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いっぱいでいっぱいいっぱい


 おれの両親は、いまシンガポールにいる。ふたりとも仕事のためだ。二年程度の予定だったけど、なんだかんだで三年目に突入。あと一年はかかるという。たまに帰国してくるけど、ほとんどトンボ帰りになっていた。


 そんなわけで、おれはこの静岡県にひとり、暮らしている。

 家政婦さんがくるのは日曜日、週に一度だけ。たいした家事をしてもらってるわけじゃない。親の安心のため、定期健診のようなもんである。



「――なので、今日は来なくても大丈夫です。……いや、今もう家の前で、友達も一緒にいるんで。はい。……夜? え、えっとその」


 アユムちゃんに聞こえないよう、電話口に唇を寄せ、小声になる。


「大雨警報、長引きそうだし――もしかしてもしかすると、友達、泊っていったりするかもだから邪魔しっ、そのっ――今週はおやすみしてください、はい。はい……」

「うわー、すっごい。これって大理石? 本物?」


 彫刻をペチペチ叩きながらはしゃぐアユムちゃん。

 自分の髪から水が垂れるのも気にせず、


「床に電気ついてる。おっしゃれー。駅前だもん、土地も高いよな? モモチんち、おかねもちー」


 あまりにもストレートな言い草に、携帯電話をしまいながら、おれは笑った。


「そんなでもないよ。けっこう古い分譲だし」

「そうなのかー。でも助かっちゃったなあ。モモチの家がこんなに駅に近いなんて。あ、やばい床に泥の足跡が」

「そっ、そんなの、気にしないでっ」


 ぎくり、と身を震わせつつ、おれは紳士の笑みを浮かべて見せた。


 言いながら、オートロックに指の静脈認証をさせる。

 マンションは七階建て、一階は駐車場と共有サロン、エントランスホールだけ。二階からが居住である。桃栗家はその中部屋である203号室……なので、ぶっちゃけランクは低い部屋だったりするけど、まあそれは言わなくてもいいだろう。


「ひろっ!!」


 玄関はいってすぐ、アユムちゃんが絶叫した。

 おれはまずまっさきに、洗面所からタオルを二枚取ってきた。二人とも、とりあえず水滴をぬぐって部屋に上がる。アユムちゃんはそこから三度、「ここ部屋じゃないの!?」「天井たっかっ」「テレビでかい! 壁!」と大声を上げた。


 びしょ濡れ、とまではいかないけども、湿った服でどこにも座れず、心地悪そうにしている。おれは自室からスウェットを持って、手渡した。


「服、乾燥機にかければ二時間くらい。その間これ着とけば」

「おーっありがと。借りるー」


 受け取り、彼女は一度、あたりを見渡した。おれが洗面所へ案内すると、ほっとしたような顔をする。

……そ、そうか、おれの目の前で着替えるのは抵抗があるのか……。


 まあ、そうだよな、うん。ここでいきなりスポーンと脱ぎ放たれたらそっちのほうが心配だ。


 おれも自室で着替えてから、リビングへ戻り、彼女を待つ。


 だって俺たちはまだ、出会って三か月、付き合いはじめて二週間。

 彼女の全裸を、見たことはあるけども……見て、そしてちょっと触ったり、触られたことも、あるけども。


 けど、おれたちはまだ……そこから先には進んでない。


 進もうとしたことはあった。邪魔の入らない部屋で、もちろんお互いに同意もあって、おれたちはその日一線をこえていくつもりでいた。

 しかし……やはり、彼女はまだ……体のほうも、もうちょっと未熟だったんだよ。肉付きとかはすごく、胸だって豊満なんだけど、下半身の方がまだその。


 ……あれって、「もともと男だから」とはまた違うんじゃないかなあ。どちらかというと二次性徴前っていうか、生殖ってものじたいに未熟というか。

 ……ほとんど生えてなかったし……



「ふあっくしょん!」


 

 突如、後ろで鳴り響いた破裂音に、飛び上がる。洟をすすりながら、アユムちゃんが戻ってきた。


「ふぇー、体拭いたのに、冷えたかな。モモチ、暖房いれてもいい?」

「あっ、あ、ああ、もう十一月だもんね。あああ暖かい飲み物いれるよ、ココアでいいかな……!」


 ドクンドクンと騒々しい心臓に手を当てて、おれはつとめて平静に、ミルクココアを二つ作る。彼女はリビングペースのほうへ行き、ローテーブルの前、ソファは使わずラグにぺたんと座り込んだ。そのちんまりとした後ろ姿……襟元が緩くて、肩がすこし落ちている。

 ほんの数か月前、大男だったアユムちゃん。それが今では、おれのスウェットのなかで体を泳がせてる。


 ……なんか、たまんないんだけど、これ。


「どうぞ、熱いから気をつけて」


 ココアをテーブルに置いてやる。彼女は袖の余裕分を伸ばし、指先まで隠した。いわゆる萌え袖である。それをミトンの代わりにマグカップを挟み込む。そしてフウフウ、息を吹きかけていた。


 ……あーね、これね。なんでしょーねえ。このひと実は、ぜんぶわかっててやってんじゃないですかね。

 自分が可愛いってことも、こういう所作が可愛いってことも、おれがいちいち可愛いよう可愛いようって悶えていることも、なにもかもぜんぶ計算して狙っているんじゃないかな? そうでなきゃこんなに可愛くなれないよな。だって可愛すぎるだろ。おかしいよ、こんなの絶対おかしいよ。


 ホウと頬をそめ、眉を垂らして微笑む彼女。


「あっつ……うまーい、あまぁい」

「かわいーぃ」

「えっ?」

「えっ?」


 俺たちは顔を見合わせて、ぱちぱち瞬きをした。


 まっくろのままのテレビを眺めて、二人で並んで、ココアを飲む。

 遠くの方で、乾燥機が動く音がする。

 家はちゃんと片付いている。おれとアユムちゃんは学年が違い、いっしょに勉強できるようなものはない。

 一緒に遊べるゲームや、見ごたえのある映画DVDも、ないことはない。

 それでもそんな気になれない。

 おなかも、まだ空いてない。


 空っぽになったマグカップを、大切そうに持ったまま、アユムちゃんはおれを見上げた。



「服が乾くまであと二時間、なにする?」



――ちょうどご休憩の時間ですね。


 という言葉は、すんでのところで飲みこんだ。


「しりとりでもしようか」


 とりあえず本気でいったのだが、彼女は冗談だと思ったらしい。クスクス笑って、また視線をテレビ画面の方へと戻した。



 ……あの……

 そろそろ、ぶっちゃけてもいいだろうか。己の心のなかでくらい、本音そのままのおれでいたい。


 おれ――ほんと正直な話――


 もう、頭んなか、セックスしたさでいっぱいです。


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