉を返した。



「えっと、助けてくれたこと、ありがとうございます。今こうして生きていられるのはヨシュアさんのおかげです」


「いや、二人で協力したからこそだよ。こちらこそありがとう、アルル」



 ヨシュアもまた感謝の言葉を述べると、また少し沈黙が流れた。でも、この沈黙は嫌じゃない。ちょっとばかしドキドキするだけだ。


 アルルは珍しく緊張しているようだ。それも、ヨシュアの目を見て話すことができないほどに。

 理由は何となくわかる。分かるからこそ、アルルの緊張が伝わって来て、ヨシュアもまた鼓動の高まりが収まらなかった。疲れ切っているはずなのに、眠気は何処かへと吹き飛んでいた。


 少しして、アルルがまた尋ねてきた。



「それで、その、あの…… 島でのことなんですけど、もう死ぬかもしれないと思った時に私に言ってくれた言葉、覚えてますか?」


「もちろん。覚えてるよ」



 ────忘れる訳が無いだろ。というより、アルルがちゃんと覚えててくれて嬉しい。



「私、その、本気にしてもいいのでしょうか。それとも…… 」



 アルルは決して此方を見ようとはしない。今、どんな顔して話しかけてくれているのだろう?

 手を伸ばせば触れられる距離にいるアルルの、その小さな背中がとても愛おしく感じた。


 あの時の言葉は、状況が状況とはいえ、少しズルかったな。それならもう一度、きちんと想いを伝えなければ。



「あのさ、アルル。今度の豊穣祭の最終日の夜の予定、空けてもらえないかな」

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