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システィさんマジ天使


  ◇



「なぁ、夏海」

「んー?」

 翌日、学校にて。俺は美術の授業で、夏海とデッサンをしていた。二人一組でペアになり、片方が相方をモデルに描く、あれである。今は俺がモデルで、夏海が俺をデッサンしている。この授業は割と暇なので、こうしてペアでお喋りするのはよくある……というか、みんな好き勝手に喋っている。勿論、授業中なので賑やかという程ではないが、ちゃんとデッサンをしていれば先生も雑談は黙認してくれるので、遠慮する必要はない。

「メルティのこと、どう思ってるんだ?」

「何、唐突に?」

 俺の問い掛けに、夏海はムッとした様子で返してきた。因みにそのメルティは、システィさんと組んでデッサンに励んでいる。あの二人は気が合うようだな。

「いや、メルティがやたらと夏海に懐いてるからさ。夏海のほうはどうなんかなって」

「ああ、そういうこと」

 俺の言葉に、夏海は納得したように頷く。そして一拍置いてから、こう答えた。

「あの子、うざい」

「ぶっちゃけるなぁ……」

 夏海の言葉に、俺は呆れ混じりにそう漏らした。未だにメルティの片思いか、分かっていたことだけど。そろそろ陥落するかなと少しくらいは思ったけど、メルティほどチョロくはなかったらしい。

「だって、実際そうじゃん。こっちの気も知らないで能天気なことばかり言ってくるし、人の話を聞かないし、無駄にベタベタしてくるし」

「そっか……」

 夏海はここぞとばかりに不満を並べてくる。……彼女たちの擦れ違いは、お互いにうまく距離感を掴めていないのが原因みたいだな。メルティは他人との距離感が近すぎる。誰とでも仲良くしようとするのは美徳だが、必要以上に相手に踏み込んでしまうのは、時として欠点となる。特に、夏海は他人と距離を取るタイプである。友人は少なくないが、親密な相手はあまりいない。中学時代も、俺たち以外に仲が良かった友達は数えるほどだった。そんな夏海だからこそ、あいつに彼氏が―――しかも二回も出来たときは心底驚いたが。

「あー、思い出した。あのウザさ、弘一とそっくりだ」

「こういち……?」

「元彼。最初のね」

 丁度俺が夏海の彼氏について考えていたら、彼女も同じことを思っていたらしい。……思い出した。高木弘一。夏海の最初の彼氏で、その軽薄な見た目や言動に違わず、男女構わず誰に対しても馴れ馴れしい奴だった。そういう意味では、確かにメルティに似ているかもしれない。

「あいつ、付き合った途端にべたべたしてきて、セクハラ紛い―――っていうか諸にセクハラしてきてさぁ。それが原因で別れた」

 それから夏海は、元彼の愚痴を延々漏らし続けたのだった。……余談だが、彼女が書き上げた俺のデッサンは、件の弘一にどことなく似ていた。



  ◇



「いただきまーす!」

「いただきます!」

 昼休み。俺たちは食堂で昼食にしていた。最近はシスティさんも加わり、五人で飯にすることが多い。

「午後から体育だから、沢山食べないとだね!」

「ですわ!」

 午後一の授業が体育だからと、メルティとシスティさんはとんかつ定食をご飯大盛りにして、がっつり食べている。……食いすぎると却ってしんどいと思うんだが。

「あんなに食べて、太んないの? 食べた分、全部胸に行くの?」

 ぶつぶつ呟く夏海の昼食は、購買の塩握り一個だけ。発言内容も考えると、またダイエットでもしているのだろうか。大体いつも三日で挫折するんだし、無駄なことは辞めればいいのに。本人に言ったら怒るから口が裂けても言わないが。

「午後一体育だと眠気の心配しなくていいよな」

「俺は憂鬱だけどな」

 冬樹の言葉に、俺はどんよりしながらそう返した。俺は体力がないので、体育というだけで気分が沈む。因みにこの面子だと、運動が一番得意なのはメルティで、次に夏海、冬樹、システィさん、そして俺の順である。夏海は中学まで陸上部だったのでそこそこ運動が出来る。冬樹は小学生の頃は地元の卓球クラブに所属していたらしいが、中学では部活をしていなかったので、平均的な(文化部所属の)男子くらい。システィさんは平均的な女子レベル。そして俺は、その辺の女子に負けかねないくらいの貧弱。……学年が上がるにつれ、俺の体力はどんどん衰えている気がする。ここまで貧弱だと、男としてどうなんだろうか。

「ほら、ハルヒコも沢山食べないとだよ!」

「確かにそうですわ!」

 そう言って、メルティたちが俺にとんかつを分けてくれる。いうて俺も、同じとんかつ定食なんだが。ご飯は大盛りじゃないけど。

「ありがとう、二人とも」

「おうおう、モテる男はいいよなぁ」

 隣から冬樹が煽ってくるが、腹八分目くらいを狙ってメニューを選んだので、実はちょっと腹がきつい。とはいえ、二人の厚意を無碍にするわけにもいかないので、ここはありがたくもらっておこう。

「午後からも頑張ろうね、ハルヒコ」

「頑張りましょう、ハルヒコ様」

 そう言って微笑みかけてくる二人。その笑顔は、どこか似ていた。……当然ながら、顔の造詣は全然違う二人。けれども、雰囲気というか、彼女たちが纏っている空気は、まるで姉妹のようにそっくりだった。

「……ああ」

 こうやって励まされると、気が進まない午後の授業も頑張れる気がしてきた。



  ◇



「ふぅ……」

 体育が終わって。俺はへとへとになりながら、後片付けをしていた。サッカーボールを入れたカゴを押して、倉庫まで戻しに行く。後片付けは持ち回りなので仕方ないとはいえ、正直辛い。

「あら、ハルヒコ様」

「システィさん」

 体育倉庫の近くまで行くと、体操着姿のシスティさんに出会った。バットを抱えていたから、彼女も道具を戻しに来たのだろう。今日は男子がサッカー、女子がソフトボールだったのだ。

「ハルヒコ様も、片付けですの?」

「そういうシスティさんも」

 言いながら、俺たちは体育倉庫まで一緒に行った。体育倉庫は学校の隅っこにあって、体育や部活の前後でもないとまず人が通りがからないくらいには辺鄙な場所である。必然、俺とシスティさんは二人っきりになる。

「ハルヒコ様、折角ですし、少しお話しませんか?」

「ああ」

 歩きながら、システィさんはそう言ってくる。別に断る理由もないし、俺は頷いた。というか、律儀だなこの人。一々前置きしなくても、雑談くらいならいつでも応じるのに。

「学校にはもう慣れた?」

「はい。皆様に良くしてもらいましたし、毎日が楽しいですわ」

 俺の質問に、システィさんは微笑みながら答えた。学校生活を満喫しているようで何よりだ。

「特に、メルティ様とは仲良くさせて頂いてますわ」

 体育倉庫に辿り着き、片づけをしながら、雑談を続ける。カゴを所定の位置に戻して、ストッパーをかけた。システィさんはバットを仕舞っているところだ。

「メルティとは、やっぱり気が合う?」

「はいっ! メルティ様は、どこか他の方と違うと言いますか……お話していると、故郷に残してきた家族を思い出しますわ」

「え……」

 そう口にするシスティさんは、どこか遠い目をしていて。口振りから考えると、彼女は日本に一人で来たのだろうか?

「システィさん、その、家族は……?」

「恐らくは、今も故郷で元気に暮らしているはずですわ」

「じゃあ、日本には―――」

「はい。わたくし一人で参りましたの」

 不躾だと思ったものの、好奇心に負けて尋ねてみたら、案の定であった。いつも穏やかでにこやかなシスティさんも、今はどこか寂しげな表情である。

「そもそも、わたくしはここに定住するつもりはありませんでしたわ。元々は調査で訪れただけでしたが―――やむを得ない事情で、帰れなくなりましたの」

「……」

 バットをカゴに戻しながら、淡々と語るシスティさん。そんな彼女に、俺は言葉を失った。あまりに唐突な内容に、何を言えばいいのか、分からなくなったのだ。

「そんな顔をしないでくださいまし」

 そんな俺を見かねたのか、システィさんはいつものように微笑みながらそう言ってきた。

「その手の事故はよくあることですから、仕方ないことですわ。船を修理するための資材を現地の星で調達できなければ、そのままそこで朽ち果てるか。或いは知的生命体の文化圏であれば、そこに紛れて余生を過ごすか。それを承知の上で、わたくしは任務に志願しましたの。―――未調査惑星の調査任務に」

「何を、言って……?」

 俺を安堵させようとしているのか、優しい口調で語り聞かせてくれるシスティさん。だけど……彼女の話は、段々と俺には到底理解できないような内容になっていった。いつものように、日本語の遣い方を間違えているのだろうか?

「ハルヒコ様。わたくし、告白致しますわ」

 戸惑う俺に、システィさんはそう告げると、何故か急に体操着の上着を脱ぎ始めた。

「ちょ……!?」

「―――実はわたくし」

 半裸となったシスティさんの上半身を覆うのは、レースのついた白いブラのみ。その綺麗な白い肌や、大人っぽい下着に包まれた意外と大きな膨らみに目がいってしまうのは、男の性なので許して欲しい。……というか、どうして突然こんなことを?

「―――ご覧の通り」

 けれど、直後にその理由が分かった。システィさんの背中のほうから、何かが―――その透き通るような肌とも、下着とも違った、白い物体が飛び出した。

「この星の生命体では、ありませんの」

 それは、白い塵のようなもの―――羽根を撒き散らしながら、力強く羽撃いた。倉庫内に軽く旋風を巻き起こしたのは、翼。一対の、白くて大きな翼であった。

「わたくしは、いわゆる宇宙人ですわ」

 あまりに唐突な、予想外のカミングアウト。それをぶちかました彼女の姿は―――ありきたりな表現ではあるが、他に適切な表現などないくらい―――まるで天使のようであった。

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