Act1-6 思惑と決意
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「金貨十枚、稼ぐとは思ってはいなかったが、約束は約束だ。初期資金として金貨百枚をまず与えよう」
ラースさんが指を鳴らすと、傍らに控えていた兵士さんのひとり、大袋を持って、俺の前に跪き、差し出してくれた。
差し出された大袋を受け取り、中身の確認をする。大量の金貨が入っていた。ちゃんと数えるには時間がかかりそうだが、百枚は優にありそうだった。
「次にだ。ギルド候補地はすでに準備してある。もともとは没落した有力者の屋敷ではあったが、すでに改装し、いつでもギルドを開ける程度に整えておいた。今日は顔見せとして、職員候補たちを現地で待たせている。これから会いに行くといい」
至れり尽くせりだった。
候補地と言うわりには、すでに改装してあると言っている時点で、候補地とは厳密に言えない。
もともとラースさんの善意でやってくれていることなのだから、どんな場所でも文句を言うつもりはなかった。
「ちなみに場所は?」
「この城を出てすぐだ。案内役として、ゴンを一緒に行かせるので、詳しいことは奴に聞け」
「ゴンさんにですか? でも、ゴンさんの体じゃあ」
「なにも問題はないさ」
ラースさんは喉の奥を鳴らして笑っていた。
まるで面白いことがこれからあるようかのようだ。
十中八九俺の反応を想像して笑っているに違いない。
「あと制服はこちらで用意しておいた。カレン殿が着ているものではなく、冒険者ギルドの制服だ。一応書類上は、「エンヴィー」の出張所の支部という形なのだから、これは当然であろう」
「そうですね」
ククルさんとも話し合った結果だったけれど、俺が構える冒険者ギルドという体のなんでも屋は、「蛇の王国」出張所の支部だった。
下手に新しくできた似た組織というよりかは、元からあるものの支部という形の方が、冒険者たちもとっつきやすいと思ったんだ。
たとえば、素材の買い取り。
「エンヴィー」内でも、素材を買い取ってくれる商店はいくらかあった。
クーさんやほかの冒険者の先輩方に教えてもらって、何度か利用したことがあったけれど、普通に買い叩かれた。
ブラックウルフの素材はギルドに卸せば、銀貨五十枚くらいなのに対して、商店に卸すと、銀貨四十枚にもなればいい方で、悪いと難癖をつけられて、銀貨十枚にもならないところもあった。
もっと高く買い取ってほしかったけれど、聞けば、ギルドよりも安く買い取らないといけないそうだった。
なんでも魔物の素材に関して言えば、冒険者ギルドが最大手であり、ほかの商店そこから配給される分を、さらに流すのがあたり前だそうだ。
冒険者から直接買ってもいいけれど、冒険者ギルドでの買取価格よりも安い値段にしないといけないらしい。
そんな値段で、冒険者が売ってくれるわけがない。よほど個人的に親しくしているくらいじゃないと、冒険者から直接素材の買い取りはできない。
むろん、商人たちもバカじゃない。
冒険者ギルドよりも高く買い取れば、素材を手に入れられるとわかっている。
だが、そうすると冒険者ギルドに睨まれてしまうらしい。商人にとって、冒険者ギルドに睨まれることは避けたいそうだ。
「魔大陸」にある冒険者ギルドは「エンヴィー」にしかないが、「聖大陸」には数多くの冒険者ギルドがある。
だが「魔大陸」である程度成功し、「聖大陸」で支店を出そうとしても、冒険者ギルドに一度睨まれてしまっていたら、護衛依頼を通常料金で受けてもらえなくなったり、支店を出す候補地を冒険者ギルドからの圧力で売ってもらえなくなったりするそうだ。
それどころか、冒険者ギルドに喧嘩を売ったというレッテルを張られてしまい、まともな商売ができなくなる可能性もある。
たとえ魔物の素材という、確実に儲けられる商品を手に入れられても、潤うのは一時だけでは、なんの意味もないし、閑古鳥が鳴き続けたあげく、破産にでもなったら目も当てられない。
そうならないために、商人たちは「自主的」に冒険者が持ち込んできた魔物の素材を買い叩くそうだ。
ほとんどの冒険者が冒険者ギルドで素材を買い取らせるために。
その代り、冒険者ギルド内で販売している、薬や食糧、旅の必需品というものに関しては、冒険者ギルドよりもその他の商店の方が、より安く幅広く販売している。
普通は冒険者ギルドの方が、より安く幅広く取り添えていそうな気もするけれど、その辺のことは暗黙の了解なんだと思う。もっと言えば、ちゃんと区切られているってことなのだと思う。
魔物の素材は冒険者ギルドが握りますが、必需品に関してはそちらに譲りますよ、ってこと。
魔物の素材は、旅の必需品よりも売値は高くなるが、そういう必需品の儲けはバカにできないものだ。
本来であれば、両方とも握りたいところだが、そうすると冒険者ギルドがある地域では、その他の商店が駆逐されかねないし、恨みを買う可能性が高い。
魔物の素材だけでも十分に利益があるのだから、それ以上の利益を求めるべきじゃない。商店はその逆の考え。
もちろん、商店同士のいざこざや生存競争はあるけれど、それは地球だって同じだ。
だから商店同士の対立は、別におかしな話じゃなかった。
とにかく、そうしてお互いに持ちつ持たれつの関係を築くというのが、冒険者ギルドのある地域での、その他の商店と冒険者ギルドの在り方のようだった。
なにせ商店を駆逐してしまったら、その地域の経済が停滞してしまうから、ある意味では当然のことなのだけどね。
これはこれでうまい具合に共存していると言えるだろうね。
下手をしたら、破綻しかねないことではあるけれど。
もちろん、冒険者ギルドがない地域に関しては、暗黙の了解はない。
それどころか、ほかの地域よりも自由に、素材の売買を行っているみたい。
もっとも冒険者ギルドの支部どころか出張所もない地域なんて、よっぽどの辺境じゃない限り、ありえないみたいだけど。
そもそもそういう辺境の場合は、外貨獲得手段が非常に限られているので、基本的には物々交換になってしまう。
が、この「魔大陸」の場合は、冒険者ギルドの支部ないし出張所が一か所しかなかったこともあり、いままで魔物の素材の売買もわりと自由だった。
転移陣を使って、「エンヴィー」の出張所に売りに来る人が大半だったそうだけど、転移陣の使用料惜しさに、適当な商店に卸す冒険者もそれなりにはいたそうだ。
だけどこれからは違う。俺が創立するギルドがあるので、そこで素材を卸してくれる冒険者が増えるはずだ。
書類上は支部、けれど実態は別組織。でもやっていることは、冒険者ギルドと同じ。そういう組織であれば、冒険者たちの利用も多いはず。
まずはこの「竜の王国」で基盤を作り上げる。
そしてうまくいくようであれば、「蛇の王国」以外の国にも広げていく予定だ。
本音を言えば、「蛇の王国」にもうちの支部を置きたいところだけど、「蛇の王国」に、特に「エンヴィー」には支部を置かないというのが、ククルさんとの約束だった。
同じ都市の中で、似たような組織がふたつもあったら、自然と潰し合いに発展してしまう。
似た組織でも、コンセプトが違えば、共存共栄ができるけれど、コンセプトが丸被りであれば、共存共栄はできない。その場合、より窮地に立たされるのは、ククルさんの出張所だった。
もちろんそれは、ほかの国にうちの支部を設立できた場合の話になるけれど、支部も出張所も冒険者ギルドの方が数多くあっても、それはあくまでも「聖大陸」であればの話だ。
「魔大陸」においては、うちの独壇場になる予定なので、淘汰されやすいのは、冒険者ギルドの方になる。
どんなに有名であっても、その地域により深く根付いている方が強いというのは、あたり前のことだった。
特に「魔大陸」に冒険者ギルドが一か所しかないというのが、なによりも大きい。
どういう意図かは知らんけれど、「魔大陸」の残りの六国すべてをうちが取れば、「魔大陸」における力関係はうちが上になる。
たとえ「エンヴィー」の出張所が百年以上前から存在していても、それはあくまでも「エンヴィー」だけの話だ。
「エンヴィー」以外の都市や「蛇の王国」以外の国々にとっては、冒険者ギルドは「聖大陸」にあるというイメージが根付いてしまっている。
そこにうちのギルドが設立されれば、「魔大陸」を支配するのは、時間の問題だ。
「蛇の王国」では、ククルさんの出張所が根づいてしまっている。
が、ほかの国はうちのギルドを根づかせてもらう。
最低でも百年以上も、冒険者ギルドは、「魔大陸」の各国に支部も出張所も置かなかったのを、いまさら置くとは考えられないし、仮に置かれたとしても、その前にうちの支部を根づかせればいいだけの話だ。
数は力と言うが、「魔大陸」においては、うちのギルドがそうなる。
ククルさんもまず間違いなく、うちのギルドが「魔大陸」を支配することになるだろうと言っていたので、あとは冒険者ギルドとの共存共栄を測るだけだ。
具体的に言えば、「蛇の王国」は諦めるから、ほかの国はうちにくださいってことで、ククルさんとは話が済んでいた。
だが、それもここ「ラース」でうちのギルドがうまく運営できればの話だ。
できなければ、星金貨一千枚を稼ぐことはできなくなる。
勝算がないわけじゃないけれど、本当にできるのかはわからない。
でも、候補地も決まり、人員も確保してもらっているというお膳立てをしてもらっているのに、いまさら自信がありませんなんて言えるわけがなかった。
「さて、できるかね? カレン殿」
「できます。いや、やらせてください」
「わかった。では、やってみるといい」
ラースさんは、気軽にそう言った。
気軽に言うことではないけれど、失敗したところで、ラースさんに大した痛手はない。だからこそ気軽に言える。
いやもしかしたら、俺にプレッシャーをあまり与えないために、わざと気軽に言ったのかもしれない。
どちらにせよ、賽は投げられた。ならやるしかなかった。
「そなたの価値、存分に見せてくれよ」
楽しそうに笑うラースさんに向かって、俺は頷くことで返事をした。




