15.気が付いたら畏怖させていた。
ローマル三世がシャムロック国境の町マルサスを訪れた時、目を疑う様な光景が広がっていた。
辺境の町でありながら、道路は石畳で舗装され路地裏の悪臭も無く、ごみ一つ落ちていない。
多くの人々が集まり、色とりどりの意匠を凝らしたデザインの服を着ている。
建物の窓にはガラスがはめ込まれておりきらびやかに輝いていた。
「これは、ここは何だ?本当に辺境のマルサスなのか?」
ローマルからマルサスへは半月ほどかかるが、その道程のほとんどが荒野である。
移動に必要な食料も馬鹿にならない為、この町を訪れる者は皆無に等しかった。
シャムロックに対する情報は三十年ほど前のもので最近の情報が無かったことがこの驚きをもたらしたといえよう。
「ようこそいらっしゃいました。ローマル公王陛下。
では、これより本日の宿泊所に案内いたします。」
警備兵から連絡を受けた案内人が歓迎の意を示す。
よく見ると集まった人々は道の脇に並んでおり、それぞれシャムロックを表す四つ葉の旗やローマルを表す大鷲の旗を振っている。
どうやら町をあげての歓迎をしているらしい。
ローマル公国の一行は町の中心部にある「ホテル・マルサス」
地上八階建ての建物はこの町一番の高さを誇り、最上階からマルサスの町およびその周辺を一望できた。
その景色を見たローマル公王はおもわず声を上げた。
「あの黄色や緑の物は何じゃ?!」
供の者も驚きを隠せないでいる。
「あれは収穫間近の麦畑と果樹園ですね。」
案内人がそう答えるとローマル公王は疑問を投げかける。
「麦畑?あの辺りは我が国と同じく耕作に適さない荒野だったはず・・・。」
「レオポルド王の土地改良政策の結果です。」
(一体どのような方法であの様な麦畑が出来るのか・・・。)
ローマル公王は考える。
(これは何としてでも、レオポルド王にその方法を教えてもらわねばならぬ。)
ランソール王国から鉱山街のレンシアまで険しい山道を登り、谷を越えれば到着する。
だが一行はその手前の谷の所で留まっていた。
「これは何なのだ?」
ランソール国王シュヴァルツはそう言わざるをえなかった。
と言うのも、谷には石と鉄でできた大きな橋が架かっており、そこから伸びる二本の鉄の棒の上に細長く大きな四角い鉄の箱が存在したからだ。
そして案内人は鉄の箱に乗るように勧めてくる。
(王都もあろうものがこれしきの事で動揺してはならぬ!)
シュヴァルツの旅は始まったばかりなのである。
グース教国最高司祭アレッサンドロ・ランソルは動く電車の窓から景色を眺めていた。
彼はひざ元にマリーデル教の聖典を乗せていた。
その聖典は彼の物ではない。
この特別車の個室に備え付けられていたものだ。
通常、聖典は聖職者が1冊1冊手書きをする。
そのため数が無く、広く行き渡ることはない。
だがこの車両は歓迎用の特別車両であり、個室には全て聖典が備え付けられている。
それは聖職者が書いている物よりも美しい字体と紙で出来ていた。
(このように数多くの聖典を作るとは驚きです。これをわが教国に仕入れたならば信者全てにマリーデル様の教えが広がると言う物です。)
ジスティル王国は陸路でなく海路を使い移動してきた。
さすがに百騎の供は多すぎたのと国家の力を見せつける為、最新鋭の軍船に乗りシャムロック南、クロワ港に到着した。
だが、彼らを出迎えたのは黒煙を吐く鋼鉄の船。
ジスティルの最新鋭軍船の倍以上もある軍艦であった。
それは船と言うにはあまりにも大きすぎた。
大きく、硬く、重く、そして武骨すぎた。
それは正に波間に浮かぶ鉄塊であった。
「なんだ!あの異様な船は!」
「全長が百五十メルトだと!わが船の三倍では無いか!!」
「鉄塊が浮いている?!」
「あの上部にある筒状の物は何だ?」
ジスティルの驚きの声を打ち消す様な怒号が鳴り響く。
ドォオオオオオン!ドォオオオオオン!ドォオオオオオン!
ジスティルの軍船を歓迎する祝砲であった。
その轟音はジスティルにとって限りなく恐ろしいものに聞こえた。
(何という音だ!だが、師子王の名に懸けて怖気づくわけにはいかぬ!!)
「ようこそ。シャムロックへ。私はアルベール・ブノワ、王国騎士団の騎士団長をしている者です。」
号砲に驚いているジスティルの一行の前に案内役として現れる。
「いかがですかな。我が国の誇る最新鋭艦、ドラゴン・バスター号は。
ちなみに、祝砲を鳴らしたのが1号、その隣が2号、このシリーズは現在7号まで作られています。」
「ドラゴン・バスター・・・正に竜殺しと言えるような艦ですな。それが7隻ですか。」
ジスティル王は恐怖を飲み込みそう答えた。
(竜と言う物が居れば、倒せそうな気はする・・・。)
「どうぞこちらへ。クロワ港から王都まで鉄道で移動します。」
「鉄道?」
「移動用の・・・説明するよりも実際に利用してもらうのが早いですね。」
その一時間後、ジスティル一行は鉄度の旅を楽しんでいた。
「何と言う力強さ!何という速さ!」
「これ程の人員を一度に運べるとは・・・。」
「その上、宮廷と同じ様な料理が移動しながら食事できるのも素晴らしいですな。」
「食事をしながら美しい景色を見る。何と素晴らしいことか。」
レオポルド王は王城の正面玄関に立ち来賓を出迎えていた。
王城の広間から正面玄関を通り鉄道の終点駅の王城前まで赤い絨毯、レッドカーペットが敷かれ、その両脇の通りには大勢の市民がやって来る来賓を歓迎していた。
「リシャール、次はだれの予定だ?」
「予定では、ジスティル王国、国王ヴァルデマール・ジスティルⅦ世殿ですね。」
「武人と名高い、ジスティルの師子王殿か。一度お会いしたいと思っていたのだよ。」
(これは楽しみだ。戦場の色々な話も聞けそうだ。)
「おっと、到着されたようだ。」
ジスティルの国王らしい人物は十人ほどの供の騎士に囲まれて、電車を降り立った。
王自身もそうだが周りにいる騎士たちも屈強な者を揃えている。
そんな集団へレオポルドは歓迎の意を示すため近づいて行った。
だが、その動きを警戒してか、周りの騎士が王の守りを固める。
(うーん。どうも近づきにくいな。よし、少しフェイントを入れて・・・。)
レオポルドは軽くフェイントを混ぜることで、するするとヴァルデマール王に近づいて行った。
「ようこそ!ヴァルデマール・ジスティルⅦ世殿。私は国王のレオポルドです。」
そう言うとレオポルドはヴァルデマール王の手をしっかりと握り握手した。
(うむ、流石に武人だけあってしっかりと握り返してくれるな。熱烈歓迎をアピールするぞ。)
ぎゅううううう。
「では、こちらへ案内いたします。」
レオポルドはカーペットの端を歩き、ヴァルデマール王を案内する。
師子王と言われる彼だが今一つ顔がすぐれないようにも見えた。
「陛下、いかがしましたか?」
各国ごとにあてがわれた部屋に入ると供の一人がジスティル王に尋ねた。
「見よ。これを。」
ジスティル王はそうゆっくりと言うと、右手の籠手を外して見せる。
王が外した右手の籠手のレオポルドの指の形に凹んでいた。
「籠手が・・・」
「何と言う剛力であるか。」
「そう言えば、ここまで案内してくれた騎士団長はこの国で一番の剣士らしいのですが・・・」
「ふむ、あの者か。周囲への警戒、身のこなし、確かにうなずける。」
「私より優れたお方がまだ存在すると・・・。」
「「「「「!!!!!」」」」」
「余も、懐に入られたのは初めてである。」
ジスティル王は静かに言った。