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Act9-16 違和感からの自覚

 目の前にいるのが希望じゃない。


 まりもさんに言われた言葉はすぐには納得できなかった。


 でもまりもさんはそんな俺に「納得させてあげる」と言った。


「──希望が好きなお肉の美味しいお店ってあるのかしら?」


 まりもさんが言ったのは希望の好物とは違うものだった。


 希望は肉を食べるけれど、肉よりも魚の方が好きだ。


 一緒に立ち食いのステーキ屋さんにも行ったけれど、それは俺が無理を言って誘ったからであり、希望自身が好きだったからじゃない。


 肉が好きなのは俺であり、希望じゃないんだ。


 だから祈った。祈らずにはいられなかった。


 肉よりも魚の方が好きです、って。そう希望に言ってほしかった。でも現実はとても残酷だった。


「へぇ。結構いいお肉のお店があるのね」


「うん。それなりに通わせてもらっているよ? あ、もちろんギルドで働いてもらったお給料でね? 香恋のポケットマネーから出しているわけじゃないからね?」


 希望は慌てていた。慌てながらも肉専門の料理店に通っていることをまりもさんに伝えていた。


 希望がするはずのないことをしている、とはっきりと言っていた。


「本当かぁ? 実際は俺のポケットマネーからねん出しているんじゃないかぁ~?」


「そ、そんなことないもん! ちゃんとお給料から出していますぅ~!」


「嘘くさいなぁ」


「ちゃ、ちゃんとお嫁さんを信じてよ、香恋!」


「わかっている、わかっているってば。希望はそんなことしないもんなぁ。するとしても温泉がらみじゃなければしないもんな」


「そ、それとこれとは話が別じゃないかなぁ~?」


 希望は顏を反らしながら言い澱んでいた。


 そんな俺と希望とのやりとりにまりもさんは、いやまりもさんだけじゃなく、プーレやシリウスたちも笑っていた。そう笑っている。みんな笑っている。


 けれど俺は本当に笑っているのだろうか? 笑顔という仮面を張り付けているだけじゃないのか? 


 自分じゃどんな風に笑っているのかはわからなかった。


 でも希望はなにも言わない。


 希望は、いや「希望」がなにも言っていないのだから、きっと笑顔なんだろうな。笑顔に見える表情になっているんだろうな。


 ……笑えて当然かな。いままでの自分の滑稽さを思えば笑えて当然か。


 だって俺はいままで希望ではなく、「希望」に愛情を向けていたんだ。希望ではないことに気付かずに「希望」を愛していた。


 バカだよなぁ。本当にバカだ。


 もっと早く気づけたのかもしれないのに。


「希望」が希望ではないことに気付くことができたのかもしれないのに。


「獅子の王国」にいたとき、「希望」はアルトリアを抱けと言っていた。


 私は大丈夫だからと言って。でも考えてみれば、希望はそんなことは決して言わない。


 でも「希望」は言った。はっきりと俺にアルトリアを抱けと言ったんだ。


 その時点ですでにおかしかった。


 だって希望は「蛇の王国」で俺がレアを嫁にしたことを言うと怒っていた。


 泣きながら怒っていた。ヤキモチを妬いていた。


 希望が一番好きだと言ったのに、嫁を増やした俺を怒った。泣きながら俺の頬を叩いたんだ。


 その希望がいくら親友という間柄になったとはいえ、ライバルであるアルトリアを抱け、と言うだろうか? 


 当時すでにアドバンテージを握っていたのに、そのアドバンテージをわざわざ自分から放棄するようなことを希望が言うだろうか? 


 あの臆病な希望がそんなことを言うだろうか?


 ありえない。ありえるわけがない。


 でも希望は言った。アルトリアを抱け、と。


 それでプーレを抱く俺も大概ではあるけれど、あのときの希望はたしかにおかしかった。


 おそらくあの時点で希望は「希望」になっていたんだろう。


 いや、もっと以前それこそあのとき、希望が俺の頬を叩いて城を出ていったときから、なのかもしれない。ううん、あのとき以外にありえない。


 あのときもよくよく考えてみれば、なんで希望は「星の小人亭」の跡地にいたんだ?


 それもご丁寧なことに俺が泊まっていた部屋に、だ。


「星の小人亭」の前を希望とククルさんと一緒に通りはした。


 あのときの俺の反応であそこが俺となにかしらのかかわりがあるということはわかったはずだ。


 それこそ、それこそホテル「クロノス」で初めてキスをしたときに話したことを、モーレのことを連想したのかもしれない。


 でもそれはあくまでも仮定でしかない。そんな仮定にしかすぎないことで希望が動くとは思えない。


 もし希望が仮定したことのまま動いたとする。


 だけどなんで俺の泊まっていた部屋にいたんだ? 


 希望であればそれこそ最初に転移した地下牢から動かなかった可能性だってある。


 ……まぁ、さすがに血文字だらけの地下牢になんていたくはなかったのかもしれないけれど。


 それでも地下牢ではなく、地上に出てすぐのモーレの部屋でじっとしていそうなものだ。


 でも希望がいたのは一番上の階の俺が泊まっていた部屋だ。


 なんでわざわざあんなところにまで移動したのだろう?


 加えて言えば地球とは違い、照明もない地下をどうやって明かりもなく移動できたんだろうか?


 当時の希望は魔法なんて使えなかった。


 いまは使えてもおかしくはないかもしれないけれど、少なくともあのときはまだこっちに来て一か月も経っていなかった頃だ。魔法なんて使えるわけもない。


 なによりもどうやって「星の小人亭」の中に入り込んだんだろう? 


 俺はあのとき秘密の入り口になっていた魔法陣を使った。


 けれどその魔法陣は幻覚魔法の花々によって隠されていた。


 誰も手入れしていないはずなのに、いまだ咲き誇る花々の姿に違和感を憶えたからこそ発見できた。


 でも希望は? 希望はどうやってあの魔法陣を発見したんだ? 


 たしかに違和感を憶えるだろうけれど、魔法陣は花壇の地面に直接描かれていた。


 それを隠すための幻覚魔法だった。


 でも俺が行ったとき、幻覚魔法はまだ効果を発揮していた。


 なのにどうやって希望はみつけた? 


 咲き誇った花々に違和感を憶えたからと言ってわざわざ手を突っ込むようなうかつな真似を希望がするだろうか? 


 仮にしたとしてもどうやって魔法陣を起動させた? 


 当時の希望はまだ魔法に触れたばかりだ。それも使ってもらった魔法に、という意味であり、自分から魔力を使うことはできなかった。


 そして魔法陣は魔力を流して発動するタイプだった。


 考えれば考えるほど当時の情況のありえなさが浮き彫りになっていく。そして俺自身理解し、納得してしまった。


 ああ、ここにいるのは希望じゃないんだ、と。これは希望のまねをした偽物なんだ、と。そう自覚してしまったんだ。

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