物語の始まりは大抵突然である
「こっちに来るだって?」
春休み。中学を卒業したばかりで暇だった俺―――遠野春彦は、自室で「異種族ハーレム物語」の最新刊を読んでいた。そんなとき、家の電話が鳴った。母親も外出していたため、俺が応対に出たのだ。
『ああ。次の日曜日、お昼頃に伺うよ』
電話の相手は父方の叔父―――正春叔父さんだった。数年ほど音信不通だった叔父さんが急に連絡を寄越したと思えば、遊びに来るなどと言い出したのだ。
「どうしてまた、そんな突然に」
『いやー、実は色々と事情があってね。ま、細かいことは会ったときに話すから。兄さんと遥さんによろしく伝えといてよ』
「まあ、いいけどさ」
この叔父さんが唐突なのは今に始まったことじゃない。有名大学の学者らしいけど、そのせいなのか突飛な行動がやたらと多かった。俺も幼い頃から、叔父さんの思いつきに振り回され続けてきた。東京で開催される夏の同人誌即売会に連れて行かれたり、ネトゲのパーティープレイに付き合わされたり、富士の樹海探索にも連れて行かれたな……因みに、遥さんっていうのは俺の母さんだ。
『じゃあ、よろしく頼んだからねー』
そうして、叔父さんからの電話は切れた。……そうか。叔父さん、こっちに来るのか。楽しみなような、不安なような、って感じだな。
◇
「そうか、正春が来るのか」
夕食の席にて。俺は父さんと母さんに、叔父さんの件について話した。
「正春君から連絡なんて、何年振りかしらね?」
「そうだな……もう三年、いや四年か」
父さんも母さんも、叔父さんのことを懐かしむようにそう言った。物臭なのか仕事が忙しかったのか、電話すら寄越さないし、こちらから掛けても繋がらないので、割と本気で生きてるのか心配だったからな。……因みに、父さんたちは「まあ、あいつのことだから」と軽く流してたけど。
「大学のほうにも顔を出さなかったらしいし、ちょっと心配してたんだけどな」
「そうなの?」
だから、父さんの言葉は、俺にとっては意外だった。……学者なんだから、てっきり職場である大学にはちゃんと行ってるものだと思ってたけど。っていうか、出勤しなくて仕事をクビにならないのか?
「あいつは特別優秀らしくてな。定期的に報告を続けてたら、大学に出勤しなくていいらしいんだ」
父さん曰く、叔父さんは出勤義務が免除されるほどの優秀な人材らしい。あのぶっ飛んだ叔父さんからは想像も出来ないな。
「まあ、来たら少し説教してやらないとな。もっとまめに連絡寄越せって」
「そうよね」
そうぼやく父さんに、母さんも頷いた。……このときはまだ、知る由もなかった。叔父さんの訪問が、俺の人生すらも変える出来事になろうとは。
◇
……日曜日。
「ハローエヴリワン! 元気だったかい諸君!」
「「「……」」」
昼頃。宣言通りやって叔父さんを出迎えて、俺だけでなく父さんと母さんも唖然としていた。……ぼさぼさの髪と無精髭、ダサい眼鏡とよれよれシャツの中年男。それが叔父さんだった。記憶にある叔父さんの姿と寸分も変わらない。まあ、それは別にいい。問題は叔父さん本人ではなく、叔父さんの連れだった。
「ミナサン、ハジメマシテデース!」
まず一人目は、外国人のお姉さん。金髪碧眼巨乳という典型的なアメリカン美女だ。身長は俺より少し低いくらい。腰まで届く金髪はウェーブが掛かっていて、日差しを受けてきらきらと輝いていた。そんな美女が、叔父さんの隣でテンション高めに挨拶してくる。
「初めまして!」
そしてもう一人。綺麗な黒髪をツインテールにした少女だ。年は俺と同じくらいだろうか。だが、この子もかなりの巨乳で、同世代の女子よりも明らかにでかい。それだけでなく顔立ちも整っていて、まるでグラビアアイドルのようだった。そんな二人が、叔父さんと一緒にいる―――何が起こったらこうなるんだろうか? 言葉を失うのも当然である。
「ああ、紹介するよ。僕の妻と、娘だよ」
「え」
叔父さんの言葉に、父さんが声を漏らす。
「今日来たのは他でもない。娘をここに下宿させて欲しいんだ」
「え」
続いて、母さんが声を漏らし。
「四月から春彦君と同じ学校に通う予定だから、色々とよろしくね」
「え」
そして、今度は俺。
「因みに、妻は宇宙人で、娘は三歳なんだよ」
「「「えーーー!?」」」
そして親子三人揃って、驚きの声を上げたのだった。
「改めて紹介するよ。妻のアリシアと、娘のメルティだ」
「トノオアリシア、ト申シマス」
「遠野メルティです」
三人を家に招き入れて。リビングで三人並んだ叔父さんたちはそれぞれそう言った。……とりあえず、金髪お姉さんがアリシアさんで、この女の子がメルティ。それぞれ俺の義理の叔母さんと従妹になるのか。
「……それで? 暫く連絡も寄越さないと思ったら、いつの間に結婚してたんだよ?」
父さんはハンカチで冷や汗を拭いながら、叔父さんに問い掛けた。……正直、叔父さんが結婚していたというだけでも驚きだが、まさか子供までいるだなんて。どう見ても叔父さんの子供には見えないし、アリシアさんの連れ子かな?
「うん。それについて話すと長くなるんだけど……まあ、簡単に言うとだね。ある日突然宇宙人―――つまりアリシアと出会って、それで出来た子がメルティだよ」
「……その、なんだ。本当なのか? 宇宙人ってのは」
父さんが躊躇いがちに尋ねた。……宇宙人。この、どう見ても欧米美女なアリシアさんが、地球外生命体だって言うのだろうか? っていうか、メルティは叔父さんの子供なのかよ? そうなると、前言通り三歳児ってことになるのだが……ちょっと現実をうまく受け入れられないでいる。
「まあ、見てもらったほうが早いかな。アリシア」
「ハーイ」
叔父さんが言うと、アリシアさんは右手を前に出した。そして次の瞬間、その綺麗な右手がドロドロに融け始めたのだ。
「なっ……!」
「ひっ……!」
突然のことに、父さんと母さんが悲鳴を上げる。当然だろう。人の腕が融けるなんて、ホラー以外の何者でもない……普通なら。
「ニョロニョロ~♪」
融けた腕はまるで触手のようになって、うねうねと蠢いていた。その光景は、アリシアさんが普通の人間でないことの証明に他ならない。
「まあ、そういうわけだよ。普段、アリシアには人間に擬態してもらってるのさ。あ、もういいよアリシア」
叔父さんがそういうと、アリシアさんの腕が元に戻る。……人間に擬態しているということは、本来のアリシアさんは不定形なスライムっぽい姿なのだろうか?
「兄さん、遥さん、大丈夫かい?」
「あ、ああ……」
「え、ええ……」
アリシアさんが元に戻ってからも、父さんたちは少し放心していた。それに、アリシアさんに対してちょっと怯えているようにも思える。
「一体、何があったら宇宙人と結婚することになるのさ?」
仕方がないので、俺が叔父さんに尋ねることにした。幸い、この手の話は耐性があるというか、割と得意分野なので、父さんたちみたいになることもないし。
「そうだね……ちょっと長くなるけど、語ろうかな。僕とアリシアの壮大なラブロマンスを」
そう言って、叔父さんは大袈裟な仕草を交えながら話し始めた。
「ことの発端は四年くらい前。研究のため、僕が山奥の研究室に篭もり始めた頃だった」
叔父さんは職場である大学には出勤せず、自前の研究室で日夜研究に没頭していたらしい。多少の不便さはあれど、煩わしい人間関係と無縁の環境は叔父さんにとっても好都合だったようだ。叔父さん、変人だから人間関係に苦労するんだろうな。
「そんなとき、山に隕石が落ちてね。小規模だったからニュースにもならなかったけど、その山に篭もってればさすがに気がついてね。様子を見に行った先で出会ったのが、アリシアさ」
宇宙人と断言していたのは、隕石の落下地点で出会ったから。そこで二人は劇的な出会いを果たしたらしいのだが、こればっかりは当事者でないと理解できないだろう。
「彼女を連れ帰って色々観察しているうちに、意思疎通が出来るようになってね。地球のことを教えて、僕もアリシアの故郷について教わってるうちに、自然と愛し合うようになったのさ」
叔父さんはまともに彼女も出来なかったと聞く。全くモテないわけではないのだけれど、「自分は研究と二次元にしか興味がない」と断言していたそうな。そんな叔父さんが恋に落ちるなんて、よっぽどのことだろうな。つまり、叔父さんの相手は地球の女では務まらないのだろう。
「男と女―――まあ、アリシアが生物学的に雌なのかは今でも疑問なんだけど、ともかくつがいになったら、やることは一つだろう? という感じで、メルティが生まれたのが三年前さ」
叔父さんの性事情なんて聞きたくもないけど、それが宇宙人相手となると少し興味も出てくる。とはいえ、それは話の本筋じゃないし、一旦スルー。
「メルティは最初から人間の姿で生まれてきてね。やっぱり娘は父親に似るのかな? 初めての育児も大変だったけど、驚いたのは成長速度でね。一月で歩き出したかと思えば半年で幼児くらいにはなっていて、一歳の誕生日が来る頃には小学校低学年くらいまで成長していたのさ」
叔父さんの話に、俺はようやく合点がいった。どう見ても俺と同世代なのに三歳だと言うから耳を疑ったけど、宇宙人と地球人のハーフ―――そんな特殊な生まれで、成長速度も人と違うのならば、別におかしな話でもない。
「そんなわけでね。彼女を学校に通わせるにも条件が厳しくて……その点、春彦君が通うのは僕の母校で、校長と理事長は僕の恩師。個人的なコネのお陰で色々と融通が利くものでね。だからここに下宿させたいんだ。どうせだったら、事情を把握してる人間が一緒にいたほうが何かと心強いし」
だから、叔父さんは唐突に現れたのだ。娘の進学のために。俺たちに事情を話して、協力を取り付けるために。
「……話は分かった」
一通り話し終えたところで、父さんがようやく復活した。
「ま、まあ、特殊な事情はあれど、俺らからすれば姪っ子だ。下宿の件は引き受けよう」
「さすが兄さん、話が分かるね」
「お前はどうせ、宇宙人でもないと結婚なんて一生できなかっただろうからな」
意外にもあっさりと叔父さんの話を受け入れた父さん。叔父さんへ呆れ気味にそう言ってから、アリシアさんのほうを向く。
「アリシアさん。愚弟を貰ってくれて、感謝します」
「イエイエ」
そして、アリシアさんに頭を下げた。……酷い言いようだけど、弟が結婚できて嬉しいんだろうな。そのせいか、細かいことはどうでもよくなってるのかもしれない。
「それとメルティちゃん。ここを自分の家だと思っていいからね。これからよろしく」
「はい。よろしくお願いします」
そして、メルティのことも歓迎している。……突然始まった、美少女との同居生活。なんだよこのラブコメ展開?