雨降って地面がアスファルトに
「メルティ? いるか?」
俺はメルティの部屋の前まで来て、ドアをノックした。……女の子の部屋に入るときはノックをしないとろくなことにならない。夏海の部屋に入るときに、ノックしなかったせいで何度酷い目に遭ったことか。
「……」
しかし、反応はない。声はなくとも気配はするので、不在というわけではないだろう。……つまり、無視されているということだ。地味に傷つく。
「メルティ、入るぞ」
とはいえ、無視されたからと引き下がっては何も解決しない。無礼を承知で、勝手にドアを開けて中に入る。
「メルティ……」
「……」
部屋の隅、衣装ケースを使って作ったベッドの上に、謎の物体が鎮座していた。丸まった布団の塊……恐らくは、布団に包まったメルティだろう。そこまでして、俺と顔を合わせたくないのだろうか?
「メルティ、その……ごめん。もし気づかないうちに、何か気に障ることをしてたなら、謝る。だから、顔を見せてくれよ」
「……」
呼びかけるも、謎の物体は少し動いただけで、他の反応を示さない。思った以上に頑なである。
「俺、メルティに会いたいんだよ。メルティと一緒にいたんだよ。だから、許してくれよ……」
「……よ」
それでもめげずに声を掛けると、謎の物体―――というかメルティが、言葉を発した。
「だったら―――勝手にいなくならないでよ!」
そして、布団の中からメルティが飛び出す。その顔は、今までに見たことがない―――怒りに染まった表情になっていた。釣り上がった目の端に涙を溜め、怒気の篭った声で捲くし立ててくる。
「どうしていなくなっちゃうの!? ハルヒコが急にいなくなっちゃって、私、すっごく不安だったんだから!」
「メルティ……」
メルティの叫びに、俺は返す言葉がなかった。……あの明るくて無邪気なメルティに、こんな表情をさせてしまったなんて。俺の軽率な行動が招いたこととはいえ、ショックが大きすぎる。
「お願いだから、置いていかないでよ……。そんなことされたら、私……」
メルティは涙を流しながら、俺に縋りついてくる。……俺に置いていかれて、メルティは怖かったのだろう。彼女からすれば、それは初めてのことだったに違いない。メルティの両親は、彼女にそんな思いをさせたりしなかっただろうから。
「メルティ、ごめん……」
俺はメルティを優しく抱きとめて、あやすように彼女の頭をそっと撫でた。そして、出来る限り誠実に、メルティに語りかけた。
「俺、馬鹿だからさ。知らないうちにメルティを傷つけてた。ほんとにごめん……。こんな俺じゃあ、またメルティを傷つけちゃうかもしれないけど―――それでも。俺と一緒にいてくれないか? 頼むよ」
俺は鈍感だ。女心なんて分からないし、幼子の気持ちなんて察することもできない。そんなんだから、俺はまたメルティを蔑ろにしてしまうだろう。それでも―――俺はメルティと一緒にいたかった。まだ出会ってからそんなに日が経っていないのに、それほどまでに彼女のことが大切な存在になっていたのだ。
「……うん」
そんな俺の言葉に、メルティはこくりと頷いて、暫く撫でられ続けていたのだった。……それから数日ほど、メルティは以前にも増して俺にベッタリになったのは言うまでもない。
◇
『なるほど、そんなことがあったのか』
その日の夜、俺は正春叔父さんに電話を掛けていた。部活中にあった出来事―――主に、黒原先輩にメルティの正体が露呈した件を報告するためだ。
「それで、どうしたらいい? 先輩にはメルティのことを話すべきかな?」
そして、その件について相談する。先輩にばれてしまった以上、このまま放置することなど出来ない。とはいえ、全部話してしまっていいものなのか……その辺の判断は、叔父さんに仰ぐしかないだろう。
『うーん、そうだね。いっそ、正直に全部話しちゃってもいいんじゃないかな?』
そんな俺に、叔父さんはあっさりとそう言ってのけた。
『そもそも、君一人でメルティのフォローをするのは限界があるんだしさ。丁度いい機会だ、その先輩には協力者になってもらおう』
つまりは、黒原先輩にもメルティの学園生活をフォローしてもらおうと言うのだ。学年こそ違うが、同じ部活だし、同性であればこそ出来ることもあるだろう。だから、その案自体はいいと思うのだが……。
「でも、そんな簡単に協力してくれるかな?」
俺の懸念はその一言に尽きる。……そりゃ、先輩はいい人だ。困ってる後輩を助けるくらいのことはしてくれるかもしれない。けれど、メルティの素性が問題だ。両親の夢を追うように宇宙人を捜し求める先輩が、メルティの正体を知っても今まで通りでいてくれるのだろうか? 最悪の場合、彼女の存在を公表して、自分の成果とするかもしれない。
『その辺はほら、そういう面倒ごとを何とかするのが大人って奴さ。心配しなくていいよ』
そんな俺の懸念に、叔父さんは気軽に返してくる。何か妙案があるみたいだな。
『ところで、メルティは元気かい? ちゃんと仲良くしてる?』
「……」
叔父さんの質問に、俺は言葉に詰まった。勿論、さっきまでメルティと仲違いしていたからっていうのもある。叔父さんには余計な心配を掛けたくなくて、今もその件については黙っていたので、今更話すのも気が引ける。だけど、理由はそれだけじゃない。
「……Zzz」
隣から聞こえてくる寝息。それは、メルティのものだった。……俺は今、メルティと一緒に寝ている。彼女と同衾するのは毎日のことだが、叔父さんはそれを知らない。知られたらただじゃ済まないだろう。自分の愛娘が、甥とはいえ男と一緒に寝ているなんて、あの叔父さんからすれば憤慨ものだろう。いくらやましいことがなくてもだ。つまり、万が一にでもこの状況がばれたら死ぬ。故に、何が何でもばれないようにしなくては。
「……元気だよ。元気すぎて困っちゃうくらいさ」
『そっかー。元気だから、疲れてぐっすり寝ちゃってるんだね』
「……!」
叔父さんの言葉に、俺はドキリとした。……まさか、メルティの寝息が聞こえたのか? けど、こんな小さな音、電話で拾えるとは思えない。ただの偶然だろうか?
『なーんてね。それじゃあ、おやすみー』
かと思えば、叔父さんはあっさりと電話を切った。……冷や冷やした。叔父さん、妙に勘が鋭いところがあるので、今ので気づかれたかと思った。
「……寝るか」
何はともあれ、叔父さんとの電話は終わった。明日も学校だし。
「おやすみ、メルティ」
俺は隣で眠るメルティの頬を軽く撫でて、携帯を仕舞うと、布団に潜り込んだのだった。……因みに、叔父さんには同衾の件はバッチリばれていたのだが、それはまた別の話。