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理恵ちゃん泣かないで  作者: ミスターT
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スズメと涙

 桜並木に戻ったのは、日暮れの頃であった。夕焼けの木漏れ日を背中に受けながら、僕はスコップを使って土を掘った。スズメの雛が収まる穴は、想像よりも遥かに小さかった。理恵は、その穴の中にハンカチで包んだままの雛を入れた。青い刺繍が施された美しい白いハンカチ。だけど、ハンカチの中の雛は見えなかった。

『理恵、ハンカチが汚れちゃうよ。』

『いいの、このままで。スズメの赤ちゃん、裸のままだと寒そうだから。』

もう死んでいるから、寒さなど感じないよ。そう思ったが、口には出来なかった。

 重苦しい空気の中、僕はスコップを使わず、両手で土をかぶせた。

『ありがとう、洋介君、、、。』

理恵は体を震わせながら、大粒の涙をぽろぽろと落とした。僕は動揺した。やっぱり、いつもと様子が違う。いつもの強い女子の理恵ではない。僕は、目の前の涙に、戸惑った。そして、何とかしなければならないと思った。 諦めさせなくては、、、。

『しょうがないよ。死んでしまったのは、このスズメの運命だったんだよ。』

だけど、理恵の涙が止まることはなかった。そして、か細い声で衝撃的なことを話し始めた。

『あのね、正樹君のことを覚えてる?』

どうしたんだ。突然、違う話題を振ってきたりして。

『もちろん覚えてるさ。』

正樹もまた、同じ保育園に通っていた幼馴染だ。幼き日、3人で遊んだことを、おぼろげに記憶している。そして、それが楽しかったということだけは、はっきりと覚えている。正樹は僕なんかと違い、すごく頭が良くて、今は有名私立中に通っていると聞いている。

『正樹がどうしたの?』

僕が質問したとたん、理恵はその場に崩れ落ちた。

『だ、大丈夫か、理恵。いったい、いったい、どうしたんだ?』

『正樹君、正樹君、、、』

声が震えている。

『ま、ま、正樹君が死んじゃった、、、わあああああ、、、、。』

僕は、その場で立ちすくんだ。泣きじゃくる理恵。きりりとした鋭い目の強い同級生の姿は、そこにはなかった。それは、まるで幼児のようであった。幼い頃に見た、泣き虫の保育園児の理恵がそこにいた。僕は理恵の普通でない様子の意味を理解した。しかし、どう声をかければいいのか分からなかった。正樹が死んだ、、、。僕はハッとした。ついさっき、僕はとんでもないことを言ってしまったことを思い出した。


『、、、死んだのは、運命だった、、、。』


なんてことを言ってしまったのか。デリカシーがなさ過ぎる。なんて馬鹿なんだ。僕は体の中心が熱くなるのが分かった。そして、僕自身も普通でなくなっているような気がした。運命などと軽々しく発したことを後悔した。

 僕は、ポケットからハンカチを取り出した。くしゃくしゃなハンカチだ。黙って、それを理恵に差し出した。理恵も黙って受け取り、赤く腫れた目を押さえた。

 どれくらい時間が過ぎたのだろうか。多分、2,3分のはず。でも、僕には凄く長い時間に感じられた。

『理恵、帰ろう。家まで送って行くから。』

理恵は、小さくうなずいた。二人で歩いたが、理恵の家まで全く会話はなかった。


 帰宅すると、母さんから正樹が病気で亡くなったことを知らされた。半年前から入院していたらしい。3日前から容態が急変し、今朝、息を引き取ったのだという。正樹の命を奪ったのは白血病だった。僕は、うつむき、両手を強く握って、泣くのを我慢した。いや、我慢しようとした。でも、悲しくて、涙が流れるのを止められなかった。生まれてから始めて味わう感覚であった。正樹が死んだ。その現実を受け止めることが出来なかった。前を見ると、母さんも泣いていた。

 その夜、僕はなかなか寝つけなかった。頭の中では、理恵の泣き顔が何度も浮かんでいた。僕は何で、あの時、あんなことを言ってしまったのだろう。自分は、なんて最低な男なんだ。理恵は、正樹の死を知らされ、悲しみの嵐の中、弱っているスズメの雛を見つけたのだと思う。死というものを目の当たりにして、雛を放っておけなかったのだ。生まれたばかりの小さな命を見過ごすことが出来なかったのだ。

 僕は、掛けていた布団を頭に被り、叫んだ。

『ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、、、。』

何度も叫んだ。悔しくて、悔しくて、涙が溢れ出てきた。僕は、あの時、結局、その場をなんとかしのげればいいと思っていただけなのだ。理恵の涙の理由を考えもせず、その涙から逃げることしか考えていなかった。それは、その場しのぎの、薄っぺらい優しさだ。父さんの言葉を思い出した。


『男は女性に優しくしなければならない。女性はか弱き生き物だから。』


 その言葉の意味を少し分かったような気がした。でも、僕はあの時、どうすれば良かったのか。父さん、男の優しさとは、いったい何なのですか。考えても、考えても、正解は見つけ出せなかった。

 理恵の心は、僕の想像ができないほど、繊細で壊れやすいものだと知った。女子の心というものが、そういうものだと初めて知ったのだ。理恵の中の心、その純粋な心に、僕は打ちのめされた。


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