新生活と幼馴染と悪友
◇
……翌日。
「行ってきます」
「行ってきまーす!」
「はい、行ってらっしゃい。また後でね」
朝。新しい制服に身を包んだ俺とメルティは、共に家を出た。俺たちが通う私立雪ノ下高校は、うちからだと徒歩十五分程度だ。入学式まではまだ時間があるものの、学校が楽しみなメルティに付き合って早めに登校する。母さんも当然保護者として出席するが、来るのは後からだ。
「~~~♪」
鼻歌交じりに、スキップしながら歩くメルティ。制服のスカートを靡かせるその姿は、どこからどう見ても普通の女子高生だった。……入学に当たって、一番の懸案事項は、メルティの正体についてであった。彼女が宇宙人とのハーフだとばれたら、平穏な学園生活など望めるはずもない。当然ながら、メルティにも自分の正体を隠すように言ってあるが……ただでさえ目立つ容姿をしているのだから、無駄に注目を集めやすい。その上、メルティ自身がことの重要性を理解しているのかも怪しいところだ。人前では形態変化を使ったりしないように念押ししてるけど、俺には簡単に見せた辺り、若干チョロそうで心配だ。
「学校、楽しみだね!」
「ああ、そうだな」
けれど、そんな不安も、彼女の笑顔を見ていたら消えていく気がした。……まあ、普通は宇宙人なんて信じるはずがないし、大丈夫だろう。世間知らずなところが少し不安要素だが、それについては帰国子女ということで通すらしいので問題ないはずだ。
「友達百人出来るかな?」
「ど、どうだろうな……」
小学生みたいな発言に、もう既に雲行きが怪しい気がしないでもないが、まあなんとかなるだろう。
◇
「ここが学校?」
道中は特にトラブルもなく、俺たちは学校に着いた。コンクリートの四角い校舎、その前にはグラウンド、そしてその隅には満開の桜が舞い散る。最近は珍しくなりつつある「誰もが想像するであろう学校」を具現化したような学校―――それが、私立雪ノ下高校だ。
「……」
その光景を、メルティは暫し無言で見続けていた。……満開のソメイヨシノが立ち並ぶのは俺でも圧倒されるし、今まではアニメでしか見れなかったメルティは感動も大きいのだろう。
「……さ、行くぞ」
「うん!」
とはいえ、いつまでもそうしていられないので、俺たちは共に正門を潜るのだった。
◇
「お、春彦じゃ~ん」
メルティを連れて軽く学校を見学し、会場である体育館に来ていると、そんな声が聞こえてくる。振り返ると、そこには見知った顔があった。
「夏海か。久しぶりだな」
そこにいた女子生徒は、幼馴染の松山夏海だった。ボブショートと前髪のヘアピンがトレードマークの彼女は、新しい制服に身を包み、こちらに駆け寄ってきた。
「おひさ~♪ ってか、春休みになってから全然顔見せないじゃん。どったの?」
「いやまあ、うん……」
夏海に言われて、俺は言葉に詰まった。……家が隣同士なのもあって、昔はよくお互いの家に入り浸っていたし、中学に上がってからも休日に集まって一緒に遊ぶ仲であった。だが、春休みに入ってからは―――主にメルティのことがあって、会うこともなくなっていた。いくら幼馴染とはいえ、メルティのことをあまり大っぴらにはしたくなかったのもあったのだが―――
「ハルヒコ? どうしたの?」
「あれ? その子誰?」
しかし、こうして顔を合わせてしまったものは仕方がない。どの道、同じ学校に入学した時点で避けられない事態だ。俺は観念して、二人を紹介することにした。
「こいつは隣に住んでる幼馴染の夏海。んで、こっちは俺の従妹のメルティだ」
「幼馴染……」
「従妹……」
俺の紹介に、二人は互いに顔を見合わせた。
「ってか、あんたに従妹がいるなんて初耳なんだけど」
「俺も最近知ったんだが……」
「確か、遥さんって一人っ子でしょ? っていうことは、叔父さんの子?」
「ああ……隠し子だったらしい」
俺の家族構成を知っている夏海は、当然ながら訝ってきた。だから俺は、当たり障りのない事実だけを抜き出して伝えることにする。……叔父さんの結婚相手が宇宙人とか、メルティの実年齢が三歳とか、そんな余計なことは言わなくていい。
「ふーん。あの叔父さんにそんな甲斐性があったなんて驚きだけど、あんだけぶっ飛んでればそれくらいありえるかもね」
俺の説明に、夏海は渋々ながら納得してくれたようだ。……あんまりな言い方ではあるが、叔父さんについてはそれが俺らの共通認識なので仕方ない。
「ハルヒコの幼馴染……ってことは、ハルヒコのこと、好きなの?」
「へっ?」
「はぁ?」
対するメルティは、予想の斜め上をいく発言で俺たちを困惑させた。そりゃまあ、ラブコメなら幼馴染ヒロインは鉄板だけどさ……現実はアニメのようにはならない。存在自体がアニメみたいなメルティはともかく、夏海はヒロインにはなりえないだろう。
「……あんた、頭大丈夫?」
「え?」
「幼馴染に片思いしてるなんて、アニメじゃあるまいし。アニメの見すぎにも程があるっての」
「ちょ、夏海……!」
そんなメルティに、夏海は辛辣な言葉を放った。……初対面の相手にここまでのことを言う奴ではないのだが、叔父さんの子ということで無遠慮になってるのだろうか。夏海は叔父さんのこと嫌ってる節があるし。そうでなくても、夏海は俺との仲をからかわれるのに不快感を示すことが多いし、単純に気に障ったのだろうか。
「これがツンデレ幼馴染……実在したんだ!」
「なっ……!」
しかし、メルティのメンタルも意外とタフだった。しかもこのアニメ脳……さすがは叔父さんの娘なだけはある。
「……ちょっと春彦、この子怖いんだけど」
前向きすぎるメルティを、夏海は本気で気味悪がっていた。……どうせばれるなら、メルティのフォローをお願いしようと思っていたのだが、この様子では無理そうだな。一番信頼できる女子だったのだが。
「ツンデレ幼馴染のお友達、欲しかったんだ! よろしくね!」
「ちょ、ちょっと……」
しかし、当のメルティは完全に夏海を友達として認識して、無理矢理握手までしていた。これだけポジティブなら、学園生活も問題ないかな。
◇
「遠野メルティです! よろしくお願いします!」
入学式が終わり、俺たち新入生は自分の教室へと移動していた。そして、そこで始まったのはお決まりの自己紹介タイム。俺の番が終わって、今はメルティの番だ。
「遠野さんは、遠野君の従妹で、帰国子女なんですよね。日本の学校生活には不慣れでしょうから、皆さんも仲良くしてくださいね」
メルティについて、担任の女性教師―――道長先生がそう補足した。帰国子女と言うのは、叔父さんが作った設定だ。メルティは小中学校に通っていない。身につけている一般常識も、アニメで学んだものだ。となれば必然、どこかで大きなボロが出る。だからこそ、多少言動がおかしくても言い訳できる理由を捏造しておいたのだ。……そのことが担任にまで伝わっている辺り、叔父さんの根回しはかなり周到らしいな。
「へぇー、お前、従妹とかいたんだな」
そして、俺の隣でそんな感想を漏らすのは、早乙女冬樹―――中学時代から付き合いがある悪友だ。こいつもこの学校に進学して、しかも同じクラスになった。染色はしていないものの無造作に伸ばした髪と、制服に繋がれたウォレットチェーン、ボタンを一つ外した制服の胸元には銀のネックレスと、かなりチャラい身なりをしているが―――女子並みの低身長が原因なのか、あんまり不良っぽくない。
「まあな」
冬樹とは長い付き合いだが、夏海とは違ってお互いの細かい家庭事情までは知らない。叔父さんの存在も知っているが、直接の面識はないし、十分誤魔化せるだろう。……それにしても、夏海といい、偶然とは恐ろしい。進学先が同じなのは予め分かっていたが、冬樹だけでなく夏海も同じクラスになったのだ。各学年でクラスは三つ―――単純計算で4%弱の確率。メルティに関しては叔父さんの根回しとしても、俺と親しい人間が同じクラスにここまで集まるというのはなかなか珍しいんじゃないだろうか?
「しかも案外可愛い子じゃねぇか。ったく、リア充死ねとか言っておいて、お前こそ爆発しろよ」
そんなことを考えていたら、冬樹が俺を揶揄してきた。……確かに、リア充爆発しろとは前から何度も言っていた。けれど、そのときはメルティの存在すら知らなかったのだ。仕方ない。
「ん……?」
メルティに対するクラスの反応は、大半が冬樹と似たようなものだったが―――そのうち男子からは敵意に満ちた視線を向けられた。要するに、「リア充死ね」ということか。
「……はぁ」
新生活早々、無駄に反感を買ってしまった。これでは先が思いやられるというものだ。
「やっぱ人気だな、メルティちゃん」
ホームルームも終わり解散となった教室にて。冬樹の言葉通り、メルティはクラスメイトに囲まれていた。しかも意外なことに、囲んでいるのは女子ばかりだった。
「遠野君と従兄妹なんだよね? もしかして、一緒に暮らしてるの?」
「うん、そうだよー」
「じゃあじゃあ、もしかして付き合ってたりとか?」
「さすがにないっしょ。従兄妹同士だよ?」
「うーん、でも、一緒に寝たりはするかな」
「マジで!?」
女子からの質問攻めにもメルティはしっかり受け答えしているが……なんでそういう余計なこと言うんだよ? 今、クラス中の男子から殺意を向けられたんだが。
「うわー、進んでるなぁ……」
「羨ましい! 私も彼氏欲しい!」
そんな俺のことなど露知らず、女子たちは盛り上がっていたが、何故か俺とメルティが付き合っていることにされてしまった。……まあ、この歳の男女が一緒に寝るといえば、そういう意味に取られてもおかしくないだろう。
「お前、そんなことしてるのかよ……普通の女には興味ないって風だった癖に」
「……一応言っておくけど、エロいことは何もしてないからな」
「男女同衾の時点で十分エロくね?」
俺の弁解は、冬樹に一蹴されてしまった。……いやまあ、確かにメルティの体つきはかなり魅力的だし、実際理性が怪しくなることも少なからずある。だが、そもそもメルティが一緒に寝たいと言い出したのは、彼女が両親と離れて暮らすことになったからだ。それを思うと、邪な考えは消えてしまう。
「だけどなぁ……」
とはいえ、その辺の事情を話すわけには行かない。普通の女子高生は、親元を離れたくらいで従兄と同衾なんてしようと思わない。彼女の精神年齢について説明すれば、必然的に、その生い立ちまで話さなければならないのだから。……そんなわけで、俺は弁解の余地を与えられず、周囲の勝手な想像を甘んじて受け入れるしかなかったのだった。