Act9-14 まりもの罠
恒例の土曜日更新となります。
まずは一話目です。
言われた意味がわからなかった。
理解するどころか、その言葉がどういうことであるのかがわからなかった。
目の前にいる希望が希望じゃない? まりもさんはなにを言っているんだろうか?
『えっと、なにを仰っているんですか?』
念話を繋げたまま、まりもさんに返事をしたけれど、まりもさんは希望と会話をしながらも、楽しそうに話しをしながらも返事をしてくれた。
『そのままの意味だよ、レンさん』
『そのままの意味って。その言い方だと希望が希望じゃないって。偽物だって言っているみたいじゃないですか?』
言いながら妙に胸が騒いでいた。いや動悸がしている。
心臓の鼓動の音がやけにはっきりと聞こえてくる。
同時にあのときの、「炎翼殿」で母さんが言った言葉が脳裏によみがえった。
『──あなたはまだわかっていない。いや気づいていない。ほんのわずかなほころびにあなたは気づいていない』
綻び。母さんはあのときたしかにそう言っていた。
俺に希望を守れと言ってすぐにそう言ったんだ。あのときは言われた意味を理解できなかった。
でもいま俺は綻びを感じ取っていた。
希望らしくない反応をする希望に。
まりもさんとタマちゃんが同一人物であったと知っていくらかの驚きはあるだろう。
どうしてもっと早く言ってくれなかったのかと希望であれば言いそうだった。
けれど希望は一切そういうことを言わないでいる。
それどころか妙に焦っているようにも見える。
まりもさんが言っていたように「必死になにかを繕おう」としているかのようだ。
いやそういう風に見えてしまうし、感じてしまう。
そう、まるでいますぐそばにいる希望は偽物であるかのように感じてしまう。
でもそんなわけがない。そんなことあるわけが──。
『……私がこの世界にいるのは、希望を救うため。攫われてしまったあの子を取り戻すためよ』
『攫われ、た?』
──脚が止まりそうになった。でも「脚を止めないで」とまりもさんに念話で言われてしまった。
慌てて次男一歩を踏み出す。まりもさんは悲しそうに続けた。
『あなたのお母様が教えてくれたの。希望が攫われた、って。日本であれば私の実家の力を使えば、助けてあげられる。けれど希望が攫われたのは異世界。この世界であの子は攫われてしまった、とね』
『……証拠はあるんですか?』
ありえない。そう思いながらもまりもさんの話を聞いていた。
まりもさん自身のことは知らない。でもタマちゃんとしてならこの人のことは知っている。
俺が知っているタマちゃんはこんなひどい冗談は言わない。
母さんがどうのこうのと言っているけれど、この際母さんのことはどうでもいい。
いまはまりもさんの、タマちゃんの話を聞くべきだった。
『……あれは私を「まりも姉さん」と呼んだ。それが証拠』
『え? でもまりもさんから言いましたよね? それに──』
まりもさんは希望がまりもさんを「姉さん」と呼んだことが証拠だと言っていた。
けれどまりもさんを姉さんと呼んだのはまりもさんから言い出したことだった。
『あら、「まりも姉さん」の顏を忘れちゃったのかしら?』
ラースさんの城の門前でまりもさんはそう希望に言っていた。
希望は慌てて「憶えているに決まっているじゃないですか、まりも姉さん」と返事をしていた。
『……そうね。でもそれは罠だったの』
『罠?』
『ええ。希望は、私が知っている天海希望は、私のことを「姉様」と呼ぶの。「まりも姉様」と呼んでくれているのよ』
まりもさんの言葉で俺も思い出した。そう、あのとき、ファミレスの下りのときに希望は──。
『……邪魔しないで、香恋。私はいま「姉様」とお話をしているの』
希望ははっきりと言っていた。「姉様」と。そう言っていた。
でも希望はいままりもさんを「姉さん」と呼んでいる。なんでいきなり呼び方を変えたのか。それは──。
『……私が「姉さん」と呼んだことであれは希望が私を「姉さん」と呼んでいると思ったのでしょうね。私と希望の関係をあれは知らなかった。だから私が罠を張ったことに気付かなかったのでしょうね。いや、そもそも私というジョーカーの存在を知らなかったのでしょうね。あれはきっと希望の記憶のうち、表面的なものだけを読み取ったんでしょう。あの子の記憶のすべてまではいらないと思ったんでしょう。だからこそ、馬脚を現した』
──そう、まりもさんの罠に掛かったからだ。
何気ない一言に隠されたまりもさんの罠に掛かってしまった。
もし本当の希望であれば、まりもさんが「姉さん」と言ったことに対してのことを言うはず。
でも希望は、いや、あれはまりもさんの言葉をそのまま信じてしまった。
綻びをみずから露わにしてしまったんだ。
でもそれもまりもさんというジョーカーがいるとは思っていなかったからこそのミス。
いやミスとも言いきれない。単純にまりもさんが何枚も上手だったということなのだろう。
『もう一度言うよ。あれは私の従妹である天海希望ではない。希望の姿と記憶を真似した、あの子を攫った外道の仲間よ』
まりもさんのひと言に俺は言葉を失った。
続きは二十時になります。




