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桃栗太一の暴走

 だってしょうがないじゃんしょうがないだろこれ。

 デート帰りの夕方に、おれの家で二人きり。期待するさ。そりゃ期待しちゃうともさ。

 別に自意識過剰ってこともないだろ? おれとアユムちゃんは恋人同士だし!


 ていうかもしかしてこのひと、またノーブラなんじゃないかっ? 肩のところにブラ紐が見当たらないんだけど!?

 これって、誘ってる? 押し倒され待ちだったりする? 押し倒すのが礼節だったりするんじゃない?

 だってガードの甘さを反省したところだぞ、これからは気をつけるって言ったばかりじゃないか。それでノコノコ、男の部屋についてきてんだ。これはもういっちゃってもいいやつでしょう!


 ――いや、待て、落ち着け。おれは何度こういう暴走をすれば反省するんだ。

 彼女はもともと男、ついでにおれを、年下のボウヤだと舐めて見ているところがある。自分で言うのもなんだけど、おれって見た目が超草食系だしな。桃栗くんトイレ行かなさそうとまで言われたことあるし。

 

 やっぱり彼女はそんなつもりなくて、雨宿りしているだけってのが正解なんだろう。

 落ち着け、おれ。

 がっつかないってのは、あの夏の夜――初めてアユムちゃんとキスをした日から、心に誓っていたこと。

 おれは確かに、カッコツケだけど。シノブちゃんに言ったことは虚栄なんかじゃない。本当に、そう思ってるんだ。


 大切にしよう。鈍感で清純な彼女、おれはそんなアユムちゃんを好きになったんだから。


 ……すうはあ、深呼吸。

 うん、よし、落ち着いた。

 これでOK。紳士なモモチの完成だ。


 くいくい、と、裾がひかれた。横に座っていたアユムちゃんが、上目遣いでおれを見ていた。


「モモチいま、やらしーこと考えてただろ」


 ぶはっ。おれは吹き出し、突っ伏した。フフンと得意げにわらうアユムちゃん。


「真面目な顔でごまかしても無駄だぞ。モモチ、すっごいわかりやすい。あたし『青鮫団』の団長だもん、後輩が考えてることはお見通し」

「げほっ、げほっ、な、なんだよ、違うよ! さっきはもう真面目にちゃんと」

「さっきは? その前は? ふふっ、いいよ隠さなくても。モモチがむっつりすけべなの、もうずっと前から知ってるもん」


 けらけらっ、と笑い声。おれはもう返す言葉もなく、ただ赤面して縮こまっていた。

 ああもう最悪……彼女の前だと、どうしてもこうも格好つかないんだ。

 男の鱶澤さんにも、このアユムちゃんにも、なんだかずっと恥ずかしいとこばかり見られている気がする。

 逃げ出してしまいたかったが、裾がまだつかまれているので立ち上がれない。居心地を悪くしたおれに、彼女は苦笑いで、囁いてきた。


「ねえ。……触りたい?」

「へっ!?」


 素っ頓狂な声が出た。

 なにかの聞き違いかと、目を剥き耳を過敏にして振り返る。


 だが確かに、彼女はおれの理解した通りのことを言ったらしい。視線をそらし、袖で口元を隠していた。

 剥き出しになった肩、鎖骨までもが赤く染まっている。

 萌え袖にしたおれのスウェットで、彼女は声をくぐもらせ、言った。


「モモチに、触ってほしい。あたしの体の、大事なとこ」


 おれは彼女に飛びついた。



「ひゃ! ちょ、ちょっ待って!」


 スウェットは男性用Mサイズ。決して大柄ではないおれのものだが、彼女にとっては大きすぎた。ぶかぶか、ゆるゆるのウエストを紐できつく絞り、結ばれていた。それでもしょせん、ちょうちょ結び。一本掴んで引っ張ればすぐゆるむ。


「待って、何? ちが――モモチ、モモチ違うっ、待てって!」


 一気に足先までひっぺがす。その勢いで、彼女はコロンと後ろ向きに転がった。


「ひゃあ!」


 慌てて座り直し、合わせた腿にトップスを引き延ばす。股間をそうして隠すと、胸の形がクッキリ浮かぶ。やっぱりノーブラだ! もしかして下も?

 性格とおなじ、つんと前向きに自己主張する生意気なおっぱい。おれはさっそく、鷲掴みにしようと手を伸ばし――


 その手を引き寄せられる。彼女の胸に肘がくっついた――とたん、言い表せない激痛が走り、おれは絶叫した。

 見た感じ、手首のを内側へ軽く押されているだけである。身をこわばらせたところへ掌打、さらにわきの下に手が添えられて、そのままぐるり、おれの全身が宙を舞う。

 視界が一回転し、目を回している間になにやらわけがわからないことに。


 気が付くとおれは、彼女に片腕をねじ上げられ、床に頬をくっつけていた。


「大丈夫? 痛くない?」


 なぜか、優しい言葉が降る。いまは痛くない。少しでも動くと悶絶級の激痛だが。


 ……忘れてた。彼女の亡き父親は自衛官。家族を守るため、幼少から格闘技の英才教育を受けていたという。そう、鱶澤さんは『青鮫団』の団長、不良少年たちを束ねるカリスマ番長だったのである。

 女体化し、腕力こそ普通の女の子並みになったといえ、護身術の技なら健在だ。


 冷静になり、コクコク頷くと、すぐに腕を放してくれるアユムちゃん。

 彼女は怒ってはいなかった。暴走した全力少年から身を守っただけである。腰に手を当て嘆息し、苦笑していた。


「もー、ばーか。いきなりなにするんだよ、すけべ」

「ご、ごめん。でも、だ、だって」

「違うし。ていうかたとえそうだったとしても、無言でズボン脱がしにかかるやつがあるか。反省しろ反省」


 うっ、それは……確かに。大いに反省すべきところ。

 ……だけど違うってのはなんだ? 彼女はたしかに言ったはずだ。「あたしの大事なところを触ってほしい」って。それって、そういうこと……じゃないのか?


 不満げなおれを前に、一応、彼女も自分の言葉足らずを察したらしい。アユムちゃんはもともと、口のうまいほうじゃない。うまく言語化できないようだ。

 ただ、向かい合ったおれの両手をとる。


「んと……まず、背中……撫でて」


 と、腕の中に入り込んでくる。おれはなんだかわからず、彼女を抱きしめた。震える手で、背中を撫でる。ちいさな背中、短い背骨を二往復で、アユムちゃんはおれから放れた。そして再び、おれの手を取り、今度は腰にあてさせる。


「それからココ……親指がコッチで、掴んで……おなかのほうに向かって絞めるみたいに、ギュってされたの。そう、そんなかんじ」


 言われるままにしつつ、おれは気づいてアッと声を上げた。


 これ、昼間の……電車で触られたって、彼女が話していた内容だ。

 アユムちゃんはおれに、痴漢のトレースをさせているのだ。


「な、なんで、こんなことを……?」


 まさか痴漢プレイに目覚めて――なんて戦々恐々とするおれに、アユムちゃんは赤面したまま笑った。


「えっと、なんていうの。消毒……上書き保存?」

「なんのために」

「意味はないけど、そうしてほしいなと思って。……あのね」


 彼女は話す。骨盤をおれに摑まれながら、猫のような目をうるませて。


「……昼間はほんとに、なんともなかったんだ。けど、モモチが怒って、あたしのこと、大事なカラダだって言ってくれて。

 あーあたし、大事なとこ、知らない男に触られたんだなって。減るもんじゃないけど、なにか、奪われたような気がして。

 そしたら、急に気持ち悪くなってきた。触られた感触がよみがえって、ぞわぞわするんだ。今からでも捕まえて、警察に突き出してやりたいけど無理だしさ。

 ……モモチの手で、アイロンでジュウってやるみたいに、上から潰してほしいんだ……」


 おれの手の温度は、急速に上がっていった。


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