10.気が付いたら改良していた
ついに王城に大浴場が出来た。
完成まで三年。
王都の中央排水路はまだ五年ほどかかるが、王宮からの排水は裏道を通り処理場へ排水される。
当然、王宮の各所にトイレを完備。
カグワシイ臭いのする部屋は存在しない。
大浴場は一部が露天になっており、王都を含めた絶景が見ることが出来る。
今日は素晴らしい環境の中、大浴場を満喫する。
そういう計画だったはずだが・・・。
「これがレオポルドの作らせた風呂と言う物か。」
「はい、この大きさですのでこれだけの人数が入っても余裕がある設計になっております。」
トリスタン王だけでなく、宰相や開発に尽力を尽くしてくれた王宮研究所の職員も一緒に入っている。
「しかし、この風呂と言うものは良いものですな。一日の疲れが取れるようですぞ。」
「本当にその通りですな。」
「これに近いものが王都にも二つほど作られたそうです。」
「しかもそれぞれ違った特徴を持つ風呂だそうです。」
「ふむふむ。いずれ王都の風呂にも行ってみなくてはならぬな。」
これだけの大人数で入るのは予想外だったが、王や宰相、研究員も喜んでいるので良しとしよう。
「ところで、レオポルド王子。」
一人の研究員が俺に尋ねて来る。
「なんだ?」
「処理場の堆積物の件なのですが・・・。」
三年も処理場を使用していれば、堆積物が増える。
彼はその事を言っているのだろう。
堆積物を埋めるのは近くのモンアーグル石切り場跡を使うのが一番いいのだろうが、今は辺境の荒野を使うのがいいだろう。
「そうだな。将来は石切り場を使うべきだが、今は辺境の荒野を使うのがいいだろう。」
「はっ。ではそのように手配します。」
そう言うと研究員たちは風呂から上がっていった。
「宰相、我々も上がるとしようか。」
「はっ。」
大勢が入っていた風呂はあっという間に俺一人になった。
(広い風呂を一人で使うのは贅沢だねぇ。)
俺は一人、何年振りかの大風呂を満喫していた。
一方その頃
王宮の研究室では・・・
「やはり、私の考えた通り王子は辺境の荒野を改良するお考えだったのだ。」
唾を飛ばさんとする勢いでビニスティが熱弁を振るう。
「排水量に比べて処理場の規模が大きく、沈殿槽が十もあるのはこの為だったのだな。」
「はい。王都から出た汚物を年単位で管理し、それに近くの森林や麦わらを加えることで堆肥に変える仕組みです。」
「しかも、王子は処理場をから近いモンアーグル石切り場跡をも改良する気でおられる様なのです。」
「石を切り出した後は何もなくなったあの場所をか!」
「どうやら、あの場所に処理場を作ったのはその為の様なのです。」
「うむううううう。王子のお考えには頭が下がる思いだよ。」
「しかし、堆肥について貴殿は良く知っていたな。」
研究員の一人がビニスティに尋ねる。
「異国の文献で読んだことがあるのです。やはり王子も読まれていたのですよ。」
「ふふ、ビニスティ君。あの王子だよ。読んでいないはずが無いじゃないか。」
「まったく、その通りですね。」
「王子は判っていて我々に任せてくれたのだ。その期待に応えようじゃないか。」
「「「「「「はい!」」」」」」
研究員一同が賛同した。
一方、王と宰相は・・・
「宰相、レオポルドについてどう見る?」
「はい。行われた事業を見るにつけ、稀有な才能を持つ方かと。」
宰相は続けて
「さらに特筆すべきは、その功績を己が手柄と言わない事であります。」
「そればかりか、その功績は研究員や市井の人々があってできた物と言ってはばかりません。」
「それ故、研究員や市井の人々はその王子の言葉に感銘を受けたものも多くいます。」
「王子自身も、<自らが全てを成す必要はない、出来るものに任せるのが良い。>と考えているようで、正に上に立つ者としての自覚が出来ているものと思われます。」
「では?」
「レオポルド王子は次期王としての資格が十分にあるかと。」
その日トリスタン王は決意した。
次期王をレオポルドとすることを。
そしてその戴冠の日はまもなくであるという事を。
風呂に浸かりながら今後の事を考えていた。
階段の柱に頭を打ったはずみで生まれる前の記憶が戻った。
だから、何かの拍子に記憶が無くなってもおかしくない。
王宮の図書館で色々調べた結果、この世界の法則は元の世界と変わらない。
前の世界の知識は有効なのだ。
やはり、覚えていることは今のうちに書き留めておくべきだろう。
そう言えば、漫画に江戸時代の技術でペニシリンの製法を描いたものもあったな。
あの製法も覚えている内に書き留めておくべきだろう。
あと、天然痘とかの予防方法も。