初めてのときめき
翌日、僕は学校に行きたくなかった。教室に行けば、理恵と会う。どういう態度をすればいいのか、分からないからだ。
暗い気分で、学校に向かった。足取りも重く、ゆっくりと歩いていると、後ろの方ら誰かが近づいてくる気配がした。
キャッキャ、キャッキャ、、、。
振り向くと、数名の女子のグループが近づいてきたのが分かった。僕は、その中に理恵の姿を見つけた。女子たちは、ワイワイと騒ぎながら、走り寄ってきた。そして、僕を追い越そうとした時、理恵と目があった。僕はドキッとした。
『洋介〜、のろのろ歩いてると、遅刻するぞ〜。』
大声で叫び、僕の頭を叩いて、笑いながら走り去って行った。
『痛えなー。何するんだよ。こら、待てー。』
僕は、ほっとした。そして、少し嬉しかった。理恵の笑顔が見られたからだ。でも、理恵のその明るい笑顔の下に、誰よりも繊細な優しい心を持っていることを僕は知っている。
昨日、剛に言われたことを思い出した。
『、、、お前は、表面だけしか見ていない、、、』
剛の指摘は的を得ていた。僕は今まで、理恵の表面だけしか見ていなかったのだ。女子は苦手だなどと、カッコつけていたが、ただ単に逃げていただけなのだ。
教室に入り、自分の席に着いた。教科書を取り出そうと思い、机の中に手を入れると、見覚えのない四角い封筒が出てきた。封筒を開けると、中にはハンカチとメモが入っていた。そして、それが僕のハンカチだと、すぐに分かった。昨日、理恵に渡したハンカチだ。メモには一言だけ書かれていた。
『洋介君、優しいね。ありがとう。』
くしゃくしゃだったハンカチは、まるで新品のように、綺麗になっていた。そして、くしゃくしゃだった僕の心も、まるで洗われたようにスッキリしていた。僕はハンカチを封筒に戻し、カバンにしまった。なんだか凄く大切なものに思えてならなかった。
授業中、ふと窓の外を見ると、校庭の桜がピンクに染まっていた。僕は、ぼーっと外を眺め続けた。
父さん、僕が成長して大人になり、男の優しさの答えが分かったら、昨日の出来事を父さんに伝えようと思う。
『こら、榊原!授業中に、何、よそ見してる。』
先生の声が教室に響いた。
『す、すみません。』
頭をかきながら謝ると、みんなが一斉に笑いながら、僕を見てきた。もちろん、その中には理恵もいた。不思議だが、理恵の笑顔だけが、大きく見えた。僕はドキッとした。幼馴染の理恵を、初めて異性として意識した瞬間であった。その笑顔をずっと見ていたい。優しい心を守りたい。僕は今、理恵にときめいている。
僕は再び窓の外を眺めた。あの桜並木の桜も咲いているのかなあ。もし、桜の花が咲いていたら、今度の日曜日、理恵を花見に誘ってみよう。
このとき、僕の心の中には、初恋という桜が咲き始めていた。