サバイバル
「よかった。やっぱり川が流れる音だったんだ」
<五感強化>によって敏感になった耳が捉えた水が流れるような音。期待を込めて向かった先で、ヨシュアたちは小川を見つけることが出来た。もう日は傾いて、辺りの景色はオレンジ色に染まっている。夜になる前に見つけられて本当に良かった。
「うわぁ、とっても綺麗な水ですね!」
「うん、本当に良かった」
目の前を流れるのは川幅十メートルほどの小川である。流れはそこそこ早く、岩に水飛沫が上がっている。水は澄み切っていて、魚が泳いでいるのも見える。
見た目はとても綺麗な水だ。とはいえ危険が無いとも言い切れない。そこでヨシュアは一応とばかりに片手で水をすくってみる。
よく冷えた透明な水は、触ってみた感じは別に問題なさそうだ。そのまま口に含んでみる。
「味もいたって普通の水だね。これなら大丈夫だと思う。さあ、傷口を洗おう」
ヨシュアが見守るなか、アルルは出っ張った岩に腰かけ、包帯を外し、それからブーツを脱いで傷口を丁寧に洗う。傷を負ったのは左足太ももの裏側なので、少しばかり洗いにくそうである。
「やっぱりまだ痛む?」
「いえ、これぐらい平気です。ただ、清潔にした後も血が止まらないとなると、ちょっと不安になりますね」
アルルはそう言って力なく笑う。本当はちょっとどころか不安でたまらないはずだと思うと、何もしてやれない無力さを痛感する。
「水を確保できたし、今度は何か食べ物を見つけたいな」
「あっ、気を遣ってくれてます?」
アルルはヨシュアを見上げながらにこっと笑う。
「そうですね。血が止まらないとなると、他にできることと言えば、流れ出る血より多くの栄養を取るしかないですものね」
「うん。それにどのみち一日で帰れそうには無いからね。何日かこの島でサバイバルしなきゃいけないことを考えると、食料の確保は必須だと思う」
「元気なうちに、ですね!」
「そういうこと!」
ということで早速、良ーく狙って……
────パシッ!
「うわっ! え? 魚ですか!?」
ヨシュアが捕らえたのは、川を泳ぐ魚である。狙いすまし、ワイヤーで釣り上げたのだ。
するとアルルが「凄い! お上手ですね!」とすぐさまヨシュアを褒めるので、ヨシュアは嬉しくも恥ずかしくて、「まあ、こっからでもよく見えてたからね」と照れながら言った。
「この調子でもう何匹か捕またら焼いて食べよう。俺も初めて見る魚だから、美味しいかは分かんないけど」
「いいですね! 実は私、魚の丸焼きとか食べた事無いので、とっても興味があります!」
アルルはそう言って目を輝かせた。キラキラと光る川の水面に負けないぐらい澄んだ瞳である。間違いなくアルルの魅力の一つだ。
それから続けざまに魚を三匹捕まえたあと、包帯を巻きなおし、それから果実を探しに近くの木々を見上げた。
今まで余裕が無くて視界に入らなかったが、赤やピンク色の果物が案外すぐ近くに実っていた。でも、どれが食べられるのだろう?
だがその心配は無用だった。アルルが教えてくれたのだ。
「あっ、あのピンク色の実はパープライトと呼ばれる果物ですね。エテルマギアではよく食卓に並ぶ果物だそうですよ。私も一度だけ食べたことがあります。独特の酸味がありますけど、とっても美味しいですよ!」
「おぉ、やけに詳しいね」
「果物にも栄養価の高いものが多いですからね。薬草学を学ぶついでに、地域ごとにどのような果物が食べられているのか調べたことがあるんです」
ヨシュアは素直に感心した。好奇心旺盛なアルルだからこそ気になって必要以上に調べたのだろう。お陰で凄く助かった。
パープライトと、真っ赤な果実であるハラベコの実(小さくて真ん丸な果実だ)をワイヤーでもぎ取る。その他にも食べられる草をアルルが摘んでくれた。
「ミミウサと呼ばれる、グリーンラビットが好んで食べる草なんですけど、魔力回復にとっても役立つんです。他にも解毒作用もあるんですよ!」
「へー、今の俺たちにピッタリだ!」
ヨシュアはアルルからミミウサを受け取って一口かじってみる。
────っとと、これはまた……
「ふふっ。とっても苦いですよね」
「はい、とっても苦いです…… 」
その草は思わず顔をしかめてしまう程に苦かった。しかも噛めば噛むほど苦い汁が出てくる。知っていたはずなのに、敢えて黙ってこちらの反応を楽しむなんて、お茶目というか何というか……
可愛いから許すけどさ。
「本来は他の果物やお砂糖と一緒にジュースにして飲むんですけどね。でもとっても栄養があるので、よく噛んで食べてくださいね」
と言いつつ、アルルも一口。すると思わず苦笑いを浮かべた。身構えていてもなお、眉をひそめてしまう苦さである。
それから焚火を起こして、魚に棒を刺して焼いて豪快にかぶりつく。身はふっくらとしていてとても美味しい。これにはアルルもご満悦である。
パープライトも食べてみると美味しかった。皮ごと食べられるということで、そのままかぶりついたのだが、確かに独特の酸味があって初めは驚いた。でもこれはこれで癖になりそうな味である。アルル曰く、エテルマギアでは料理の隠し味にも使われるそうだ。
一通り食べ終わった後、アルルは言った。
「意外と襲われませんね。火を焚いているからでしょうか」
「どうだろう。俺たちとしては助かるけどね」
ヨシュアは空を見上げた。辺りはもう薄暗くなり始めている。夜が近づいているのだ。夜の闇に包まれたエルベール大陸は生態系も含め、がらりとその姿を変える。恐らく別の世界のような怖さがあるはずだ。
「寝る時も焚火があれば襲われない、ということならいいんだけど」
「そうですね。暗闇はやっぱり怖いですし」
「寝てしまえばいいよ。慣れないことの連続で疲れただろうしね」
「でも、それだとヨシュアさんは?」
「野宿は慣れてる。これでも傭兵だからね。一日ぐらいは平気さ」
うーん、と納得がいかない様子のアルル。
「心配ないよ。疲れたら『疲れた』ってちゃんと言うから。朝方の日が差し始めた頃に少しだけ代わってくれたら充分さ」
「…… まぁそういう事でしたら」
「大丈夫。明日にでもジークさんたちが来てくれるはずだから、一先ずは夜を無事に超すことだけを考えよう」
そう。まずは夜だ。
この試練を乗り越えない限り、俺たちに夜明けは来ない。
不安そうな表情を浮かべるアルル。その横顔を見ながら必ず彼女を守り切ろうと、ヨシュアは改めて心に誓った。




