パワフル彼女とクトゥルフな前触れ
◇
「学校、どうだった?」
「楽しかった!」
その後、下校することになって。その道すがら、メルティに初登校の感想を聞いていた。
「まだ授業はなかったけど、あんなに沢山の人と話せたし、それだけで満足!」
そう言って、メルティは微笑んだ。……彼女は今まで、学校に通ったことはない。それにその境遇から、あまり他人と関わったことがないだろうということも容易に予想できる。だからこそ、今日みたいに色んな人と出会えたのは初めての経験で、彼女にとっては忘れられない一日になっただろう。
「でも、明日は実力テストだし、授業が始まったら大変だぞ?」
「大丈夫。勉強はパパから教えてもらってるから」
すっかり浮かれているメルティに釘を刺すが、そんな風に返されてしまった。たしかに、叔父さんはあれでも一応は学者だし、勉強面では心強いだろう。
「でも、みんなと勉強するのも楽しみ! それと、部活もやってみたい!」
「そうか。頑張れよ」
新生活に目をきらきら輝かせるメルティを見て、俺も少しだけ学校生活が楽しみになってきた。
◇
「うんっ、しょっと!」
実力テストの翌日(結果については聞かないで欲しい)、俺たちはグラウンドに集まっていた。今日は午前中に身体測定があり、午後からは体力テストが実施されていた。体操着に着替えた生徒たちが、男女別にそれぞれの項目についてテストを受けている。
「……」
だが、殆どの生徒は呆気に取られて動かなくなっていた。……今、女子はハンドボール投げの最中だ。メルティも当然ながらテストを受けていたのだが、問題は彼女の記録だった。
「よ、40メートル……」
記録係の女子が、信じられないといった面持ちで記録を口にする。……ハンドボール投げは、女子の場合23メートル以上で最高得点となる。しかし、40メートルともなれば、男子でもそうそういない。そんな記録を女子が出したとなれば、驚愕どころの騒ぎではないだろう。
「おいおい、あんな可愛い顔してパワフル系女子かよメルティちゃん……」
50メートル走を終えた冬樹が、ドン引きしながらそう呟いていた。こいつの性格と性癖からして、別にメルティのことを狙っていたわけではないだろうが……それでも、ここまでされればさすがに無反応ではいられない。
「しまったな……」
そんな中、俺は内心焦っていた。……メルティはとにかく目立つ。可愛いし、スタイルもいいし、明るくて人当たりもいい。その上で、この身体能力である。このままでは、学校中に噂が広がってもおかしくないだろう。そうなると、色々まずい。メルティは半分宇宙人だし、悪目立ちするのは好ましくないのだ。
「せめて、分かってれば良かったんだけど」
それでも、事前にこの事実を知っていれば、対処のしようはあった。だが、まさかメルティがここまでの怪力を発揮するとは思っていなかった。……これも、宇宙人の血がなせることなのだろうか?
「これは、大変なことになりそうだな……」
結局、この日の体力テストでメルティは規格外な記録をいくつも出した。このことはあっという間に学校中で噂となり、メルティの元に部活の勧誘がひっきりなしにやって来るのだった。
◇
……数日後。
「悪いな、二人とも。毎日付き合わせて」
「別に、気にしなくていいけど?」
「何水臭いこと言ってるんだよ? 別に大したことでもないだろ」
昼休み。俺は夏海、冬樹に頭を下げていた。……俺たちがいるのは食堂だ。メルティの希望で昼食には食堂を利用しているのだが、ここ最近は夏海たちにも同席してもらっている。というのも、体力テストからメルティに対する部活の勧誘が活発になっているのだ。丁度、新入生の勧誘期間に入ったこともあり、運動部が一斉にメルティの元へと押しかけてきた。とはいえ、メルティを素直に運動部に入れるのは躊躇われた。彼女の身体能力は規格外すぎるし、下手に悪目立ちしては、彼女の正体が露呈しかねない。幸いにも、メルティは運動部には興味がないようなので、勧誘には乗らないように言いくるめるのは簡単だった。
「それにしても、相変わらず凄いな……」
周囲の人だかりを見て、冬樹はそう呟いた。……俺たちの席の周りには、数十人ほどの生徒が集まっていた。噂の新入生を見ようと、そして隙あらば勧誘しようと、昼休みには人が集まってくるので、落ち着いて食事も取れないのだ。これでもかなり減ったほうで、最初のほうは人が押し寄せすぎて昼食どころではなかった。夏海たちに同席してもらってからは、大人数なのが牽制になったのか、多少はマシになっている。
「ねえ、遠野さんよね? バレーボールに興味はない?」
それでも、食事中に勧誘をしようとしてくる先輩方は後を絶たない。昨日も三人は勧誘に来た。
「あの、悪いんですけど……」
「彼氏君は黙っててくれる? 今は彼女と話してるの」
やんわりと断ろうとするも、先輩は俺のことなど意に介さない。他が躊躇ってる中で声を掛けてくるだけあって、図太いというか、ずけずけと物を言う人だな……あと、誰が彼氏だよ。不快な気は全くしないけどさ。
「あなたの実力なら、すぐに活躍できるはずよ。まずは見学だけでもどう?」
「ごめんなさい。運動部には興味ないの」
俺を跳ね除けてメルティを口説こうとする先輩だが、メルティは一蹴してしまった。相手が先輩だろうと、彼女は自分の意思をはっきりと口に出来る。そのお陰で、無理矢理入部させられるという事態にはなりそうにない。
「そんなこと言わずに、放課後、ちょっと練習を見に来るだけでも―――」
「遠慮します」
それでも先輩は食い下がろうとするものの、メルティは取りつく島もなかった。
「そ、そう……気が変わったら、またいつでも来てね」
メルティに振られた先輩は、そう言い残して去って行った。ここまではっきり断られると、精神的なダメージが結構ありそうだな。
「ほんと、あんなにスパッと断れるとか、凄い神経してるよね」
「いやー、それほどでもないよ~」
「褒めてないから」
夏海の皮肉混じりな呟きに、メルティは照れるように返した。……夏海のほうが圧倒的に年上のはずなのに、精神年齢逆転してないか?
「それはそれとして、そろそろなんとかしたほうがいいんじゃね?」
そんな微笑ましいやり取りを眺めながら、冬樹はそう口にした。……確かに、こうも勧誘がしつこいのは学校生活にも支障が生じる。いい加減、何か手を打つべきだろう。
「とりあえず、どっか適当な文化部に入れば? 部活の掛け持ちは出来ないんだし」
すると、夏海がそんな提案をしてきた。……ここ雪ノ下高校では、部活動自体は任意である。けれど、掛け持ちは原則出来ない。つまり、どこかの部活に入れば、この勧誘騒動も落ち着くはずだ。
「メルティ、何かやりたい部活はあるのか?」
「うーん」
問い掛けると、メルティは口元に手を当てて考える。……なんかあざとい仕草だが、多分アニメのせいだろう。夏海は見るからにイラッとしてるが。
「天文部とか、文芸部とかかなー?」
「天文部と文芸部か……」
あまりにもかけ離れた組み合わせだが、多分これもアニメのせいだろう。丁度、前期のアニメにそういうのあったし。メルティのお気に入りでもあったはずだ。
「でも、天文部はなかったはずだぞ」
「文芸部も去年廃部したらしいよ」
「マジか……」
だが、どちらもないという。天文部はともかく、文芸部くらいは普通にありそうだったんだが……廃部ってことは部員がいなかったのだろうか。
「あ、オカ研もいいかも!」
「オカ研……そんなのあるのか?」
オカ研―――つまりオカルト研究会。事前に調べた部活動にそんな名前はなかったはずだが……。
「多分、あるとすれば同好会じゃない?」
「あー、同好会は数が多いから全然見てないな」
夏海に言われて、そのことを思い出した。……この学校は部活動の代わりに同好会もあり、どちらかといえば小規模な同好会のほうが主流らしい。こちらも部活と掛け持ち不可。条件的にはこちらでもいい。
「同好会の一覧とか、どこで見れるんだ?」
「同好会専用の掲示板があって、そこに名前があれば公式の同好会らしいけど……多分、先生に聞いたほうが早いと思う」
その掲示板とやらを夏海は見たことがあるようで、顔を顰めていた。こいつはごちゃごちゃしたものとか大の苦手だから、その掲示板も相当乱雑としているのだろう。
「じゃあ、放課後探してみるか」
「うん!」
というわけで、オカ研を探すことになったのだった。
◇
……放課後。
「……ここか」
授業が終わって、俺はメルティと一緒にオカ研の部室を訪ねることにした。幸いにも、先生に聞いたら部室の場所はすぐに判明した。部室棟の一階、一番端の部屋―――そこにオカ研の部室はあった。
「どんなところなのかなー?」
部室を前にして、メルティはわくわくが止まらない様子。……扉に楷書で書かれた「オカルト研究会」の張り紙以外、特に変わったところはない。けれど、俺は一抹の不安を抱いていた。オカ研といえば、黒魔術だの、パワースポットだの、胡散臭くて禍々しい研究をするイメージだが、その中にはUMA―――未確認生命体の分野もある。それには宇宙人も含まれており、オカ研の中にはその分野に詳しい人がいる可能性が高い。となれば、低い確率ではあろうが……メルティの正体に気づかれるかもしれない。
「ね、ね、早く入ろうよ」
それに遅まきながら気づいたものの、ここまでモチベーションの高いメルティを前にして、やはり止めておこうなどと言えるはずもなく。本来の目的もあるし、ここは杞憂である可能性に賭けるしかないのか……。
「じゃあ、行くぞ。……失礼します」
俺は覚悟を決めて、扉に手を掛け、開いた。
「いあ! いあ! くとぅるふ、ふたぐん! ふんぐるい、むぐるうなふ、くとぅるう、るるいえ、うがふなぐる、ふたぐん」
そして聞こえてきた奇妙な呪文と、部屋の真ん中で形容し難いポーズを取る女子生徒に、俺は即座に扉を閉めたのだった。