コンテストへの執念
豊穣祭まであと八十日を切った。まだまだ先の話にも思えるが、ヨシュアたち<浮雲の旅団>にも、豊穣祭絡みの依頼が増えてきた。
豊穣祭に出店する店は、主に軽食を扱う屋台と、的当てなどを楽しめる店と、それからアクセサリーなどの小物を扱う店との三種類に分かれる。
そして販売する小物が手作りの場合、早い時期から作業に取り掛かる必要が有る。勿論その時には材料も必要であり、その材料は傭兵に採取を依頼することもある。つまりはヨシュアたちに出番が回ってくるという訳だ。
そんなある日、いつものように朝の日課を終えたあと、ヨシュアはこれまたいつものようにギルドホームまでやって来ていた。扉を押し開けると、やはりそこはいつものように静寂に包まれていた。営業開始直後のギルドホームは人も少なく、静まり返っている事が多い。
だが、その日はヨシュアの他にも人がいた。入って左手の突き当り、受付に誰か来ているみたいだ。青空に似た色のワンピースを着た背の高い女性なのだが、それが誰なのかまでは分からない。もしかしたら初めて見る人かもしれない。受付で話している事を思うと、依頼人だろうか? 服装から判断するに、少なくとも傭兵では無さそうだ。
何となく気になって、少し離れたところから様子を伺っていた。すると受付に立つフレイヤがちらっと此方を見た。かと思うと「ヨシュアさん」と、少し大きめな声で名前を呼ばれた。
フレイヤと話していた女性が振り返ってヨシュアを見た。金髪に青い目をした若い女性である。そして凄く綺麗な人だ。普通の人とは違った空気を纏っていて、何処となく貴族の令嬢を思わせる。
手招きを受けてヨシュアは受付に小走りで近づいた。その間名前の知らない女性はヨシュアを訝しむ様な目で見ていた。たぶんヨシュアが片腕であることにも気付いたと思う。
「おはようございます、フレイヤさん。今日は珍しく一人なんですね」
「そうなのよ~」とフレイヤはおっとりとした口調で言った。その傍らで、金髪の女性はヨシュアとフレイヤを交互に見ている。どういう訳か少し機嫌が悪そうだ。
「それで、こちらの女性は? 俺が呼ばれたのと関係があるのですか」
「いいえ、特にありませんけど、せっかくなので三人でお話でもと思って」
そう言ってフレイヤはにっこりと笑った。そんなフレイヤと対照的に、金髪の女性が眉をひそめる。
「ねえ、あなた、話を逸らそうとしていない?」
「そんな訳ないですよ~」とフレイヤは言った。だが何処か白々しい言い方だ。どうやら彼女は嘘をつくのが下手なようである。そんなことでは金髪の女性の追及を躱せない。
「誤魔化さないで。私は真剣にお話してるの」
「誤魔化すも何も、先程からお断りしてるじゃないですか」
「それが分からないのよ。あなたほどの人がどうして断るの?」
フレイヤはちょっと困った顔で金髪の女性を見た。それからちらっとヨシュアの方も。
どうやらフレイヤは話しかけられて困っているらしく、ヨシュアに助けを求めているらしい。でもヨシュアとしても状況が何も分からないので、どう話に入っていけばいいのか分からない。
とりあえずとばかりにヨシュアは、金髪の女性に話しかけてみる。
「あの、俺、ヨシュアといいます。ここで傭兵をやってます。失礼ですが、あなたは?」
「私はソーニャ。資産家の娘よ」
通りで雰囲気が只者では無いはずだ、とヨシュアは思った。
ソーニャはフレイヤとはまた違った美しさのある女性である。フレイヤがふんわりと丸みを帯びた可愛らしさが魅力的な女性だとすれば、ソーニャはその反対に、凛とした雰囲気が印象的な女性である。すらりと長い手足にシャープな顎。小顔で鼻筋も通っており、何より顔全体のバランスが良い。切れ長の目元が、彼女の美しさをより一層引き立たせていた。年齢は恐らく二十歳を少しだけ過ぎたぐらいだろう。
「それで、ソーニャさんはフレイヤさんに何をお願いしていたのですか?」
「豊穣祭で行われるコンテストに出て欲しいと言ったの」
「コンテスト…… というと、あの宝石店が主催しているとかいうあれですか?」
ソーニャは頷きを返すと、じっとフレイヤを見つめた。コンテストに出るよう、目で訴えかけているようだった。
でも、どうしてフレイヤに出て欲しいのだろう。ソーニャ自身も美人なのだから、自分で出場すればいいのに。そう思ったヨシュアは、疑問をそのままぶつけてみる。
「もちろん、私も出場するわ」
「えっと、ソーニャさんも出場するのに、どうしてフレイヤさんを誘うのですか? ライバルを増やしてもソーニャさんの得にはならない気がするのですが」
「普通に考えたらそうね。でも私はライバルを求めているの」
どうやらあなたには初めから話す必要が有りそうね、とソーニャはため息をついた。
何でも、ソーニャは昨年のミスコンテストの優勝者らしいのだが、優勝したにも拘らず、その年で一番目立っていたのは前回優勝者のフレイヤだったという。
フレイヤ自身は昨年のコンテストに参加していなかったものの、オープニングの挨拶やトロフィーの贈呈など、ステージに上がる機会が多かったらしい。そしてその度に客席からはフレイヤの名を呼ぶ声が上がったそうだ。それも一人二人ではなく、大勢の観客がフレイヤを求めていたのだ。
「もちろん、あなたが望んでステージに上がった訳では無いことぐらい、私でもわかるわ。でもね、あなたに向けられた歓声を聞いて私は思ったの。あなたがいないステージで優勝しても意味が無いんだって」
「そんなこと無いわよ。みんなあなたが優勝者であることを認めているはずよ」
「外部は関係ない。私自身が認められないの」
ソーニャはどうしてもフレイヤを出場させたいのか、じっと相手の瞳を見つめたままだった。それはとても真っすぐな想いだった。
だがここでヨシュアは一つ疑問が浮かぶ。
「あの、聞いた話によると、前回優勝者は翌年のコンテストに出場できないと聞いたのですが」
「ああ、それなら主催に頼んでルールを変えてもらったわ」
さすが資産家の娘だ。これにはヨシュアも思わず苦笑いだった。
「男であるあなたには理解できない話かもしれない。でもそうね、あなただって仕事を抜きにして戦ってみたい相手とかはいないのかしら? 叩き潰してやろうとか、自分のほうが上だと証明しようとか、そういったものでは無くて、単純に自分の実力を試してみたいと思ったこと、一度でもない?」
「あっ、それなら俺もあります」
「そうでしょ!」とソーニャの顔にぱっと笑顔が咲く。思いのほか可愛らしい笑顔だった。
「だったら分かってくれるわよね? 私がフレイヤと、コンテストの場で競い合いたいというこの気持ちを」
「そうですね。今の話を聞いたら、その気持ちも良く分かる気がします」
「ちょ、ちょっと、ヨシュアさん!?」
フレイヤが慌てている。てっきり味方になってくれると期待していたのだろう。だから期待を裏切ってしまって少し申し訳ない気持ちもある。でもヨシュアはソーニャの気持ちがよく分かってしまった。
「ソーニャさんは勝ち負けなんてどうでもいいのだと思います。もちろん、ソーニャさんは勝つつもりで大会に望むのでしょうけど、それよりも重要なのはフレイヤさんとコンテストの場で競い合い、そして認め合う事なんですよ」
「いえ、ですから私は初めからソーニャさんのことは認めていて…… 」
「それじゃダメなんです。同じステージに立つことに意味があるんです」
ヨシュアが力説するとソーニャは「あなた分かってるじゃない!」と、ヨシュアの左手を力強く握りしめた。
そしてソーニャは続けてこう言った。
「ねえ、あなた、私のパートナーにならない?」
それは思いがけない、突然のお誘いだった。




