Act8-ex-3 ヘン様とカティ~ごめんね~
本日五話目です。
ヘン様視点となります。
『行ったか』
カティは我と二人だけの世界から、意識だけの世界から元の世界へと戻って行った。
あの子とのやりとりはひどく疲れる。だがそれ以上にとても楽しいものだ。
『……まだほんの一か月ほどなのだがな』
そう、カティの中で同居させてもらってまだ一か月ほどだった。
たったそれだけの時間しか経っておらんというのに、すっかりと絆されてしまったものだ。
『まったくあの幼女はとんだ人誑しよな』
見目も中身も愛らしい。だからこそあの子を気に掛けてしまうのだろう。
あの子の笑顔を曇らしたくないと思ってしまうのだろう。
最悪の化け物のひとつであった我があんな子供にいいように振り回されているのだ。
目覚めたばかりの頃の我に言ってもきっと信じはしないだろう。
むしろいまの我をあざ笑うのであろうな。「やるべきことを忘れた愚か者め」とな。
『やるべきこと、か』
忘れてなどいない。忘れられるわけがない。我という存在は憎悪によってのみ存在していられるのだ。
憎悪こそが我の存在理由。この怒りと悲しみのみが我を我として存在させている理由であるのだ。
あの忌々しき母を、我だけではなく、兄者すらも屠ったあの忌々しき母を殺す。
それが我が為させねばならぬこと。そのためであれば、なんだってしよう。
たとえ畜生と蔑まれても構わないと思っていた。そう、思っていたはずだったのだ。
「わふぅ!」
カティの声。見ればティアリカという女にカティは抱き締められていた。
カティの尻尾は千切れてしまうのではないかと思うほどに振られていた。
とても嬉しそうに「まま」の腕に抱かれるあの子の姿はとても愛おしい。
『……本当にかわいいな、おまえは』
とっくに体などなくなっていた。
それでもいま我は泣いているのだろう。
泣いているということだけははっきりと理解できていた。
『ああ、愛おしい。我はおまえが愛おしいよ、カティ』
本当は言いたかった。我も大好きだと。愛しているのだ、と言ってあげたかった。
だが言えぬ。言うわけにはいかぬ。言えるわけがない。
『あぁ、なぜ。なぜ我は愛してしまった? なぜおまえを愛してしまったのだ?』
愛さなければこんな想いをしなくてもよかった。
こんな葛藤などなかったはずだったのだ。
そもそもこの憎悪さえ捨てられればよかった。捨てられればおまえとともにいられたのだ。
『すまぬ。すまぬ!』
涙があふれる。嗚咽が止まらない。
あぁ。あぁ! なんで、なんでこうも愛おしいのだ!?
どうしてここまで愛してしまったのだ!?
愛さなければ、ただの駒だと思えればこんなにも苦しくはなかった。
こんなにも悲しむこともなかった!
なのに、なのになぜ我は愛してしまった!
あの子を、カティを想ってしまっているのだ!
『すまぬ。すまぬ、カティ。我は悪い狼なのだ。おまえに愛される資格のない畜生でしかない』
恨んでいい。憎んでもいい。罵倒どころか、この身を滅ぼしたとしてなにも言わぬ。
だから、お願いだから、もう見せないでおくれ。
おまえの、おまえの愛らしい笑顔をもうこれ以上見せないでおくれ。
『お願いだ、カティ。もう笑うな。おまえの笑顔をこれ以上我に見せないでくれ』
声が届かぬことはわかっている。それでも、それでも言わずにはいられなかった。
ティアリカの腕の中で笑うあの子を見たくないのだ。
でも見てしまう。そして溢れてしまう。
あの子への想いを、もう止められぬ想いを吐露せずにはいられなかった。
『あぁ、愛しているよ、我が孫娘。かわいいカティ』
こんなおばあちゃんでごめんね。流せるはずのない涙を流しながら、愛おしいあの子への謝罪をいつまでも口にし続けていた。
続きは五時となります。




