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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
豊穣祭編
125/154

三つ巴

 まさにその時だった。



 強大な魔力の反応を感じた。そして次の瞬間、木々の向こう、闇の中から雷光がほとばった。



「チッ」



 その雷はオーウェンに向けられたものだった。それを寸前の所で躱すオーウェンだったが、雷は二つ、三つと、次々にオーウェンに襲い掛かる。しかも、ヨシュアの後ろの二人にもそれらが襲い掛かっていた。


 何が起こっているのか分からない。

 だが、反撃するなら今しかない。


 ヨシュアはオーウェンに向けて<魔封じの光剣(シールズ・エッジ)>を放った。そしてそのうちの一本がオーウェンの左腕に直撃する。すると、魔力を封じられた左腕に取り付けられていたマジックワイヤーが解除され、アルルを縛っていたワイヤーがようやく消えた。



「アルル! こっちだ!」



 ヨシュアは叫んだ。アルルも何とか立ち上がり、よろめきながらもヨシュアのもとに駆け寄る。



「ヨシュアさん!!」


「アルル!」



 戦いの最中にも拘わらず、二人はお互いを抱きしめ合った。感情をどうしても抑えきれなかった。



 そうこうしている間に、オーウェンたちは一か所に集まり、ヨシュアたちと距離を取りながら警戒態勢を取った。


 そして────



 ヨシュアたちを挟んでオーウェンたちの反対側、暗闇から現れたのは、白い隊服をまとった七人の男たち。白いコートに、緑のラインが入ったその服が示すのは、助けてくれた相手がエテルマギアの騎士であるということだった。


 そのうちの一人、隊長らしき髪の長い男が口を開く。



「さて、いくつか聞きたいことがある。質問に答えてもらおうかな」



 微笑を浮かべる若い男は柔らかい口調で言った。その目は力強く、それでいて聡明さも感じる。恐らくは優秀なリーダーなのだろう。そして先程の攻撃を見て分かった通り、オーウェンたちが警戒するだけの力が彼らにはある。



「状況は分かるよね。誰の味方をするべきかも」



 ヨシュアは黙って頷いた。ヨシュアとアルルの命は、この男に握られていると理解させられた。もしかしたら先ほどから何一つ事態は好転していないのかもしれない。



「ヨシュアさん…… 」



 不安そうな顔をしたアルルが、ヨシュアの顔を覗き込む。

 そうだ。今アルルは俺の手の届くところにいるのだ。さっきより全然マシじゃないか。



「先に名乗っておこう。ボクの名はジェミニ。見ての通りエテルマギアの軍人だ。キミたちは何処の誰だい?」


「俺はヨシュア。今はマーセナルの傭兵をやっている。彼女はアルル。ニルローナの人間だが、故あって一緒にいる」


「ふーん。アリストメイアとニルローナから来た二人か。それでさ、一番聞きたいのは、あの光の柱にキミたちが関わっているかどうかなんだけど、そこのところはどうなんだい?」


「関わっている」



 ヨシュアは正直に語った。躊躇われたが、今更隠せるものでもない。

 それを聞いて、ジェミニは「やっぱりそうか」と頻りに頷いている。



「そうだよね。そうでないとオーウェンがキミたちを襲う理由がない」



 ジェミニは、どうやらオーウェンたちを知っているようだ。



「そこの後ろの三人。まだ何か用かい?」



 ジェミニがオーウェンたちに話しかける



「彼らは僕たちが保護する。言っておくが、この森には他にも兵を忍ばせている。無駄な抵抗は止めた方が賢明だぞ。今なら見逃してやるから、さっさと立ち去るがいい」



「けっ、何が見逃してやる、だ」と、オーウェンは吐き捨てるように言った。



「お前たちが他にも兵を忍ばせてるなんざ、いちいち言われなくても知ってるんだよ。おい、ヨシュア! 騙されるなよ。そいつらについて行っても助からねーぞ。特にアリストメイア人のお前は情報を吐くまで尋問されたあげく、戦争の道具に使われるのがオチだ!」


「これはまた根も葉もない事を。いくら敵国の人間だからとはいえ、こんな子供に尋問まがいのことをする訳ないだろ?」


「いいや、他の国ならいざ知らず、エテルマギアの連中なら平気でするね。なんたって、世界樹攻略の為なら如何なる犠牲をもいとわない奴らだ。子供だろうが使えるものは何だって使う。骨の髄まで利用されたくなければ俺たちと来るんだな。そうすりゃあ、金さえもらえば解放してやるよ!」



 ヨシュアはオーウェンを睨んだ。何を言っているのだ、此奴は。

 そもそもヨシュアにとってオーウェンは、ガトリーを殺した憎き仇であり、すぐにでも殺したいぐらいの相手である。生き残るためとはいえ、手を組むなんてありえない。


 だが、オーウェンの語る言葉にも頷くべきところがある。アリストメイアとエテルマギアは敵国同士であり、彼らに捕まれば二度と本国へは戻れないかもしれない。


 それでも────



 ヨシュアはジェミニの方を向き直って言った。「一つだけ確認したい」



「なんだい?」


「俺のことはどうでもいい。エテルマギアに辿り着いたら、彼女だけでもすぐに解放すると誓ってくれ」



 ヨシュアがそう口にした途端、アルルが目を見開いて「それはダメです!」と強い口調で抗議した。けれどヨシュアの本心は決まっていた。アルルに何を言われても、アルルの無事は最優先だ。



「僕たちの知りたいことにキミが答えてくれるというのなら、約束してもいいよ」



 ジェミニが了承した。その目を見る限り、嘘はついていないように思う。

 するとオーウェンが声を荒げた。



「マジかよ! お前、もう少し冷静になれよ! 俺が憎いのは知ってるが、だからってその選択肢だけはありえねー」



 左右に腕を広げ、大げさに呆れて見せるオーウェン。



「どうしても、俺たちと一緒には来れないか?」


「ああ。お前だけは何があっても信用できない」


「そうか。仕方ねぇなぁ」



 そう言ってオーウェンは背中に手をやる。何か取り出そうとしていると分かり、ヨシュアは反射的に身構えた。

 そんなヨシュアの前でオーウェンが取り出したのは、意外にも笛だった。そしてすぐに口元のそれを当てた。


 ジェミニが「止めろ!」と叫ぶ。

 その声をオーウェンは無視した。



 ピーっと、耳が痛くなるような高い音が響く。今まで耳にしたことの無いような、甲高い音だった。今のは何だったんだ?


 少しして、その答えはすぐに分かった。

 森がざわついている。途端に空気も重苦しくなった。ただならぬ気配が至る所から感じる。まるで世界中の殺気が自分に向けられているような感覚に襲われた。腕の中のアルルは恐怖で体をすくませ、落ち着きなく辺りを見渡している。



「な、なんですか!? 急に森の生き物たちがざわついて…… !」



 ヨシュアは震えるアルルを抱きしめる。



「大丈夫、大丈夫だから…… 」



 身を寄せ合うヨシュアたち。

 しかしそこへ、魔物の雄たけびが辺り一帯に響く。

 更には、此方に狙いを定めるかのような、無数の魔物たちの目が闇の中で怪しく光っていた。もう既に、大勢の魔物に囲まれてしまったようだ。


 これも、まず間違いなくオーウェンの仕業なのだろう。しかし魔物をおびき寄せた当の本人は、愉快そうに笑っていた。



「さあて、楽しいパーティの始まりだ! 人間も魔物も、欲しいものを手に入れたきゃ、必死になって走り回ることだな!」



 混沌とした状況を作りながらも、オーウェンの狙いはあくまでもヨシュアたちが持つ情報らしい。けど、そんなの構うものか。今度こそアルルを守る。オーウェンにだけは絶対に渡さない。


 また、何処かから遠吠えのような獣の鳴き声が聞こえてきた。森はより一層ざわつき、闇の中では魔物の蠢く気配がひしひしと伝わってくる。

 そして今まさに、ヨシュアたちは魔物たちの本当の恐ろしさを知ろうとしていた。

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