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Act8-ex-9 兄弟の契り

 本日十一話目です。

 馬車が揺れる。


 ゆっくりと通りすぎる景色をぼんやりと眺めていた。


「苦労を掛けたな」


「……別に」


 対面を見ないようにして景色を眺める。


 いくら眺めても景色は大して変わらない。


 俺の国。俺とアトライトが愛した国。その領土は昔から変わらない。いや、変える理由がない。


 この国は俺の大地だ。


 ……正確にはジズ様に何代も前の爺さんが許しをえて建てた国。その国を俺は受け継いだ。


 ただそれだけのこと。だからと言って愛着がないわけじゃない。この国を愛していないわけじゃない。


「ようやく尻尾を掴めた。まぁもともと関与を疑ってはいたし、確信もあった。確証だけはなかったが、これで確証も掴めた」


「そうだな」


「……つれない返事だな、グラトニー」


「ひとりだけ見物なんてしているからだよ、ラース」


 対面側に座るラースを見やる。


今日はいつもの仮面はつけていない。お忍びだからといって、わざわざ仮面などつけなくてもいいとは思うが、そこもラースらしいことだ。


「それで?」


「それで、とは?」


「はぐらかすな。「兄貴」に勝てるのかと聞いているんだ」


 そう、問題はそれだ。あの「兄貴」に勝てるのか。


 全員で掛かれば、初撃で殺そうとすればなんとかなるとは思うが、相手が相手だった。


「兄貴」を相手にする。考えれば考えるほど勝てるイメージなどわかなかった。


「……誰のことを言っているのかわからぬな」


 ラースは目を閉じながら脚を組んで、不機嫌そうな顔をしていた。


「おまえなぁ。いくら否定してもあの人はおまえの」


「……ベルゼ」


 ラースが静かに口を開いた。目を閉じているのに、見られていないはずなのに、背中が寒くなった。


「それ以上は言うな。我には兄などおらぬ。いたとしてもすでに死んでいる。ルフェル兄さんはもうおらぬのだ」


「……そうだな。いまのあの人はルフェルの兄貴じゃねえからな」


「……あぁ、もう兄さんは死んだのだ」


 ラースがわずかに目を開いた。その目は少しだけ濡れているようだった。


「……おまえは相変わらず泣き虫だよな、ベルセリオス」


「その名で呼ぶな」


「おまえだって、ベルゼと呼んだだろう?お返しだ」


 にやりと口元を歪めて笑ってやった。ラースは小さくため息を吐いていた。


「……おまえは本当に口が減らないな、ベルゼ。子供の頃のままだ」


「こればかりは性分だよ。名実ともに「剣聖」になれたが、こればかりは変わらなかった。というかおまえが一番わかっているだろう? 兄貴」


「やめろ、やめろ。おまえに兄貴など言われると気持ち悪い」


「……さすがにそれはひどくないか?」


「お返しのお返しだよ。……昔よくやっただろう?」


「……そう、だな」


 懐かしい。昔俺とベルセリオスはよくこうやって喧嘩をしていた。


 正確には喧嘩をするとき、いつもこうして喧嘩になってしまっていた。


 そんな俺たちをルフェルの兄貴がいつも諌めてくれていた。


『おまえら、本当に仲いいよなぁ。って、おい、こら! 剣を抜くな、剣を! せめて拳でやれよ、拳で! って待て! いま手になにを握って、なんで石をふたりとも握っているんだよ!? 子供の喧嘩らしい喧嘩をしろよ、おまえら!?』


 ルフェルの兄貴はいつも叫んでいた。だいたいベルセリオスが姑息すぎるからで──。


「おい、待てベルゼ。おまえ、いま私への風評被害をしなかったか?」


「……気のせいだよ」


「ならいまの間はなんだ? いまの間は? まったくおまえは本当に昔から変わらないな」


「そう簡単には人は変わらねえよ。……ルフェルの兄貴のよう変わることもあるがな」


「……あれをそう呼ぶのはもうやめろ、ベルゼ。あれは兄さんじゃない」


「わかっている。あいつは、「聖王」は俺たちの敵だ」


「わかっているならいい。……おまえにはいろいろと負担を掛けてしまうな」


「気にするなよ。……兄弟だろ、俺らは」


「そうだな」


 ベルセリオスが笑う。その笑顔は昔となにも変わらない。あの頃のままだった。


「思えば、ずいぶんと遠くまで来ちまったな、お互いに」


「ああ。おまえやレヴィアたちとこんなにも長い付き合いになるとは考えてもいなかったよ」


「ああ、俺もだよ。まだ当分は死ねないからなぁ」


「……死にたいと思っているのか?」


「ん~。そうでもねえな。まだこっちに来るなって、息子どもが言うだろうからな。だからまだ死ぬわけにはいかないさ」


 そう、死んだ息子どもは、まだやることがあるだろうと俺に言うはずだ。


 だからまだ死ねない。それにまだ兄弟たちが生きているのに、俺だけが先に楽になるわけにもいかなかった。


「やることはやらないといけないよな、ベルセリオス」


「ああ、我らには我らだからこそやらねばならぬことがある。それまではまだ死ねぬ」


 そうだ。俺たちにはやることがある。子供の頃には考えたこともなかったことだった。


 でもそれをやり通すまではまだ死ねない。死んでたまるものか。


「契り?」


「ああ。兄弟の契りさ。こんなところで会ったのもなにかの縁だしな。俺とベルセリオス、そしておまえ」


「ベルゼだ」


「ベルゼの三人の兄弟さ。ひとりひとりでできることは少ないだろうけれど、三人ならひとりひとりでこなすよりも大きなことができる。そしてひとりが困っていたら、残りのふたりが手助けをする。そして誰かが道を踏み外したのであれば、残りのふたりが手を差し伸べる。そんな誓いを込めた契りを交わそうぜ」


 かつてルフェルの兄貴は言っていた。あの頃の兄貴を見て俺はこの人こそが勇者だと思っていた。


 でもその勇者は地に墜ちた。だからこそ俺たちが手を下さなければならない。


 契りを交わした兄弟だからこそ、やらなきゃいけないんだ。


「最後まで着いて来てくれ、ベルゼ」


「ああ、わかっているよ、ベルセリオス」


 あの頃の誓いを果たすために。俺たちはまだ死ぬわけにはいかない。


 さぁ、はじめよう。あの頃の誓いを果たすための戦いを。

 これにて第八章は終わりです。

 次話より第九章となります。

 続きは十一時になります。

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