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Act9-4 褒章の内訳~缶詰~

 本日十五話目です。

 星金貨一千枚。


 それは俺が初期の頃に求めていた金額。


 Sランクの冒険者であっても稼ぐことができない金額。


 個人ではおおよそ稼いだ者がいないであろう金額。


 そして俺が元の世界に戻るための「天の階」の使用料だった。


 その星金貨一千枚がいま目の前に存在していた。


 頭の中が真っ白になりそうだった。


 というか信じられない。なぜ星金貨一千枚をいまこうして褒章として受け取られているのか。


 理解ができなかった。


「……理由をお聞きしても?」


「不満かな?」


「いえ、不満ではなく、理解できないだけです。俺はなにもなしていません。なのになんでこんな大金を?」


 そう。俺は少なくとも「蠅の王国」ではなにもしていない。なにもできなかった。なにもすることができなかった。その俺にどうしてこんな大金が褒章として支払われることになったのだろう?


「ふふふ、なにもしておらぬか。まったく本当に自己評価が低いのぅ。むしろいろいろとやりとげてくれたからこその褒章であろうに」


「仰る意味がわかりません」


 やりとげた? 俺がなにを? 


 ラースさんは普段から言動が読めない人ではあるけれど、今日は一段と読むことができない。


 いったいこの人はなにが言いたいのだろう? そして俺はなにをやりとげたというのだろうか?


「……ふむ。どうやら本当に理解しておらぬようだ。というか忘れておるのかな?」


「忘れる?」


「「蛇の王国」と「狼の王国」でそなたは面白いものを作り上げたではないか」


 そう言ってラースさんがまた指を鳴らした。するとトレイがひとつ運ばれてくる。


 そのうえには見憶えがあるふたつのものが鎮座していた。


「缶詰だったな。これはなかなかに面白いものだ。いままで長期間保存できるものは干し肉程度しかなかったが、この缶詰のおかげで長期保存という概念が大きく変わることになったのだぞ?」


 運ばれてきたトレイに乗っていたうちのひとつである缶詰を手に取りながらラースさんは興味深げに弄っていた。


 それは俺が「エンヴィー」に、二度目の「エンヴィー」で作り上げたものだ。


 正確には希望が完成させたものではあったのだけど。


 そうか。考えてみれば、「エンヴィー」で缶詰を作り上げて、もう半年以上も経っていたんだよな。


 最終試験は終わって、もうとっくに発売されていたのか。


 これもギルドにいればわかっていたことだろうけれど、ギルドにいなかったからこそ、旅の空だったからこそわからなかったことだった。


「売り上げはかなりのものらしい。当初の予定では冒険者向けのものだったそうだが、いまや各国の貴族たちも垂涎のものらしい」


「貴族たちが?」


 思わず聞き返していた。ラースさんは「うむ」と言って頷いていた。


 俺としては舌の肥えた貴族たちが缶詰なんぞに飛びつくなんて考えられなかったんだが、ラースさん曰く味は多少度外視しても長期間保存できるという点に各国の貴族は飛びついたらしい。


 この世界では魔物の被害はとても多い。その被害は人的なものだけではなく、食事事情にも同じことが言えるそうだ。


 たとえば、日本で言うA5ランク相当の肉牛を育てる牧場があったとする。


 でもその牧場が魔物に襲われて壊滅してしまえば、そこの牧場での肉を食べることは当分の間はできない。


 下手したら二度と食べることはできなくなる可能性だってある。


 それは肉だけじゃなく、魚や野菜、その他もろもろも同じことが言える。


 肉や魚であれば燻製という方法で長期保存できるけれど、燻製ってわりと好き嫌いが分かれてしまうものだ。


 中には燻製自体が苦手な人だっているんだ。


 でも缶詰であれば燻製のように好き嫌いが分かれることはない。


 まぁ、金属が嫌っていう人もいるだろうけれど、そのまま食べるのではなく、ひと手間加えて調理すれば少しは改善される。


 つまり貴族たちが飛びついたのは余計な味を加えることなく、長期保存できるというその技術に飛びついたわけだ。


 そしてそれは生産者側も同じであり、たとえ牧場が壊滅的な被害を浮けても長期保存できる缶詰であれば、その缶詰を売って当場はしのぐことができるようになる。


 需要側からも供給側からも飛びつく要素があるものになってしまっているようだ。


「おかげでこの一個を手に入れるだけで大枚を払うことになった。これ一個で金貨数枚とはな」


「き、金貨数枚!?」


 やれやれとラースさんが肩を竦めていたが、俺はその仕草よりもその驚きの金額に言葉を失っていた。


 金貨数枚ってことは日本円であれば数十万円の価値があるってことだった。


 しかもラースさんが手にしているのは大量在庫を抱えていたマバで作った缶詰だった。


 要はスタンダードのものであり、味はそれなりのものでしかないものが金貨数枚の価値になっていた。


 貴族や生産者側が飛びついた缶詰はおそらくオーダーメイドとなるので、その数倍は最低でもするはず。


 地球では弱者の味方とも言える缶詰が、この世界ではまさかの大出世だった。まさにプレミアム価格だ。


「まぁ、高騰はあと半年ほどだろうがな。缶詰の価値に気付いたものたちは早々に真似をしているようだが、カレン殿たちが作ったものには遠く及ばぬ品質のようだ。それでも時間を掛ければ似た品質にまではあげられるだろうが、それでも何年もかかることは目に見えている」


「……それでこれ、ですか?」


「うむ。正確には売り上げの一部兼使用料ということらしい。詳しくはそなたの後ろに立つ嫁に聞けばいい」


 やれやれとまた肩を竦めるラースさんから顔を反らし、後ろにいたレアを見やる。


 レアはニコニコと笑うだけだった。その笑顔がいまはとても恐ろしいとしみじみと俺が思ったのは言うまでもない。

 続きは十五時になります。

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