桜並木
僕の通学路には、途中に桜並木がある。100mほど続く立派な桜並木だ。お花見のシーズンになると、大勢の人で賑わう。でも、桜の花はまだ咲いていない。
部活が終わり、帰宅していたときであった。その桜並木の歩道で、誰かが膝を曲げて屈んでいた。制服を着ていたので、一目で同じ中学校の女子だと分かった。こんなところで何をしているのだろう。僕は不審者を見るような目で見つめながら、横を通り過ぎようとした。
あっ、理恵だ。同じクラスの女子の理恵だ。俺は思わず、声をかけた。
『理恵、こんなところで何してるんだい。』
理恵は、しゃがんだまま俺の方に顔を向けた。 大きい瞳が僕を見つめる。力強い目だ。佐藤理恵。剛が言うように、確かに見た目は可愛いかもしれない。
『あっ、洋介くん。』
理恵は、僕が苦手な女子の代表格だ。自分の意見をはっきり言える強い女子である。この前も、教室で悪ふざけをしている男子数人に対し、
『あなたたち、いい加減にして。ここは、みんなの教室でしょ。騒ぐなら外でやって。』
と一喝。その迫力に、男子は、言い返せず、教室から渋々出て行く始末。そんな強い女子なのに、理恵に対してだけは、唯一、話すことが苦痛に感じない。矛盾に感じるかもしれないが、それには、ちゃんとした理由がある。僕と理恵は、いわゆる幼馴染。2歳の時から知っている。同じ保育園に通っていたからだ。だから、僕は、理恵のことを、全く、女子として意識していない。
『こんな時間に、こんなところで何してるんだい?』
僕は、さっきと同じ質問をした。
『これ見て。』
理恵が、桜の木の根元を指差した。指の先を見ると、何かが小さく動いている。それが何なのか、すぐに分かった。小さな鳥の赤ちゃんだ。僕は、桜の木を見上げた。どこかに鳥の巣があるのではないかと思ったからだ。巣があれば、親鳥がいるはず。でも、巣を見つけることは出来なかった。雛はときどき体を震わせている。
『これ、スズメの雛だと思うけど。かなり弱ってるぞ。』
『そうみたいなの。』
『このまま放っておいたら、カラスに食べられてしまうかも。』
理恵が僕を睨んできた。
『なんて、酷いことを言うの。信じられない。』
『僕は事実を言っただけだよ。』
『あっそう。思いやりのない貴重なご意見を、ありがとうございました。ふん。』
本当に気の強い女子だ。理恵は僕を無視した。しかし、雛を見つめる心配そうな表情は、いつもの強い女子の顔ではなかった。
『ねえ、洋介君、なんとか助けられないかなあ。』
そんなことを言われても、どうしていいか分からないよ。俺はあからさまに、嫌そうな顔をしてしまった。
『やっぱり頼るんじゃなかったわ。もういい。自分でするから。』
理恵の機嫌が悪くなったのが分かった。いつもの強い女子の顔に戻っている。しかし、自分でするって言ってたけど、スズメの雛をどうやって助けるつもりなのか。僕は一つ閃いた。
『あのさ、僕の隣の家に住んでいるおじいちゃんに頼んでみようか。その家、小鳥をいっぱい飼っているから。きっと、雛を育てたこともあると思うよ。だから、色々と知っているかも。』
理恵の顔が、パッと明るくなった。
『本当。お願い、頼んでみて。さすが洋介君。そうだ、洋介君の家って、ここからすぐのところよね。』
理恵は、弱った雛をハンカチで優しく包むと、僕の家に向かい歩き始めた。僕の家の場所を覚えているようだ。理恵は強いだけではない。行動力もずば抜けている。しかし、自分勝手だ。さっきは、頼るんじゃなかったとか言ってたくせに。しょうがないなあ。僕は、僕の家に向かう理恵を追いかけた。