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未知との遭遇



  ◇



「というわけで、出発だな!」

 土曜日。俺たちは駅前に集合していた。誰一人遅刻することもなく、集合時間ぴったりに集まった。

「何がというわけなんですか?」

「気分だ」

 俺の突っ込みに、先輩はそう返してきた。つまりは、メタ的な発言ということだろうか。そういうのよくある。

「フィールドワーク、楽しみー!」

 メルティは相変わらず楽しそうである。今日は山の中を歩き回るのだし、彼女の年齢を考えれば、あまり無理はさせたくないが……メルティの体力は常軌を逸脱しているし、今回のフィールドワークは大丈夫だろう。

「遠出するの久しぶりかも」

「言われてみればそうだな。春休みの間は、なんだかんだで近場にしか行かなかったからな」

 夏海と冬樹も体育会系だし、山歩きくらいなら余裕だろう。……正直、この面子だと体力的には俺が一番怪しい。中学時代にはまともに部活もしてなかったし、インドア派男子なので体力には不安しかない。

「安心したまえ。私も体力には自信がないほうだ。無理な行動はさせない」

 そんな俺の心情を察したのか、黒原先輩はそう言ってきた。意外と気配りできる人だな、この先輩。

「今日は新入部員が多いからな。主目的は部員の親睦を深めることで、UFO探索はついでだ」

「そうだったんですか」

「とはいえ、探索は真面目にするぞ。―――UFOを見つけるのは私の悲願だ。絶対に成し遂げる」

 そう宣言する黒原先輩は、どこか切実そうで。何かを思い詰めている様子だった。

「そうですか」

 明らかに何か重たいものを抱えている先輩。けれど俺は、先輩の事情に深く踏み込むことなど出来ず。無難な相槌を打つことしか出来なかった。



  ◇



「とうちゃーく!」

 一時間後、俺たちは篠原山に着いた。……篠原山は、標高100メートルに満たない小さな山だ。ハイキングコースが整備されているため、レジャーに利用されることも多い。俺も小さい頃に何度か来たことがある。

「では、当初の予定通り、ハイキングコースに沿って移動するぞ。それほど暑くない時期だが、動いていれば汗をかきやすいから、水分補給はこまめに行うこと。疲れたときは無理をしないこと。いいな?」

「「「「はーい」」」」

 黒原先輩に先導されて、俺たちはハイキングコースを歩き始めた。……春の陽気が漂う中、山の中を歩くのは悪くない。道は舗装されているから歩きやすいし、木々が日差しを適度に遮ってくれるから暑すぎず寒すぎずで快適だ。

「こういうのも、たまには悪くないんじゃない?」

 夏海がそう言ってくるのは、普段インドアな俺に対するあてつけか。……とはいえ、彼女の言うことも尤もだった。普段は家に篭っているし、出掛けるにしても山歩きなんて絶対にしないからな。こういうのも新鮮だと思う。

「でも昔に来たときは、確か夏海のほうが先にギブアップしてたよな?」

「そんな小学校に上がる前のしないでよ」

 俺の反論に、夏海はプイッと顔を背けた。……小学生の頃までは俺のほうがずっと体力があったんだが、中学に入った辺りで逆転された。夏海は陸上部に入ったのに対して、俺は帰宅部だったからな。当然か。

「君たち、随分仲が良いな」

 俺たちのやり取りを聞いていたのか、黒原先輩はそう言ってきた。

「まあ、幼馴染なんで」

「なるほど、これが噂の幼馴染というものか」

「って言っても、心情的には殆ど姉弟みたいなもんですけどね。なんか勝手な妄想をしてくる人もいますけど」

 先輩にそう言う夏海は、ちらりとメルティのほうに視線を向けた。……今のは、彼女に対しての発言だろう。相変わらず、メルティにツンデレ幼馴染ヒロイン扱いされているのが我慢ならないらしい。

「うむ。私にはそういう存在がいないからな。少し羨ましい」

「っても、単に付き合いが長いだけとも言えますけどね。……高校に入ってからの友達でも、老後になってから見れば幼馴染みたいなものですし」

 羨む先輩に、俺はそう言った。幼馴染って言っても、単に付き合いが長いだけだ。無論、それは大切なことだけど、付き合いの長さだけならこれから積み重ねることもできる。

「そうか……なら、君たちが私の幼馴染になる、なんて未来もあるのかもしれないな」

「……」

 まただ。さっきと同じ顔。……先輩はどこか寂しそうな表情を見せる。何が彼女の心に影を落とすのか、気になりつつも口に出せないでいる自分をもどかしく思った。



  ◇



「あ! おい、あれ見ろよ!」

 それから暫く歩いた辺りで、冬樹が突然声を上げた。彼が指差すほうを見てみると、女性が倒れているのが見えた。

「どうしたんだろ?」

「とにかく行ってみるぞ」

 俺たちは女性の下へと走った。山の中で倒れている人を放置するわけにはいけないし、もしも病気なら一刻を争う状況かもしれないのだ。

「大丈夫ですか!?」

 俺は女性の傍らにしゃがみ込んで、呼びかけた。女性は意識はあるようで、苦しげに呻きながらも言葉を発した。

「……お」

「お?」

「お腹が……空きましたわ」

「「「……へ?」」」

 ただ、その内容はあまりにも予想外で。俺たちは揃って間抜けな声を出してしまった。



「助かりましたわ……あのまま餓死してしまうかと思いましたもの」

 倒れていた女性に手持ちのお菓子を食べさせて。彼女は深々と頭を下げながらそう言った。……金髪をカールさせたツインテール、いわゆるドリルツインテの、若い女性だった。碧眼で顔の彫りも深く、着ている服も高そうなワンピースと、西洋のお嬢様という感じの風貌だった。口調もお嬢様っぽいけど、流暢な日本語だし―――なんでこんな人がこんなところで餓死しかけてたんだろ? もっと山奥とかならともかく、ここはハイキングコースだし。

「色々と聞きたいことはありますけど……とりあえず、お名前から伺っても?」

「あ、そうですわね……わたくしはシスティ。システィ・ノーゼン・フルオライトと申しますわ」

 先輩に聞かれて、女性―――システィさんはそう名乗った。やはり、日本人ではない模様。

「私は黒原秋姫。私立雪ノ下高校でオカ研の部長をしています。彼らはオカ研の部員で、今日は部活動の一環でフィールドワークに来ました」

 先輩が説明した後、俺たちも自己紹介をしていく。この辺は長いので割愛。

「なるほど、学生の方々でしたの。こうして見つけてくださったことを幸運に思いますわ」

「それで……システィさんは、どうしてこんなところで倒れてたんですか?」

「それが恥ずかしながら……遭難してしまいましたの」

 事情を聞かれて、システィさんはそう語った。この小さい山で遭難したのか……。

「遭難ってことは……山中彷徨って、ようやくここまで来れたってことですか?」

「その通りですわ。なんとかここに降りたものの、今度は活動限界が来てしまいまして……」

「そうだったんですか……」

「ですが、これでもう大丈夫ですわ。ここを下山するくらいのエネルギーは確保できましたし、人里まで来れば後はなんとでもなりますわ。あなた方には心の底から感謝いたします」

 システィさんは深々と頭を下げながらそう言った。……所々言葉遣いが変だけど、外国人っぽいし仕方ないか。

「よければ、麓まで送りますよ」

「うん。一人で下山するのは大変だと思うし、付き添いしたほうがいいと思う」

「ありがたいお話ですが、お気持ちだけにしておきますわ。食料を恵んで頂いた上に、これ以上お世話になるわけにはいきませんもの。それに、この辺りの地形情報は取得済みですわ。道も舗装されているようですし、歩くのに支障はありませんもの」

 俺たちの申し出を、システィさんは断ってきた。正直、一人にするのは不安なんだが……また遭難されたら嫌だし。

「それでは皆様、御機嫌よう。このご恩は一生忘れませんわ」

 そんな俺たちに優しく微笑みながら、システィさんは立ち去るのだった。



「危なかったですわ……わたくしとしたことが、こんな場所で行き倒れるところでしたわ」

 オカ研メンバーたちと別れて。システィはハイキングコースを一人で歩いていた。

「船があの様子では、暫く帰ることは出来ませんわね……しかも、ここの文明レベルでは、修理もままならないでしょうし」

 下山しながら、途方に暮れるシスティ。……先程は気丈に振舞っていたものの、彼女の現状は決して楽観視できるものではなかった。寧ろ絶望的だ。

「最悪、ここに永住することも考えませんと……」

 彼女には帰るべき場所がある。けれど、帰ることは出来ない。その目処すら立たない。とはいえ、それは彼女にしても想定していた事態ではある。

「それならば……ここに慣れるためにも、学校に通うというのも手ですわね」

 いつまでも意気消沈しているよりも、希望を見出すほうが、ずっと建設的だ。そう思い直して、システィは今後の方針を考えるのだった。

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