Act8-ex-4 告知
本日六話目です。
ティアリカさんがカティちゃんを抱き締めているのです。
いままでティアリカさんは抱っこすることはあれど、ああして抱き締めてあげたことはなかったのです。
それもカティちゃんを「カティ」と呼び捨てにしながらなんてことはなかったのです。
「……ふふふぅ~、ようやく素直になってくれたみたいですねぇ~」
「そうですね」
ティアリカさんがカティちゃんを娘という意味で愛していることは、みんなわかっていたことでした。
カティちゃんを見る目はとても穏やかで優しいものだったのです。
気付かないわけがない。傍から見ている私たちでもわかるのですから、その目を向けられるカティちゃんだってわかっていたはずなのです。
でもカティちゃんは律儀にティアリカさんとの約束を守っていたのです。
いえ、待っていたのです。ティアリカさんが素直になってくれるのを、です。
言葉だけを見ると、どっちが「まま」で娘なのかがわからなくなりますけど、ああいう親子がいてもいいんじゃないかなと私は思うのです。
言葉にはしていませんけれど、サラさんも同じでしょうね。
「わぅわぅ、カティが嬉しそうなの」
隣にいたシリウスちゃんが嬉しそうです。
素直じゃなかったのはシリウスちゃんも同じですが、ティアリカさんよりも速く、この子はカティちゃんを妹だと認めてくれたのです。
そんな妹が妹のお母さんとああして抱き締めてもらっていることは、とても喜ばしいことだと思ってくれているみたいですね。
……反面、少し寂しそうではありますけど。本当のお父さんとお母さんにああして甘えたいと考えているんでしょうか?
私とシリウスちゃんだってママと娘ではあるんです。
でも、私がああしてシリウスちゃんを抱き締めたところで、シリウスちゃんを満足させられるかはわかりません。
でもいつかはああしてこの子を満足させられることはできたのかもしれない。私の命がまだ続くのであれば、その可能性もあったのでしょう。
でも私にはそんな時間は存在していないのです。
というよりももう私の命が尽きる日は決まってしまっているのですから。
それは数日前のことです。ちょうど「旦那様」たちが戦に出られた日のことでした。
家事を終えて部屋で休もうとしたとき、リヴァイアサン様が言霊を飛ばしてこられたのです。
『やぁ、プーレリア。残り少ない日々を謳歌しているかい?』
リヴァイアサン様はお変わりないようでした。
でも普段よりもその声は楽しそうでした。
そのお声を聞いて、私は本能的に理解しました。
ああ、時間が来たんだ、って。
せめて「旦那様」がお帰りになるまではと思っていたけれど、もうだいぶ待っていただいているのです。
これ以上のわがままは言えるわけがなかった。私は私の終わりを受け入れようとしました。
『ああ、大丈夫、大丈夫。いますぐに君の命を貰おうってわけじゃないよ。今日は告知をするだけだからね』
「告知、ですか?」
聞き返すのは失礼かと思いましたが、リヴァイアサン様は機嫌がよろしいようで、私の無作法にもお怒りではないようでした。
本来であれば、ほっと一息を吐けるのでしょうが、リヴァイアサン様の機嫌がよすぎることがかえって不安を煽られてしまいました。
そしてその不安は的中しました。
『なんと君が死ぬ日が正式に決まりました~。わぁーい、パチパチパチ』
……それは覚悟していたものではありましたが、想像していたよりも辛かった。
ですが、すでに決まったことなのです。もう変えることはできないことでした。
「いつなのかを教えていただいても?」
『ふふふ、ひ・み・つ・だよ!』
「っ」
『──って言ったらどうする? ねぇ、どんな気持ちになるの? ボクに教えてよ、ねぇ? くすくすくす』
リヴァイアサン様は私をからかわれていました。
ふざけないでくださいと言いたい。
でも言ったところで意味はないのです。
だって言ったところで私にはこの方をどうすることもできないのですから。
「……お教えくださいませ、リヴァイアサン様」
目の前にはいないリヴァイアサン様へと頭を下げました。リヴァイアサン様は楽しそうに笑われました。そして──。
『ふふふ、楽しませてもらった礼だ。教えてあげよう。ちょうどいい日があったからね』
ちょうどいい。リヴァイアサン様が仰ったひと言で思いついたのは、半月後にある私の誕生日でした。
十四歳の誕生日に私は死ぬ。
中途半端な日に命を奪うよりかは誕生日に奪った方がまだきれいだと思われたのだと私は思いました。
けれど、リヴァイアサン様はそんな私の予想をあっさりと裏切ってくださいました。
『ああ、ちなみに、君の誕生日なんてつまらないことはしないよ?』
「え?」
誕生日じゃなかった。でも誕生日以外で私の命を奪うのに相応しい日なんてないはず。
いったいリヴァイアサン様はいつを選ばれたのか。
困惑とともに胸騒ぎが起こっていく。その胸騒ぎは現実のものになったのです。
『誕生日というのはいい線だね。でも、「君」の誕生日よりも相応しい日があるじゃないか。そう君の命日は──』
リヴァイアサン様は笑いながら「その日」を口にされました。
いま思えば、リヴァイアサン様が言霊をなんでいま飛ばされたのか、いえなんで数ヶ月と最初に言われたのか。
私はそのときまで大した理由はないと考えていました。
でも理由はあったのです。
リヴァイアサン様は最初から「そのつもり」で数ヶ月と言われていたのです。
それをそのときになって私は理解しました。
あぁどうしてあの場で死ななかったのか。
どうして救われてしまったのか。
単に命を奪われるよりも残酷なことをリヴァイアサン様は選ばれていたのに。
なんで私は気づかなかったのか。
いくつもの後悔に襲われていた私を、リヴァイアサン様はとても嬉しそうに──。
「プーレ?」
「……え?」
声を掛けられました。
それは最愛の人の声。
私が最初で最後に恋をした方の、「旦那様」の声でした。
顔をあげると「旦那様」のお顔がすぐ目の前にありました。
続きは六時となります。




