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Act9-19 研鑽は誰が為に~はじまりの日~

 今回からシリウス編となります。

 嫌いだった。


 けれど憎んでいるわけじゃない。……殺したいほどに憎しんでいるわけではなかった。


 憎しみはある。でも同じくらいに好きだった頃の記憶もあるんだ。


 もうとっくに擦りきれてしまった記憶では、輪郭のなくなった記憶ではあるけど、たしかに私の中にはまだあの頃の記憶はあるんだ。


 まだなにも知らなかった頃の、純粋なままでいられた頃の記憶が私の中にはある。


 あの頃の私は彼女を「まま上」と呼んでいた。素直にそう呼ぶことができていた。


 彼女がなすことをなにも知らなかったから。


 彼女がなしてきたことを知らないでいたから。


 そして彼女がどんな存在であるのかを知らなかったから。


 だから素直に呼べていたんだ。


 表面だけの優しさとその愛情を、指向性が狂った愛情であることを知らないでいたから。


 だから「まま上」と呼ぶことができた。


 でも私はあの日、私が「いまの私」になった日、いや、「いまの私」になろうと決めた日にすべてを伝えられた。ニのと三のと、いやバハムートとファフニールたちに教えてもらったんだ。


「心の回廊」をひとりで越えた後、ファフニールに呼ばれた。あのときファフニールはただこっちに来いとだけ言っていた。


 もしあのときファフニールの言葉をあえて無視していたら、どうなっていたんだろうか?


 私はただの私であれたのだろうか?


 それともなにも変わらないまま、いまに至っていたのか。


 どちらであるのかはわからない。


 でもきっと私はどういう選択をしてもきっといまに至っていたんだ。


 あのときのことはいまでも覚えている。私の体感では数百年も前の話になるけど、実際の時間では一年もまだ経っていない。


『すまぬな、幼子よ』


 ファフニールは私を呼びつけると同時に時間を止めた。


 いや、正確には時間を止めたのはファフニールではなく、ファフニールとバハムートの「上役」だった。


 あの「上役」が時間を止めた。いや、「刻の世界」を発動させて、本来の時間と私たちの時間を切り離した。そしてそのまま「上役」は──。


『舞台は整えましたよ、兄上。お目覚めを』


 私の頭の上に手を置いた。同時に私の中から私以外の声が響いたんだ。


『……一のよ。なぜ我を目覚めさせた? 我は眠ったままでいたかったのだが』


 私の中からの声はとても低い声をしていた。子供心に恐ろしかったことをいまでも覚えている。


 でも恐ろしい反面、その声からは温かさを感じられた。まるで父上やパパのような、とても優しい声のようにも感じていたんだ。


『申し訳ありません。しかし兄上のお力が必要でしたので』


 温かみのある優しさと身震いするような恐怖。


 相反するような感情に当時の私は困惑していた。


 しかしそんな私を無視するように、声の主と「上役」は話をしていた。


 その内容は残念ながらほとんど覚えていない。


 困惑していたということもあるけど、それ以上に当時の私は見た目相応の年齢だったから、内容が難しすぎて理解できなかったんだ。


 ひとつだけわかったのは──。


『ぱぱ上があぶないの?』


『ええ。あなたのパパ上の命が狙われることになります。そしてそれをなすのはあなたのママ上です』


『まま上が? でもまま上はぱぱ上を』


『ええ、愛していますね。しかしそれは彼女の目的のためです。その目的のためにあなたのママ上はノゾミママにさえも手を出すのです』


『ノゾミままにも?』


 あの人がパパとノゾミママに危害を加えるなんて信じられなかった。


 でも「上役」、いや一のは頷いた。


『信じられなくてもこれが事実です。どうされますか、継嗣殿?』


『どうするって』


『パパ上とノゾミままを助けたくはありませんか?』


『助けられるの?』


『あなた次第ですね。しかし代わりにあなたはあなたのすべてを失うことになります』


『私のすべて?』


 漠然としていたが、それが私の命さえも失うことになるのはわかっていた。わかっていたうえで私は頷いた。


『ふたりを助けたいの。だから助け方を教えて!』


 一のは『わかりました』と頷いた。そして私のパパにも秘密の時間は始まった。

 シリウス編はまだもうちょっと続きます。

 そして次回で千話みたいですよ?←他人事

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