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不機嫌の理由


 動物園のすぐそばのパスタ屋で、ちょっと早めのランチ。入場してすぐにペンギンのお散歩ショー。今をトキメくサーバルキャットは、大きなお友達の壁に阻まれて断念。ゾウ、キリン、クマに、それぞれ有料のエサを与える。

 アユムちゃんは、動物好きとはいっていたけども、『無類の』というわけではないらしい。ロバくらいなら可愛いかわいいと撫でていたが、ウマより大きくなるとしり込みしていた。

 

「うーっ……やっぱりだめ怖い。モモチ任せたっ」


 カバを前に、おれの背中へ隠れてしまう。おれはキャベツ玉をカバの口へシュートした。巨大な口が開いたり閉まったり、ばりばり粉砕していくのはたしかに大迫力だけども、どこか滑稽で可愛いもんだ。ヘビとかならわかるけど、意外な反応だな。

 おれが不思議がると、彼女は二の腕を抱いて身震いした。


「だって、俺はあいつに勝てない。……あれは強いぞ」


 と、よくわからないことを言った。


 彼女の表情は、やはり小動物を前にすると一変した。


「ふああああモフ……モフゥ。ふにふに。はあぁ~……かわゆ……にゅぁあ……」


 膝の上にモルモットを乗せて、顔面も語彙力も崩壊したアユムちゃんである。

 兎とモルモット、それからミニブタとリクガメが放し飼いにされたふれあいミニ牧場だ。おれたちはベンチに並んで座り、可愛い動物たちに囲まれていた。

 おれも小動物は好きだけど、アユムちゃんの溺愛っぷりには及ばない。買い込んだエサをすべて彼女に持たせ、彼女をモフモフハーレムキングにしてやった。そのぶん、おれのスマホの写真フォロダーは満杯になったので不満はない。


「アユムちゃん、本当に可愛い動物好きだよね」


 話しかけると、彼女はつまんだニンジンを持ち上げ、微笑んだ。


「うん。でもこれって、もしかしたら母親の……ラトキア星人の血、かもしれない」

「へ? どういうこと」

「そういう種族なんだって。こないだ母親からそう聞いた。ラトキアっていう星は――現在でこそ、宇宙船でこの地球にこれるほど発展してるけども、それは異星人との戦争特需っていうやつで……ほんの数百年前までは、原始人みたいなもんだったんだって」


 宇宙人とのハーフである彼女。学校ではおれ以外の誰にも言ってないし、あまり大っぴらに話すこともない。そもそも彼女の生まれ育ちはこの地球なので、語れるほどにその星を知らないのだ。こうして話してくれるのは珍しい。

 SF小説が好きなおれとしては、つい身を乗り出して聞いてしまう。

 しかしそういうものに興味がなく、母親からのまた聞きである彼女は、いまいち熱のこもらない声である。


「科学とか文明らしいものはほとんどなくて、自給自足。動物たちと同じ川から水を飲み、同じ木から実をもいで、競争しながら共生してたんだ。それで、なんというかな……相手の力を推し量ったり、頭のいい動物を従えたり可愛がったり。『動物と仲良くしたい』っていう本能が、まだ残ってるんじゃないかっていうの」

「……なるほど、文化と生活習慣が遺伝子に刻まれているんだな……」

「まあ、この赤い髪とか雌雄同体で性別が変わるとか、ほかの特徴が大きすぎてどうでもいいことだけどな。そもそも眉唾。妹のシノブは動物嫌いだもん。母親もそんなでもないし」


 適当なことを言って、モルモットのお腹をこちょこちょ揉む。猫を思わせる大きな目は、優しく細められていた。気が強そうな印象がある顔立ちだけど、彼女は元来、穏やかな人間だった。おおらかで優しくて、器が大きい。


「あのね、モモチ。……あたしって、さ……」

「……ん? なに」


 彼女はしばらく言いよどんでいた。モルモットを撫でる指先に視線を落としたまま、ぼそりと、静かに呟く。


「あたしって、地球人じゃないんだよ」

「……。それは……血筋的にはそうでも、地球で生まれ育ってきたんでしょ。もう胸を張って――」

「そういうことじゃなくって。事実、あたしの体と心は、地球の普通の女の子ではないってこと。そういう風にできてるの。それは、良いことでも悪いことでもなくて、ただそういう風になってるんだよ」


 首をかしげる。おれは彼女の意図が分からなかった。そんな卑屈にならなくても自信をもてばいい、と言おうとしたが、そういうことではないらしい。


「雌雄同体で生まれてきて、成長とともに性別を決める。特にあたしはそれが遅い方で、つい最近まで男だった。いまだってそう。七分の六は、男の感覚で生きてる……」

「……うん」

「だから、ごめんね。やっぱりあたし、色んなものがまだ未熟なんだ。今日は心もアユム、女になってはいるんだけども、どうしてもまだ鱶澤ワタル――コワモテの大男だったときの常識が抜けなくて。……男の人に、自分がどう見られてるのかとか、なにをされてるのかとか、ピンとこないことがあるんだよ。ガード甘くてごめん」

「……いや……。うん。わかってる」


 おれは頷いた。

 

 彼女の本当の感覚は、純血日本人である男のおれには、共感することはできない。だがまったく理解できないわけじゃなかった。

 たとえばおれだって、ジロジロ見てくる男がいても、ゲイに狙われてるなんて考えない。その視線に気づきもしないだろう。

 この世にゲイセクシャルがいることは知ってても、自分自身が対象になった実体験がないからだ。

 アユムちゃんの感覚も同じようなもの。女扱いされた経験が少なすぎて、自分を客観視できてないんだ。こんなに可愛くて、小柄で、魅力的で――思わず触りたくなってしまう肌をもっていることを、誰よりも彼女自身が知らないのである。


 彼女はちょっと、天然気味というか、考えたらずなところはあるけども――コレに関してはどうしようもないんだよな。


「大丈夫、わかってるよ。責めたり叱ったりなんかしない」

「……呆れたんだろ。ごめんね。これから気を付けるし、時間が経てば解決することだと思うから……」

「わかってるって。別に、痴漢されたことに怒ってるわけじゃないんだよ」


 と、自分が不機嫌だってことをポロリと自白してしまった。まあいい、とっくにお見通しで、だからこそこんな話をしてきたんだろうし。彼女は案外、人の様子をよく見ている。

 おれの足元からウサギが逃げた。追いかけなどせず、おれは言った。


「おれがやだったのは、その……。君が、それを笑い飛ばしたこと。落ち込め怒れって強制するわけじゃないけどさ。『そんなことより』とか」

「ん? だってあたし、まだ女じゃないもん。そんなカラダ触ってなんの得も――」

「だから『そんなカラダ』ってのやめろよ。おれの大事なもんだぞっ」


 思わず、語気が強くなる。アユムちゃんは一度びくりと震え、俯いた。

 おれも俯いた。急速に赤面しつつ、血の気が引いていくのを感じた。


 ああ……しまった。やってしまったっ!


 これを言っちゃいけないと思って、不機嫌なのも隠してたのに。


 後悔がどっと押し寄せる。言うつもりのない言葉だった。隠しておかねばならない気持ちだった。

おれが、実はすごく嫉妬深くて、独占欲がつよいやつだってこと。


(……すごく失礼なことだ。生きてる人間、それもまだ付き合いはじめたばかりの年上を相手に、『おれの』だなんて)

(ああ、くそっ――未熟者。テンパるとぽろっと本音が出る、このクセほんとにどうにかしないと――)


 頭を抱えて呻くおれ。黙ってしまったアユムちゃん。

 ちょうどそのとき、そばに幼児と老人がやってきた。アユムちゃんはすぐにベンチを立ち、席と、なつっこいモルモットを譲り渡した。彼女は小動物だけでなく、弱い者ぜんぶの味方なんだ。もちろんおれも席を立つ。


 ふと空を見上げ、アユムちゃんが呟く。


「……なんか、雨降りそう。もう帰ろうか」


 おれは黙ってうなずいた。


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