フライングボディプレス
◇
『なるほど。なら、無事に仲直りできたんだな』
「はい。ご心配をお掛けしました」
夜。俺は黒原先輩と電話していた。内容は、夏海との顛末についての報告だ。先輩には色々迷惑を掛けたし、ちゃんと伝えておくべきだろう。
『だが、結局のところ、松山さんとはどうして仲違いを?』
「今更蒸し返すのもあれだと思って、本人には確かめてないんで、俺の推測なんですけど……」
先輩からの疑問に、俺は自分の考えを述べる。
「俺のクラスで、俺とメルティが付き合ってるって噂されてたんですよ」
『ほう。まるで付き合っていないみたいな口振りじゃないか』
「先輩まで……」
俺の言葉に、黒原先輩は意外そうに返してきた。……俺とメルティって、そんなに付き合ってるように見えるのか?
「それでですね。システィさんが転校してきたとき、彼女が俺に好意を持ってるっていう誤解もあってですね」
『誤解なのか?』
「いい加減にしてもらえます……?」
『冗談だ』
話を続けようとするも、また先輩が余計な茶々を入れてくる。さっきのも態とか?
「多分それで、もやもやしてたんだと思いますよ、あいつ」
『もやもや?』
問い返してくる先輩。だが、もやもや以上に適切な表現はないだろう。いや、俺の語彙力の問題ではなく。
「ほら、アニメとかでもよくあるじゃないですか。兄に彼女が出来てもやもやする妹とか、娘に彼氏が出来て動揺する父親とか」
『それと同じだと言いたいのかい?』
黒原先輩は釈然としない様子だった。まあ、無理もない。夏海とは幼馴染であって、家族同然には思っているが、家族ではない。その例えだと理解しにくいのかもしれない。
「それと、俺たち、小学生のときはよくからかわれたんですよ。本当は全然そんなことないのに、いつも一緒にいるから、付き合ってるんじゃないかって。そんな奴が、別の相手と付き合ったら……もしも本当に何とも思ってなくたって、もやもやしますよ」
『なるほど』
この説明に、黒原先輩は納得がいったらしい。……これは実際、俺が経験したことだ。小学生のときは夫婦だなんだと言われ続けて、それを俺だって本気で嫌がっていたし、夏海のことは微塵も恋愛対象として見ていなかった。だけど中学に上がって、あいつに彼氏が出来たとき、凄くもやもやした。夏海も今回、似たような心境だったのだろう。システィさんにきつく当たっていたのは、彼女の言動がメルティに似ているのもあるだろうが、クラスに広まった勘違いも理由の一つかもしれない。
「まあ後、俺が失言したのもあるんですけど。そんな感じで、多分いくつも原因が重なったんだと思います」
『なるほどな』
きっかけは俺が余計なことを言ったせいだろうけれど、そのせいで普段から溜め込んだ不満が爆発したのだろう。そんなんだから、原因が分からず、今回の喧嘩は長引いたのだろう。
『でも、それならどうして和解できたんだい?』
「多分、単純に割り切っただけですよ」
そして、そんなもやもやは、いつかは割り切れる。夏海の場合、俺との関係性を再認識して、ちゃんと吹っ切れたみたいだ。あのときは、いきなりあんなことを言われて困惑したけど、今思えばそういうことだったのだろう。あいつの行動はいつも唐突で脈絡がないように思えるけど、彼女自身の中ではちゃんと段階を踏んで、必要なことをしているのかもしれない。
『そんなものか……幼馴染にも色々あるんだな』
俺の結論に、先輩はどこか羨ましそうな声でそう答えるのだった。
◇
「ハルヒコ~!」
日曜日。自室のベッドでごろごろしながら本を読んでいたら、メルティがやって来た。そしてそのまま、俺へとダイブしてくる。
「ぐぇっ……!」
メルティにのしかかられて、俺は呻き声を上げた。……彼女は見た目通りの体重をしているため、当然ながら、飛び乗られると結構なダメージになる。ちょっとは自重して欲しい。
「~♪」
メルティは腕を触手にして、俺の体に巻きつけていた。最近は、部屋で二人っきりのときはしょっちゅうこうしてくる。メルティの柔らかな触手に包まれるのは気持ちいいんだが、時々加減を間違えて、体が潰れそうになることも。
「甘えん坊さんだな」
「えへへ~♪」
本を脇に避けてメルティの頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうな声を出す。仲直りしてからは、こんな風に積極的なスキンシップが多くなった。それだけメルティが懐いてくれるのは俺としても喜ばしい限りだが……触手と一緒に押し付けられる胸やら脚やらの感触に、やましい気持ちを抑え込むのが大変だった。
「ねぇ、ハルヒコ」
「ん?」
そうやってベタベタしていたら、ふとメルティが話し掛けてきた。
「ナツミにも、私のこと教えてもいい?」
それは、彼女の正体に関する話だった。メルティの母親が宇宙人で、こうして腕を触手に出来ることは隠している。家族以外だと、知っているのは黒原先輩くらいだ。それを彼女は、夏海にも教えたいと言っているのだ。
「どうして?」
「ナツミと、もっと仲良くなりたいから」
メルティは何故か、夏海に異様に懐いている。夏海からあれだけ疎まれていたのに、俺の次くらいにはべったりだ。だから、正体を明かしたいとなるのは自然な流れだろう。そうすれば、より親密になれるかもしれない。
「でもなぁ……」
「駄目?」
不安げな表情で尋ねてくるメルティに思わずゴーサインを出しそうになるが……冷静に考えると、かなり危険な気がする。メルティのほうは夏海にゾッコンだが、夏海はメルティのことが苦手だ。最近でこそ多少は態度が軟化してきたが、それでも苦手意識は消えていないだろう。そんな状態で下手にメルティの正体を明かして、余計に関係が悪化するのは望ましくない。
「なんていうか、もっと仲良くなってからのほうがいいと思う」
「えぇ……?」
俺の言葉に、メルティは不満なご様子。でも、こればっかりは甘やかすわけにはいかない。
「夏海はなんていうか、繊細な奴なんだよ。ちょっとしたことで傷ついたり、イライラしたりするから。あんまり刺激しないでやってくれ」
「はーい……」
少し強めの口調で言うと、メルティはしょんぼりしてしまう。そのまま触手の締め付けが緩まり、俺はメルティから解放された。
「ごめんな、メルティ」
「ううん……でも、いつかはナツミにもほんとのこと、教えたいな」
俺の謝罪に、メルティは健気にそう返してくる。……ほんと、どうして彼女は、ここまで夏海に懐いているのだろうか? あんなに邪険にされても、ここまで慕ってくれてるなんて、中々ないことだろう。
「どうしてそんなに夏海のことを気に入ってるんだ?」
だから、俺は思い切って聞いてみた。あいつの何が、メルティの心を惹きつけるのか。幼馴染として、非常に興味深い。
「やっぱり、優しいところかな?」
「優しい?」
「うん! 私が困ってると、いつも助けてくれるの!」
俺の問いに、メルティはそう答えた。確かに、夏海は時々、メルティの手助けをしている。とはいえ、大したことはしていない。部活のとき、メルティが探している資料を夏海が見つけて渡してあげるとか、その程度である。それだって、夏海がメルティを邪険に扱う回数に比べればずっと少ない。最近は夏海の態度も軟化しているので、面倒見のいい面が目立ってきているが……それでも、ここまで好意を抱く程とは思えなかった。
「ナツミのこと、大好き!」
こうなってくると、メルティがあまりにもチョロいということに……将来が心配だな、この子。