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Act9-1 潮騒の夢

 本日十二話目です。

 加えて第九章の開始です。

 恒例の追憶ではなく、香恋視点からスタートです。

 潮騒が聞こえる。


 打ち付けては引いていく。淡々と繰り返されていくのは、とてもありふれた光景だった。


 瑠璃色の空とようやく顏を出した太陽が世界を彩っていく。


 彩られた世界をぼんやりと眺めながら、ふと隣を見やると「彼女」が静かに眠っていた。


 いろいろとあって疲れたというのもわかるけれど、まだ完全に落ち着けるわけじゃなかった。


 また一から始めないといけない。失ったものや奪われたものは多いけれど、でももう一度やり直そう。


 まだすべてを失ったわけじゃないのだから。


「朝だよ、──」


「彼女」に声をかける。でも不思議とその声は聞こえなかった。波の音に掻き消されてしまっているのか。


 単純に俺の声が小さかったのかはわからない。


 でも「彼女」の名前を告げた声が俺の耳に届くことはなかった。


 だからだろうか? 「彼女」は目を醒ましてくれない。


「風邪、引いちゃうよ?」


 海の近くだからだろうか。それとももう冬になっているからだろうか。


 体は凍えるほどに冷たかった。それはきっと彼女も同じだろう。


 風邪を引いてしまうまえに起こしてあげよう。そう思い、その肩に触れようとした。


「「旦那様」」


 触れようとしたところで、声が聞こえた。


「……え?」


「もうすぐ「ラース」ですので、起きてくださいねぇ~」


 サラさんの声だ。


 さっきまで見ていた海はなく、瑠璃色だった空は普通の青空になっていた。太陽だって、すでにそれなりに高くなっている。


「……夢?」


 どう考えても夢だろう。


 しかしよくわからない夢だった。


「どうされましたか?」


 レアが後ろから声を掛けてくれた。心配そうな声なのだけど、ひとついいだろうか?


「……ねぇ、なんで押し付けてくんの?」


 背中側に妙な重みとぬくもりがある。押し付けているとしか思えない。新手の嫌がらせか、これは?


「嫌がらせではなく、スキンシップですよ?」


「……俺の嫌いなものを押し付けてくることがスキンシップ?」


「またそんなことを仰って。「旦那様」がこれをお好きなのはみんなわかっているのですよ?」


「いつ、どこで、俺がそれを好きだと言いましたか?」


 一度も口にしていないというのに、みんな俺の趣味を決めつけてくる。


 これは新手のいじめに違いない。


 訴え出れば勝てるよね? あからさまな風評被害、いや人権侵害だ。


 いくらレアが嫁とはいえ、レアの対応によっては法廷で会うことになる。


 嫁相手であっても俺は決して譲歩する気はないぜ。いまこそ自由を勝ち取るんだ!


「……「旦那様」がおバカなことをまた言っているのです」


 なぜかプーレにため息を吐かれてしまった。


 ちょっと意味がわからないね?


 なによ、おバカなことって?


 おバカなことってなに?


 これはひとりひとりが持つあたりまえの権利をだね。


「だって、どう考えても敗訴確定なのですよ?」


「なん、だと?」


 バカな!


 やる前から勝負が決まっているなんてあるもんか!


 そもそも今回は明らかな風評被害でかつ人権侵害なのだから、俺の勝訴はほぼ間違いないわけで──。


「……えっと、敗訴確定かどうかはわかりませんが、「旦那様」が不利な立場なのは明らかかと思いますよ?」


「てぃ、ティアリカ?」


 ──バカな。ティアリカまで俺を裏切るというの!?


 今回は誰がどう見ても──。


「先日のことを踏まえますと、その、そういうとしか言いようがない、と言いますか」


 頬を染めながらティアリカが俯いてしまう。


 なんのことを言っているのかはあえて聞かないでほしい。


 ミドガルズさんからは「ありがとうございます!」と泣きながらお礼を言われたとだけ言っておこうかな。


 ただ、そのせいでか、サラさんがちょっぴり不満げなのが困ったものです。


「順番がおかしいですよぉ~!」とテーブルを壊さんとする勢いで叩いていたからね。


 あ、いや、後で見たら天板にひびを超えて亀裂が走っていたから破壊したという方が正しいか。


 でもサラさんにしてみれば、あたりまえのことかな。まぁ順番はたしかにおかしいよね。


 嫁入りしたのはサラさんの方が先だというのに、サラさんはまだ「さん」付けなうえに、先を越されてしまっているし。


 サラさんが不満を露にするのも当然かな?


 そして不満であるのはサラさんだけではなかった。


「……わふぅ~」


「か、カティ? どうして唸っているのかな?」


「しらないもん。ぱぱのバカ!」


 カティが異様に辛辣だった。そう、不満なのはティアリカに抱っこされているカティもだった。


 どうしてなのかと言うと──。


「ティアリカままのお胸はカティのだもん! なのにぱぱは、ぱぱはぁ~。ぱぱのバカ!」


「わふぅ!」と泣きながらティアリカに抱きつくカティ。当のティアリカは顔を真っ赤にしてカティの頭を撫でていた。


 かく言う俺もなんとも言えなくなっていた。……ぶっちゃけますと見られちゃったんだよね。おかげでカティはお怒りモードなんだ。


 なにを見れたのかは言うまでもないけれど、あえて言うとすれば、ティアリカって着痩せするタイプなんだねとだけ。


 ……あえて言うのがそれなのかよとは言わないでほしいな。


 俺もわかっているから。でもそう言うしかないこの悲しみを誰もわかってくれない。


「……まぁ、要するにパパはお胸が大好きということなの。否定はできないよ」


 そう言ってシリウスが締めてくれた。その言葉に全員が頷いた。


 どうやら俺に味方は存在しないようだった。世知辛いね。


「相変わらずレンさんの周りは、賑やかですね」


 タマちゃんがあはは、と乾いた笑いを溢してくれた。


 体調はずいぶんと持ち直したようだった。


 でもまだ肌が妙に青白いので、全快というわけではないのだろうね。


「これを賑やかの一言ですませられるタマちゃんは大物だね」


「あ、あはは」


 タマちゃんは笑った。笑うことしかできないようだった。


 まぁ、タマちゃんらしいかな。


「主様、先触れとしてギルドに報告へ向かいましょうか?」


「あ~。そうだね。頼める、エレーン?」


 並走飛行していたモーレが言った。


 たしかにこの大人数でいきなり帰るよりかは、先触れとしてモーレに報告してもらった方がいいかもしれない。


 小間使いのようで申し訳ないけども、サラさん以外では空を飛べるのはモーレだけだった。


 モーレは「承知いたしました」と一礼をすると速度を上げて「ラース」へと向かっていく。


 その後ろ姿を眺めつつ、徐々に大きくなっていく「ラース」を眺めながら俺は「帰ってきたなぁ」としみじみと感じるのだった。

 続きは十二時になります。

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