脈絡のない幼馴染
◇
「やほー」
帰宅して暫くすると、うちに夏海が訪ねてきた。中学卒業以来初めてだ。
「どうしたんだよ?」
「べっつにー? ただ、部活には無事に入れたのかなって思って」
玄関先で応対する俺の問い掛けに、夏海はそう答えるが……それだけの用件なら、スマホでメッセを飛ばせば済む話だ。つまりは、それだけではないのだろう。
「それで、どうだったのさ?」
「入れたよ。仮入部だけどな」
「ふーん」
とりあえず、夏海には報告をしておいた。彼女にも色々手間を掛けさせたし、それくらいは当然だろう。というか、帰ってからすぐにメッセを送るべきだったな。
「じゃあ、あの子は?」
「メルティか? 部屋にいると思うけど……呼んで来ようか?」
「んにゃ、それならいいの」
夏海はそう言うと、急に顔を近づけて、睨みつけるようにこう口にした。
「……それで、あの子と付き合ってるって本当なの?」
「……は?」
あの子―――メルティのことだろうか? つまりは、クラス中に広まった勘違いについて……俺がメルティと付き合っているという話について問い質しているのだろうか?
「なんだよ、お前まで他の連中みたいに変な勘違いしてるのか?」
「だって、あんな男の理想みたいな美少女と一つ屋根の下なんて、いくらあんたでも正気でいられるとは思えないし。噂のことがなくても疑うでしょ」
何気に失礼な幼馴染である。確かに、メルティは風呂やベッドに突撃してくるような子ではあるが、こっちもちゃんと鋼の理性で耐え切っている。……触手にお触りはしているが。
「別に付き合ってはいないけど……お前に関係あることかよ?」
「はぁ? 私に初カレが出来たときに、あんなに根掘り葉掘り聞いてきたのはどこの誰だっけ?」
「うっ……」
夏海に突っ込まれて、俺は言葉に詰まった。……そういえば、中学の頃。夏海に彼氏が出来たと聞いて、散々質問責めにした覚えがある。それを持ち出されるとぐうの音も出ない。
「付き合ってないなら、なんで同衾なんてしてんの?」
「それはその……色々と深い事情があってだな」
「へぇ? 興味あるなぁ、その深い事情って奴」
更には、メルティの爆弾発言についても問われた。……いくら夏海とはいえ、メルティの実年齢について話すわけにも行かないし、どう誤魔化したものか。
「ハルヒコ? どうしたの?」
すると、メルティが家の奥からやって来た。やばい……メルティがまた不用意なことを言って、事態をややこしくさせたりしないといいのだが。
「あ、ナツミが来てるの?」
「げっ……!」
だが、それに気づいた夏海は露骨に嫌そうな顔をしていた。……入学式での顔合わせ以来、夏海はメルティに苦手意識が出来たみたいだった。学校でも、俺や冬樹がいないとまともに近づこうとしない。みんなで集まっているときでも、メルティと話すのは避けている。その癖、彼女が困っていると放っておけないのか、やたらと世話を焼いてくる。ある種のツンデレだろうか。
「そんなところにいないで、早く上がって上がって」
「ちょ、別にそんなつもりは……!」
「いいから、いいから」
そんなわけで、メルティにはすっかり懐かれ、夏海にとっては不本意なこととなっている。今もメルティに背中を押され、強引に家へと招かれていった。
「まぁ、これで有耶無耶になってくれればいいか」
そんな都合のいいことを願いながら、俺は二人の後を追うのだった。
「それで、なんであんたら一緒に寝てるの?」
しかし、現実はそんなに甘くなかった。俺の部屋に上がり込んですぐ、夏海は再び問い掛けてきた。
「? ナツミは、私とハルヒコが一緒に寝てたら嫌なの?」
どう返答しようかと悩む間もなく、メルティはそう問い返した。……最早常態化してるからな。そうでなくても、メルティは俺との同衾に倫理的な問題などないと思っているのだから。
「嫌っていうか、普通に考えておかしいでしょ? 百歩譲って、付き合ってるならともかく、そうじゃないのにそんなことしてるとか……もしも春彦が従妹を誑かしてるのなら、止めないと」
夏海の言い分は尤もだった。メルティの事情を知らない彼女からすれば、俺がメルティを誑かしているようにしか見えないだろう。俺が同じ立場なら、絶対に同じように考えたはずだ。
「? 私がハルヒコと一緒に寝てたら、おかしいの?」
けれど、メルティにはそんな常識が理解できなかった。くどいようだが、体つきはともかく、メルティは三歳児である。まだ男女の関係についてはちゃんと理解していないであろう。
「おかしいでしょ」
「でも、私、ハルヒコのこと大好きだよ? 好きな人とは一緒に寝るものじゃないの?」
前提にしている常識に差がある二人の会話は、一気に怪しい方向へ。……メルティの常識と倫理観は、叔父さんの教育とアニメによって形作られている。彼女が見ている今期のアニメでは、同衾するのは親愛の証。主人公がヒロインと親密になると発生するイベントであり、そこにいやらしい意味などない。少なくとも、メルティが見ていると言っていたアニメでは、そんな描写しかなかったはずだ。
「つまり、春彦のことを誘惑してるってわけ? とんだ痴女ね」
「ちじょ?」
とはいえ、夏海にはそんな事情など知ったことではない。二人の間に広がる溝は、どんどん大きくなっていく。
「夏海、その辺にしてくれよ」
「うっさい! そもそも、あんたがちゃんとけじめをつけてないからでしょ! こんな頭の緩い子に好き勝手して付き合ってないとか、ただのクズじゃん」
夏海を止めようとするが、彼女の勘違いは最早解消できそうもなくなっていた。……こいつの脳内では、俺がメルティに色々といやらしいことをして、けれど付き合っていないと言い張るゲス男になっているのだろう。夏海は昔から思い込みの激しいところがあったし、誤解を解くのは容易ではないだろう。
「全く……いつの間にそんな酷い男になったんだか。てっきり今も二次元にしか興味のない童貞のままだと思っていたのに」
すいません、まだ童貞です。でも別に三次元に興味がないわけではないです。三次元に異種族の女の子がいなかっただけで……って、別にメルティにそういうことをしたいとかいう意味ではないぞ。異性として気にならないわけではないが、そこはさすがに鉄の理性で耐えている。
「あんたがそんなんだったら、こっちにも考えがあるんだけど」
そうやって頭の中で言い訳していると、夏海は腕を組んでこう言った。
「私も、オカ研に入る!」
◇
「……で? これはどういうことか、説明してもらえるかな?」
翌日、放課後の部室にて。俺は黒原先輩に睨まれていた。理由は、ここにいる面子だった。
「みんな来てくれて嬉しい!」
まずはメルティ。こちらは問題ない。彼女も仮とはいえ、オカ研の部員だ。ここにいるのはちっともおかしくない。
「松山夏海です。よろしくお願いします」
次は夏海。昨日の宣言通り、彼女はこの部活に入るつもりだった。授業が終わるなり、俺とメルティと一緒にここまでついて来た。……思い込みが激しいだけでなく、この脈絡のない行動も夏海の悪いところだった。そんなんだから、彼氏に二度も振られるのだというのに。
「早乙女冬樹っす。よろしく!」
そしてもう一人、冬樹までこの場にいた。俺と夏海の様子がおかしいのに気づいて、俺たちについて来たのだ。そして事情を聞いて、彼もオカ研に入部すると言い出したのだった。
「えっと……新入部員を二人、勧誘してきました」
この予想外の事態に、黒原先輩は大層ご立腹のようだった。いくら部員が少なかったとはいえ、相談もせずいきなり二人も連れてきたからだろうか? 先輩にも都合とかあったんだろうし。とはいえ、こっちも別に先輩を困らせたかったわけではないで、勘弁して欲しい。
「……ふぅ。まあ、部員が増えれば部活に昇格して部費も増える。それを素直に喜んでおくか」
俺の言葉に、先輩は溜息混じりにそう呟いた。……先輩は部員を増やすことには前向きじゃないのだろうか。
「とはいえ、だ。二人とも、暫くは仮入部にしておく。それでいいな?」
「「はーい」」
先輩に言われて、夏海と冬樹は揃って返事をする。部員が一気に増えて賑やかになったな。
「それでは、本日の活動だ。週末のフィールドワークについてミーティングを行う」
気を取り直して、黒原先輩はそう仕切った。……今週末に、オカ研のフィールドワークがある。UFOの落下地点と思われる場所に出向いて調査するのが今回の目的だ。
「春彦君とメルティ君には昨日も話したが、今日は新入部員が増えていることだし、改めて説明する。―――数日前、謎の隕石が日本に飛来した。公的には途中で燃え尽きたことになっているようだが、私は地上に落下した可能性が高いと踏んでいる。落下地点も、昨日のうちにある程度割り出せた。そして、ここから電車で一時間と比較的近い場所でもある。となれば、調査に乗り出すのが当然だろう。我々はオカ研―――オカルト研究会なのだから」
新しく来た二人に向けて、びしっと決める黒原先輩。声はよく通るし、はきはきと自信満々に喋る先輩は、こういう仕切り役が様になるな。
「今日は具体的な行動計画について話す。土曜日の朝十時、駅前に集合。そこから電車で目的地まで移動する。探索するのは篠原山、ルートはこんな感じだ」
先輩はノートPCの画面を見せながら説明していく。表示されているのは地図で、恐らくは件の篠原山だろう。赤い線で移動ルートが書き込まれている。
「基本はハイキングコースだから、登山経験などがなくても問題ないだろう。途中で休憩を挟みつつ、このルートで探索を行い、UFOの痕跡なり目撃証言なりを探し出す。そして、六時の電車で帰宅だ。飲み物は道中に自販機があるだろうが、昼食は各自で用意してくるように。ここまでで何か質問はあるか?」
「はーい!」
先輩に言われて、メルティが元気良く手を挙げる。
「ぶちょー! バナナはおやつに入りますかー?」
「何故その定番ネタをここで持ってくるんだ……」
彼女の質問に、先輩は困惑気味に呟いた。対して、メルティはこう言った。
「一度言ってみたかったの!」
笑顔で答えるメルティに、みんな苦笑していたのだった。