意外とチョロい人たち
「どうしたの?」
俺の行動に、メルティは困惑しているようだった。だが―――この部活は駄目だ。こんな怪しい部活に、メルティを関わらせるわけには行かない。即座にUターン推奨だ。
「おや、お客さんかい?」
けれど、無情にも扉が再び開かれた。中にいた女子生徒によって。
「え、えっと……」
「入部希望なんですけど、見学していいですか!?」
この場をどうやり過ごそうかと思う間もなく、メルティはそう言ってしまった。……彼女はあの光景を見てないからな。いや、見えていても動じなさそうだが。
「そうか、入部希望者だったのか。さ、遠慮せずに入るといい」
こうなっては最早後には引けない。俺は覚悟を決めて、メルティと共に部室に入る。……さて、今の内に逃げる方法を考えなければ。
「さてと、まずは自己紹介といこうか。私は部長の黒原秋姫。三年生だ」
「一年の遠野メルティです!」
「同じく一年の遠野春彦です」
机を挟んで向かい合い、俺たちは名乗り合った。黒原先輩―――見た目の印象では、カッコいいというのが一番しっくりくる。黒髪ロングで背が高く、顔立ちは整っていて、凛とした佇まいは見る人を惹きつける。女子校にいたら、後輩から「お姉様」と呼ばれ慕われていそうな感じだ(偏見)。
「同じ名字……兄妹かい?」
「いえ、従兄妹同士です」
当然ながら、俺たちの名字について突っ込まれた。しかしこれは想定内。
「なるほど……では、二人ともうちの会に興味を持った、ということかな?」
「はい!」
黒原先輩の言葉に、メルティは元気良く答えた。……正直、俺はメルティの付き添いなのだが、敢えて訂正しなくてもいいだろう。そのほうが話も円滑に進むだろうし。
「そうか。では、しばらく見学していくといい。……入会希望者は大歓迎だが、うちは少々特殊だからね。こういうことを言うのもあれだけれど、あまり安易に入るものじゃないよ」
すると、黒原先輩はそう言った。……特殊といえば、さっきのあれはなんだったのだろうか?
「あの……さっきは何をやってたんですか?」
「ああ、そういえばあれを見られていたんだったな」
興味本位で尋ねてみると、黒原先輩は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「あれも活動の一環さ。宇宙人を呼び出す儀式だと聞いて試してみたのだが……よく考えたら、ちょっと恥ずかしいな、あれは」
その儀式、半分くらいは成功してますよ……とはいえなかった。というか、下手したらもっとヤバイもの呼びそうだったけど。名状しがたいものとか。
「それと、一番気になってたんですけど……他の方たちは?」
折角だからと、俺は続けて質問した。……この部室にいるのは、俺とメルティ、そして黒原先輩の三人だけだ。他に部員の姿はない。
「いない」
「へ?」
「他の部員は皆卒業してしまって、今は私だけだ」
俺の質問に、黒原先輩はそう答えた。……つまり、今は黒原先輩一人だけの、廃部寸前な同好会ってことか。まあ、人を選びそうな部活だしな。
「それより、今日の活動だが……あれにするか」
黒原先輩は部屋の片隅に置いてあるノートPCを持ってきた。電源を入れると、何かのソフトを立ち上げる。
「これは?」
「世界中の夜空を見れるソフトさ。時間と座標を入力すれば、各都市や衛生で撮影された夜空を合成して見れるものだ」
立ち上がったソフトを操作すると、画面に映し出されたのは満点の星空だった。
「でも、これってオカルト関係あるんですか?」
だが、そのソフトに俺は疑問を持った。夜空を見るソフトなんて、天体観測くらいにしか使わないと思うのだが。天文部ならまだしも、オカ研で使うのは変じゃないだろうか?
「当然あるとも。これは実際の写真を元に表示されている。つまり、未確認飛行物体―――UFOの写真も紛れ込んでいるということだ」
俺の質問に、黒原先輩はそう答えた。……そうか、天体観測用のソフトだと思っていたが、まさかUFOの写真を探すために使うとは。
「私の専門はUFOと宇宙人でね。ネットの情報を元に画像を探すことが多いんだが、今日は気になっていたポイントを見てみようか」
「気になるポイント?」
「SNSの情報から、UFOの目撃情報と思しきものをピックアップしていたんだが……それとは別に、面白い情報を仕入れたんだ。数日前、謎の隕石が日本に飛来した。けれど、それは忽然と消えてしまったというね」
言いながら、黒原先輩はネットの記事を開いて見せてくれた。確かに、数日前にそんな小さなニュースを見た気がする。
「落下時の大きさから考えて、地上に落ちた可能性は高い。しかし、その痕跡がどこにもないんだ。だから、予想に反して燃え尽きたというのが一般的な見解なんだが……」
その隕石が落ちた場所と時間を、黒原先輩はソフトに打ち込んでいった。それによって、画面に夜空が表示される。控え目な星空の中央に、一条の光が流れていく様子が見て取れた。
「お、これだな。うまく撮れているかは運次第なんだが、今回はラッキーだった」
言いながら、先輩は画像を保存した。更にパソコンを操作して、別のソフトを立ち上げる。
「こっちのソフトは?」
「画像処理ソフトだな。申し訳程度だが、今の画像を綺麗にしてくれる。この手の活動では重宝するぞ」
先程の画像をソフトに掛けると、前言通り画像が鮮明になった。それを更に調整しながら暫く唸っていた黒原先輩だが、やがて満足のいく出来になったのか、手を止めた。
「よし、いい感じだ。……見たところ、普通の流れ星ではないみたいだな。大きすぎるし、形も歪だ」
言われて見れば、確かに普通の流れ星の大きさではない。それに、楕円形を二重にしたような、特殊な形をしていて、素人目に見ても人工物のように思えた。
「じゃあ、もしかして……」
「これだけではなんともいえないが、UFOの可能性は十分あるな。幸い、落下地点と思われる場所も大体は絞り込めた。週末にでもフィールドワークに出るかな」
そこまで言うと、黒原先輩は立ち上がり、こちらに向き直った。
「さて、簡単にではあるものの、我が部の活動を見学してもらったわけだが……どうだろうか?」
その問いは、オカ研に入部するかということだろう。……正直、これくらいではなんとも言えない。だが、そもそも俺がここにいるのはメルティの付き添いだ。だから、重要なのは彼女の感想だ。
「オカ研、思ってたよりも面白そう!」
そのメルティはというと、キラキラと目を輝かせていた。この様子ならば、入部はほぼ確定だろう。……最初は遠慮したいと思っていたが、結構まともな活動をしているみたいだし、俺個人としても悪くないかなと思い直した。俺もメルティと一緒に入部しよう。
「前向きに検討してくれたようで、ありがたいよ。そうだ、折角だから、週末のフィールドワークに同行するかい?」
「フィールドワークって、もしかしてさっきのところに行くんですか?」
「ああ。幸い、電車で一時間程度の場所だからな。ちょっとしたハイキングの感覚で行ってみないか?」
すると、黒原先輩からそんなお誘いが。確かに、休日の楽しみ方としては悪くない。
「行きたい!」
「俺も行きます」
「では決まりだな」
メルティも当然賛成し、オカ研の活動に参加することとなった。
◇
「~~~♪」
帰り道、メルティは鼻歌交じりにスキップしていた。……あれから、俺たちはオカ研へ仮入部となった。これで当初の目的であった、部活の勧誘を躱すことは出来る。だが、彼女がご機嫌なのはそれだけが原因ではないだろう。
「学校に入って、部活をやって―――憧れの生活が出来るなんて、夢みたい!」
今まではアニメの中でしかなかった世界。それが今は、彼女自身の生活となったのだ。言わば、二次元の世界に飛び込んだような気分なのだろう。
「楽しむのは結構だけど、くれぐれも気をつけろよ」
「何を?」
「メルティの正体がばれないようにだよ。黒原先輩、宇宙人に詳しいみたいだからさ」
それに水を差すようで恐縮なのだが、俺はそれだけが不安だった。……オカ研ただ一人の部員である黒原先輩は、宇宙人に対する造詣が深い。無論、それは噂や迷信の類であり、本物の宇宙人については一切知らないのだろうが―――それでも、注意くらいはしておくべきだろう。
「大丈夫だよ。黒原先輩、いい人だから」
けれど、メルティはそう答えた。……確かに、黒原先輩は悪い人には見えなかった。部員が一人しかいないのだからもっと勧誘に積極的でもいいはずなのに、ちゃんと俺たちのことを考えて、しばらくは仮入部扱いにしてくれたこともそうだ。退部となると手続きが面倒だけど、仮入部ならその辺が楽になるからと、配慮してくれたのだ。
「そう、だな……」
だとしても、頭の片隅に可能性を置いておくくらいはするべきだろう。場合によっては、メルティの学校生活が壊れてしまうこともあり得るのだから。……とはいえ、彼女には難しいかもしれない。人を疑ったり、警戒したりするのは、小さい子供に要求することじゃないだろう。
「メルティは、それでいい」
「?」
でも、それでいいんだ。メルティには、疑心暗鬼など似合わない。いや、人を疑うメルティを、俺は見たくない。ただそれだけだ。例えそれが、俺のエゴだとしても。
「仮ではあるが、新入部員が二人、か……予想外だったな」
その頃、学校の部室棟。一階の一番端に位置する部室にて、黒原秋姫は独り言を漏らしていた。
「男子のほう……春彦君はそこまででもなかったが、女子のほう―――メルティ君は、かなり熱心だったからな。つい嬉しくて、仮とはいえ入部を許してしまうとは」
彼女はボイスレコーダーを手にして、独白を日記のように記録していた。これは彼女の日課であった。
「去年までは、宇宙人に興味がある部員は私だけだったからな……ようやく、自由な活動が出来るようになったんだ。二人には悪いが、入部する以上は、私の都合に合わせてもらわなければ」
それは誰に聞かせるためでもなく、ただ忘れないようにするためのものだった。日々の出来事を、そして自身の目的を。
「同好会であっても、雀の涙ほどには活動費が出る。それに、部室の設備も使える。それも今年一年限りだろうが―――それでいい。一年以内に見つければいいだけだ」
その決意は、己の夢と執念のため。それを改めて口にする。
「私は絶対に見つける―――宇宙人を」