闇に向かって飛び込む
「アルル、掴まって!」
魔物たちが一斉に襲い掛かってくる、その一瞬前。
ヨシュアは困惑しているアルルを半ば無理やり背負い、急ぎ臨戦態勢を整える。
この状況でまともに戦ってなんかいられない。四方を囲まれているし、魔物の攻撃は予測が付かない。この島に安全な場所など無いのだろうが、それでもこの場に留まるのは何よりも危険だ。せめて、オーウェンたちからは離れないと。
まず襲い掛かってきたのは、銀色の毛並みが美しい狼の群れだった。名前は知らないが、きっと通常の狼よりも強くて厄介なのだろう。そいつらが、ヨシュアたちに狙いを定めてまっすぐ迷うことなく襲い掛かってきた。この中で一番弱くて襲いやすいと、本能で察したのだろう。ムカつくけど賢い奴らだ。
「アルル、魔法の準備を!」
「はっ、はい!」
ヨシュアは向かってくる狼どもを、タイミングを合わせて蹴り飛ばし、盾で殴り、更には魔封じの光剣で動きを止める。
そしてアルルに向かって叫んだ。「今だ!!」
「はい! 解き放たれる雷!!」
杖より放たれる、迸る雷撃!
アルルが持つ膨大な魔力から繰り出される雷撃は、狼どもの群れを見事に一掃した。
その一撃を目の当たりにしたオーウェンが怪訝そうな表情を浮かべている。アルルがこれほどまでに強力な魔法を使えるとは、オーウェンにも完全に予想外だったのだろう。「どうだ、見たか、アルルは凄いんだ」と、オーウェンに向かって言ってやりたい気分だった。
今の魔法に面を喰らったのはオーウェンだけでは無かった。ヨシュアたちを取り囲む者たちの空気が明らかに変わった。弱者を見る目から、警戒すべき対象へと格上げされたのだ。迂闊に近付けばやられると、認識を改めたのである。
ヨシュアは他の者に聞こえぬよう、アルルに小声で話しかける。
「隙を見て逃げる。走るからしっかりと掴まってて」
「はい、分かりました!」
アルルは小さくもハッキリとした返事をかえした。こんな状況だけれど、こうして一緒にいると、なんだかとっても落ちつく。アルルも同じ気持ちだといいな、とヨシュアは願った。
ガサガサと、茂みが揺れる音が聞こえてきた。それはジェミニたちの後ろから聞こえた。視線をやると、光る立派な角を持ったシカの大群が、ジェミニたち部隊に一斉に襲い掛かっていた。
────三本角の鹿だ!!
そしてその群れは、勢いを止めることなくヨシュアたちにも向かってくる!
ヨシュアは意を決して走り出した。鹿の群れの進路から逸れつつ、南へ向かって駆け出した。暗闇は光球で照らし、目を凝らしながら夜の森を進んでいく。
オーウェンもすぐにヨシュアたちを追ってきた。三方に別れ、此方を囲もうという動きを見せている。ただでさえ周囲を見渡せない闇の中で、意識を散らされるのは非常に不味い。
しかもオーウェンたちは思いのほか足が速かった。アルルを背負っていなければヨシュアの方が速いだろうが、このままだと逃げ切れないかもしれない。
「アルル、オーウェンたちに向けて攻撃できるか!?」
「えっと、当てられる自信はありませんが、やってみます!」
「頼む!」
例え当たらなくても威嚇にはなるはず。特にアルルの魔力なら、直撃しなくても十分効果があるはずだ。
「いきます…… 解き放たれる雷!!」
呼吸を整え、アルルは再び雷撃を追ってくる男たちの一人に放った。忽ち辺りが青白い光に包まれるほど、その魔法は眩かった。
そして────
「ぐぅあぁぁ…… !」
「ぅえっ、当たった!?」
素っ頓狂な声を上げるアルル。命中するとは露ほども思っていなかったらしい。
「その調子! あと二人も頼む!」
「はい、頑張ります!」
もう一度と、アルルは左を並走する男に杖を向けて雷撃を放つ。
「あっ、外れた…… !」
アルルの魔法は惜しくも外れたようだが、足を遅らせ、男を後方に下がらせていた。それだけで今は充分である。むしろ背負われながら、無理な体勢なのに最初の一撃を当てた方が凄い。
「続けて撃ちます!」
「任せた!」
凄まじい音と共に繰り返し放たれる雷撃。それでも背後をぴったりと付いてくるオーウェンたち。しかもオーウェンたちは、アルルの攻撃に晒されながらもワイヤーによる反撃を試みてくるので、ヨシュアは常に後ろを気にしながらジグザグに走る必要が有った。
またワイヤーが足元目掛けて伸びてきた。それを際どいタイミングでなんとか跳び避けながら、そのまま別れ道を左に進む。しつこくワイヤーが伸びてくるのを辛抱強く躱し、せり出す木の根を大股で通り過ぎた。
まさにその時だった。
「えっ!!?」
なんだ? 怪鳥? それとも翼竜?
暗くてよく見えなかったが、何かが上空から急降下してきて襲い掛かってきた。ヨシュアは咄嗟にしゃがみ込んで回避しようと思ったのだが……
「アルル!?」
「な、なんとか無事です!」
アルルもさぞ驚いたことだろう。彼女の声は焦りと興奮が混じっていた。
本当に無事なのか、ケガしてないか不安になって、ヨシュアは後ろを振り返ってみる。
「あれ、帽子は?」
「持ってかれちゃいました!」
アルルは苦笑いだ。いや、あまりの恐怖にもう笑うしかない、といったところだろうか。
でも怪我はしていないようで本当に良かった。冗談でもなく、あと一瞬でも気が付くのが遅れていたら、アルルは空飛ぶ魔物に攫われていたかもしれない。そう思うとゾッとする。
だが、ヨシュアたちの危機はまだ続く。
「────うわっ!」
「きゃあ!?」
一寸先の闇を光球で照らしながら進んでいた。だが、その道が急に途切れて無くなってしまったのだ。あと一歩か二歩で、アルルを背負ったまま崖の下へと真っ逆さま。なんとか踏みとどまることができたが、心臓が止まってしまうかと思った。
「ど、どうしました?」
「行き止まりだ」
光球で照らしても見通せない奈落が目の前に広がっていた。とてもじゃないが、これ以上進むことはできない。ヨシュアは不本意ながら立ち尽くすしかなかった。絶望が口を広げて待っているようだった。
振り返ると、ちょうど後ろからオーウェンたちがやって来た。息を切らしながらも、その顔には余裕が見て取れる。
「やっと追いついたぜ。ったく、手間とらせやがって。けどそれも此処までだ。そっから先は生き止まりだぜ」
「もしかして、知ってて此処に追い込んだのか?」
「へー、早くも気付いたか。まっ、今更分かったところで、もう遅いけどな」
そう言ってオーウェンたちはじりじりと近づいてくる。敢えてゆっくりと、ヨシュアたちに恐怖を与えるかのように。
途中でアルルの攻撃を受けた一人はまだ追いついて来ていないが、それでも相手は二人だ。崖を背後にやり合うには正直キツイ相手である。
「この辺りは俺たちの庭みたいなもんだ。機嫌よく逃げてたのかも知んねーが、残念だったな」
勝ちを確信しているような、そんな顔だった。
今、自分は、アルルは、一体どんな顔をしているのだろう。何故かそんなことが頭に浮かんだ。
────此処で諦めるのか?
ヨシュアは自分に問いかける。
そして、その答えはすぐに自分の中から返ってきた。
「アルル、俺を信じてくれるか?」
「はい、勿論です。どんな結末でも、お付き合いしますよ!」
「…… ありがとう」
明るい声に勇気をもらえた気がした。
今なら何だってできる。
最後にと、ヨシュアはオーウェンを睨んだ。
「残念だけど、俺たちはお前の思い通りにはならない」
「あ? お前、それどういう…… 」
宣言だけして、返事を聞き終える前にヨシュアは崖へ向かって飛び降りていた。最後に目にしたのは、呆気にとられたオーウェンのマヌケ面だった。




