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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
聖騎士見習い試験編
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アーノルドからの伝言


 聖騎士見習い試験に合格することができなかったヨシュアは、一人虚しくホールを後にするところだった。

 ちょうどホールの扉を開けた時、後ろでヨシュアを呼び止める声が聞こえる。聞きなれた声にヨシュアはゆっくりと後ろを振り返ると、そこにいたのは試験を担当していた聖騎士のマオの姿があった。



「よかった。まだ残ってくれていて。試験お疲れ様! 結果はまぁ残念だったけど、でもよかったよ。もしも私が試験の合格を決めることができる立場だったなら、間違いなく君は合格だった。それぐらい君は凄かったわ!」


「ありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいです」



 マオの言葉に恐らく偽りはない。だが、試験に落ちたヨシュアは賛辞の言葉を素直に受け取る気持ちにはなれない。ヨシュアは軽く頭を下げて帰ろうとする。

 そんなヨシュアをマオは呼び止める



「あっ、待って! 君にアーノルドさんからの伝言があるの」


「あの人から?」



 マオの言葉にヨシュアは何を今更と不思議に思う。

 ヨシュアの脳裏に結果発表後のやり取りがよぎる。あの時、ヨシュアの必死の問いかけにアーノルドは答えなかった。もしかしたら伝言の内容はヨシュアの問いかけへの返答かもしれない。

 正直アーノルドのことは好きになれない。けれども伝言の内容はやはり気になる。



「伝言の内容、聞かせてもらえますか?」


「もちろん。アーノルドさんから預かった言葉はね、『旅に出てみろ』の一言よ」


「それだけ…… ですか?」


「うん。それだけ」



 マオはそう言ってにっこりと笑う。

 少し拍子抜けだった。だが、ヨシュアは黙ってアーノルドの言葉の意味を考える。

 難しそうな顔をするヨシュアにマオは言う。



「まーた君は、そんな顔をする! ほら、もう少し笑ってみなさい!」


「えっ? すみません、今はそんな気分じゃ…… 」


「いやいや、これから旅に出るんだよ? 行きたいところとかないの? ワクワクとかしない?」


「いや、まだ旅に出るなんて決めてませんし、正直言って興味も無いです」



 ヨシュアの言葉に、マオは首をかしげ不思議そうな表情を浮かべる。



「でも、これから一年あなたは自分の中の足りないところを埋めなきゃいけない。そうでしょう? それなら今まで通りじゃいけない。私もやっぱり旅に出るべきだと思う。あっ、ちなみに、私が思う君の足りないところは『笑顔』よ」


「笑顔、ですか?」



 マオの意外な一言に今度はヨシュアが首を傾げた。



「そうそう! 聖騎士たるもの、どんな困難にも笑って乗り越えられるぐらいじゃなきゃね! 試験前だって、試験に落ちた今だって、いつでも笑って前を向かなきゃ! ほら、やってみて!」



 マオはそう言って両手の人差し指で口角を上げて笑顔を作って見せる。

 その様子を見てヨシュアはそっけない態度でボソッと呟く。



「できませんよ。俺、片腕なんですから」


「いやいや、別に左手だけでも、人差し指と中指を使えばできるでしょう!? でも、そっちがその気なら…… こうだ!」



 マオはそういうとヨシュアに近づき、ほっぺたに指をあてて半ば無理やりヨシュアを笑わせる。年上のお姉さんにほっぺたを触られて少し顔が紅くなる。そんなヨシュアを見てマオは笑った。つられてヨシュアも照れ笑いを浮かべる。



「そうそう、その笑顔! 君ってさ、意外と余裕無さそうに見えるんだよねー。なんだか気負い過ぎというか…… だからもっと笑うべき! この機会に自分を見つめ直す意味でも、聖騎士にこだわらず色々と世界を見て回ったほうがいいんじゃないかな? 君、聖騎士になること以外はホントに興味なさそうだけど、だからこそ、この機会にね?」



 マオの言葉に黙って考え込むヨシュア。

 『聖騎士にこだわらず』という言葉は少々引っかかるものがあるものの、世界を知るというのは、もしかしたら今の自分に欠けている視点なのかもしれない。


 黙り込むヨシュアのほっぺをマオが両手でつねる。



「ほーら、また難しい顔してる。笑顔忘れてるよ!」


「すみません…… 」


「ねぇ、ヨシュア君。今日クノンさんたちと仲良くなっていたみたいだけど、お話ししてみてどうだった?」



 まだ答えを出せずに考え込むヨシュアに対し、マオは少し別の角度で尋ねた。



「どうって…… 何を聞きたいのかがよく分からないのですが…… 」


「楽しくなかった?」


「そんなことはありません。そうですね…… 自分でも不思議ですが、きっとクノン達に出会えたのは、この先の人生にプラスになる気はしました」


「うん、いい答えね! 旅に出たらもっと新しい出会いがあるとは思わない? それだけでも十分旅に出る価値があると思うんだけど、どう思う?」



 マオの言うことにも一理あるとは思う。

 実際これから一年また試験に向けて訓練しなければならないが、何をどうすれば合格できるのか、信じる道を少し見失っているのが正直なところだ。

 だが、旅に出るとなると、そう簡単には決められない事情もある。



「そうですね…… 旅に出るのもいいとは思います。ただ、私の家はそれほど裕福では無くて…… 」


「あら、でもこの試験を受けに来たってことは最低限の資金は溜まってるんじゃないの?」


「それはあくまで入隊用であって、手をつけていいお金じゃ…… 」


「うーん…… それならマーセナルに行ってみるのはどう?」



 マオは右手の人差し指をピンと上に立ててヨシュアに提案する。

 マーセナルはここアリストメイアの隣にある、島で一番大きな街だ。



「知ってるかもしれないけど、あの町は『傭兵と職人たちの街』と言われているの。君なら当面の生活費さえあれば、あとは自力で稼げるはずよ。生活費のついでに入隊用の費用も自分で稼いでしまえばいいんじゃない?」


「簡単に言いますね」


「そりゃあ、聖騎士を目指すならこれぐらい簡単じゃないと困るわ」



 マオが少し挑発的な笑みを浮かべる。

 確かに、傭兵業を通じて自分の学費を自分で稼ぐという方法は親にも迷惑をかけないし、いい経験にもなるだろう。もしかしたら今のヨシュアにとって、考えられる選択肢の中でもベストに近い答えかもしれない。



「なるほど、そうですね、いい考えだと思います。…… うん、親と相談しつつ前向きに検討してみようかな」


「ええ! それがいいわ」




 そうしてヨシュアはマオに礼を述べると、顔を上げ、まっすぐ前を向いて歩き始めた。



 暗くなり始めた夕暮れ時。人通りの多い道の端っこを、のんびりと歩きながら「来年こそは」と意気込むヨシュア。

 だが、同時にマオの「気負い過ぎている」という言葉を思い出す。


(旅…… か。今まで考えたこともなかったな。確かに少し余裕が無かったのかもしれない。行きたいところがあるわけでもないし、一度マーセナルについて調べてみるか)


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