突然の来訪者
◇
……それからゴールデンウィークに突入し、連休が明けて。
「今日は皆さんにお知らせがあります」
朝のホームルームにて、担任の道長先生がそんなことを言った。普段の瑣末な連絡事項ではそんなこと言わないので、それなりに重大な内容なのだろうか?
「なんと、このクラスに転校生がやって来ました!」
先生の言葉に、教室内がざわついた。学園物のアニメとかなら、転校生イベントは定番だ。新キャラが登場して、物語が大きく動き出す。クラスが騒がしくなるのもお約束だ。……けど、この時期に転校生なんて珍しいな。しかも一年生ってことは、前の学校には一月しか在籍していないことになる。
「では、入ってきてください」
先生に呼ばれて、件の転校生が教室に入ってくる。……しかし、その転校生は、新キャラではなかった。
「さ、自己紹介してください」
「分かりましたわ」
転校生は先生の隣に立つと、カールさせた金髪のツインテール―――いわゆるドリルツインテを揺らしながら、名乗り始めた。
「システィ・ノーゼン・フルオライトと申します。皆様、よろしくお願いします」
その女子生徒はシスティさん―――この前、フィールドワークで出会った人だった。その人が、うちの制服を着て、みんなの前に立っているのだ。
「システィさん!」
「マジかよ……」
「うっそ……」
あまりにも予想外の展開に、メルティたちからも驚きの声が上がる。俺も驚きだ、まさか転校してくるとは。っていうか、同い年だったんだな。てっきり年上だと思っていた。
「あら」
すると、向こうも俺たちに気づいたようで、微笑を向けてくる。けど、そんなに驚いていないな……初めて会ったときにここの生徒だって名乗ったから、この展開を予想していたのかもしれない。
「うふふ」
そして、俺のほうに向けて小さく手を振ってくる。いやまあ、俺の席はメルティや冬樹とも近いから、俺個人に向けて振ったのではないだろうが。
「今、システィさん、手振ったよな? お前に」
「え?」
だが、隣の席にいる冬樹は、そう受け取らなかった。システィさんが俺個人に手を振ったと思ったようだ。
「いや、お前やメルティの席も近いし……」
「そうか? まあ、そうかもな」
俺がそう言うと、冬樹はあっさりと引き下がった。……けど、クラス中の男子が何故か同じように思ったらしく、理不尽に嫉妬されるのだが、それはまた別の話。
「お久しぶりですわ、皆様」
次の休み時間、システィさんが俺たちに話しかけてきた。周りに人が集まる間もないほどに素早い行動だったな……転校生の周りに人が集まってきて質問攻めにするのも転校生イベントの定番なんだが、今回は発生しないらしい。
「久しぶり!」
「いやー、驚いたな」
そんなシスティさんに、メルティと冬樹が声を掛ける。夏海は何故か、自分の席から動かず、じっとこちらを睨んでいる。こっち来いよ。
「どうしてこの学校に?」
挨拶もそこそこに、俺は彼女にそう問い掛けていた。……俺は、彼女が普通の転校生だとは思えなかった。こんな時期に転校してくるだけでもおかしいのに、それがついこの間出会ったばかりの人となれば、単なる偶然とは言い難いだろう。
「そうですわね―――あれから色々なことがありましたわ。人里に下りてからは、通貨を入手するのに東奔西走。続いて居住場所と身分の確保。……この学校に編入したのも、その過程でお話を耳にしたからですわ。なんでも、わたくしにとってとても都合が良い学校だと」
相変わらず、システィさんは独特な喋り方をする。どこか言葉の遣い方を間違えているとしか思えないが……話を要約すると、お金を稼いで、この近くに引越し、そしてこの学校に編入したということだろうか? とはいえ、あれから編入手続きをしたにしてはいくらなんでも早すぎる。
「そういうわけですので、皆様、これからよろしくお願い致しますわ」
あまりにも謎が多いシスティさん……俺たちの学校生活に、新たなメンバーが加わったのだった。
◇
「ここが噂に聞く学食……とても興味深いですわ」
昼休み。俺たちはシスティさんを食堂に連れてきた。……メルティといい、食堂は何故か人気があるみたいだな。そんなに珍しいのだろうか?
「お嬢様の口に合うか分からないけどね」
夏海がどこか皮肉っぽい口調でそう言う。最近は俺とメルティ、夏海、冬樹の四人で昼食にすることが多いから一緒に来たのだけど、夏海は何故かシスティさんに対して険悪な態度を取る。前は(メルティ以外には)こんなことしなかったんだが……何が彼女の気に障るんだろうか?
「お嬢様? わたくしは中流階級の出身ですから、お嬢様ではありませんわ」
「「は?」」
システィさんの返答に、俺と冬樹は揃って声を上げた。マジか。その喋り方、完全にお嬢様じゃないか。違うのかよ。
「どうやらこの国では、わたくしのような容姿の女性はこのような口調で話すと聞きましたわ」
彼女の説明に、俺は危うくずっこけそうになった。……確かに、システィさんの姿はよくあるお嬢様キャラのテンプレみたいである。金髪のドリルツインテで西洋風の顔立ち、出会ったときに着ていた服は見るからに高価だったし、パッと見は西洋のお嬢様だった。となれば、こういうお嬢様口調は似合うだろう。
「要するに、日本のサブカルにかぶれた外国人が、勘違いで変な言葉遣いしてるってことじゃん」
システィさんに関する新たな事実が発覚したのだが、問題は夏海だった。システィさんに対して、暴言とも取れるような発言をまた繰り返す。……ほんとにどうしたのだろうか? 入学以来、夏海の性格が変わってしまっているような気がする。前はこんな暴言を吐くような奴じゃなかった。そりゃ、俺に対してはキツイこともそれなりに言うが、それは付き合いの長さ故であって、ほぼ初対面の女の子にはもっと柔和な対応をしていたはずだ。メルティの場合は、叔父さんのこととか、彼女の発言が気に障ったからとか、それなりの理由があったからまだ分かるが。
「なるほど。これが噂に聞くツンデレですのね」
しかし、システィさんの精神も相当タフだ。メルティみたいに、この態度をツンデレで済ませてしまう。正確に言うなら、ツンは多分にあってもデレは微塵もなかったんだがな。
「ちっ……」
ケロッとしたシスティさんに、夏海は舌打ちをして、暫くだんまりを決め込んだ。メルティと同類だと思ったみたいだな。
「はぁ……」
そんなやり取りを見て、俺は小さく溜息を吐く。……夏海のこと、なんとかしたほうがいいかもしれないな。今はまだ被害がメルティとシスティさんだけだし、二人とも全然気にしていないから大丈夫だが、この調子で誰彼構わずこんな態度を取るようになってしまったら困る。一度、夏海とちゃんと話をしてみよう。